70 TENDER

「やっぱ両想いかもしれない。」

「だからそー言ってんだろぃ。俺の直感は天才的だぜ。」



俺がそう言うと茜は、お祭りのとき外したくせにって、ブツブツ言い出した。
こいつ、あのときのこと相当トラウマになってんな。



「ま、頑張れよ。」

「うーん…。…あ、あのさ、丸井、」

「ん?」

「話は全然違うんだけどさ…、丸井に話したいことあって、」

「?」



茜はずいぶん話しづらそうに口ごもった。

話したいこと?
仁王のこととは無関係そうだ。俺はノートを取ろうとカバンに伸ばした手を止めて、茜に向き直った。



「よう、おはようさん。」

「……!」

「お、仁王。もう治ったのか?」



そこへ仁王がやってきた。

茜はあからさまに固まって、顔も赤い。

昨日何があったかは詳しく聞いてないけど、何かあったなこりゃ。



「茜、昨日うちにハンカチ忘れとった。」

「え!?…あ、ご、ごめん。」



なんつーか。

きっといい感じなんだろーけど。
茜がこんな調子じゃ、付き合うことになってもまだまだいろいろありそうだな。



「あ…、に、仁王くんもしかして洗濯してくれた?」

「ああ。柔軟剤からアイロンまでフルコースじゃ。」

「ありがとう!…あ、いい匂い。」

「昨日の俺とどっちがいい匂い?」

「……!」



なんつーか…。



「な、な、何を…!」

「ははっ、照れとる照れとる。」

「もう!バカ!」

「またしてやろうか?おでこにチュ……、」

「わーわー!ダメっ!黙れ!殴るよ!」



なんつーか……。



「お前らさ、」

「「ん?」」

「イチャつくなら他所行ってくんない?」



そう言うと茜はさらに顔を赤くしながら、違う!を連呼し始めた。仁王に至ってはそれ見て爆笑。

はぁ〜。なんか平和なこいつら見てるとますます滅入ってきたぜ。

まぁ、茜が幸せなら俺もうれしいけどよ。
さっきの深刻そうな話も、別に心配しなくていいのか。



「…?なんか、今日丸井元気なくない?」

「腹減ったんか?」



腹は…まぁ減ってんだけど。

理由は昨日、今日の部活。

昨日も今日の朝練も、3年レギュラーの中では俺とジャッカルと真田しか来てなかった。
まぁ仁王は風邪だったししょうがねぇけどさ。

引退してからだって毎日来てた柳とヒロシはいなかった。柳は生徒会で忙しいのかなーと思ったけど。ヒロシはわかんね。

幸村君なんかずーっと来てないし。



「はぁー…。」

「?」

「どうしたの丸井。あ、ガム切れた?」



二人とも心配そうにしてる。ありがたいけど。

なんつーか。一人、また一人って、みんな消えてくみたいで。
そりゃ3年だし、一応引退もしたから毎日っつーのもおかしな話だけどよ。



「ガムだったら俺持っとる。キシリトール。歯にいいぜよ。」

「…ああ、サンキュ。」

「ほんとどうしたの?何かあったんなら話聞くよ?」

「いや、たいしたことじゃねーから気にすんな。」



また同じメンバーで、優勝したいって思ってんの、俺だけなのかな。

でもそんなことこいつらに言えないし。押し付けるもんじゃない。
いつもポジティブな俺が、弱音吐いたらかっこつかねーし。



「ま、丸井先輩っ!仁王先輩っ!」



でけぇ声して教室の扉が開いた。誰かと思ったら、赤也だった。

なんだよ、今日俺はセンチメンタルなんだから。もっちょいソフトに話しかけろぃ。

…と、思ったけど、走り込んできた赤也がやけに必死で。
息も切れ切れ。なんかあったのか?



「柳生先輩が外部受験するって、ほんとっスか!?」



は?と思った。いきなり意味わかんねと思った。

外部受験ってなんだっけ。うちはエスカレーター式だから、そもそも受験とは縁がないわけで。

どーゆうことだ?



「外部受験…って、柳生も立海に進学しないの!?」



俺の口から出なかった、俺の聞きたかったことを茜が聞いてくれた。

…ん?待てよ。今茜なんつった?

ちょっと引っ掛かったけど、赤也の話がすぐ続いたから、俺はつっこめなかった。



「さっき…、クラスのやつが言ってたんスよ。」

「な、なんて…?」

「塾がたまたま一緒らしくて、…柳生先輩、受験の特進コースに入ってるって。」



そんなの知らなかったし。そもそも俺は、ヒロシが塾に行ってたなんて知らなかった。立海に入ったからにはだいたいのやつが受験なんかしないわけだし。おまけにヒロシは頭いいから、そんなの行く必要もない。てか特進って、さすが。

じゃあやっぱ、外部受験するってこと?つまり、
来年、立海からいなくなるってこと?



「仁王先輩!仁王先輩なら柳生先輩から何か聞いてるんじゃないっスか?」



ヒロシと一番近いのは仁王。それは誰もが知ってる。
だから赤也は仁王に求めた。



「ああ。あいつ、違う高校行きたいんじゃと。」



仁王は表情も変えずにそう答えた。

いつもの仁王らしいっちゃ仁王らしい。基本他人に干渉しないやつだから。

こいつはそうそう、動揺なんかしねぇ。
ヒロシに対してもそうだったとはちょっと意外だけど。



「な、…じゃあ何で教えてくんないんスか!」

「別に広めるほどのことでもないじゃろ。…って、お前さん焦りすぎ。」

「ちょっと、ふざけないでくださいよ!」



なんか、見たことある風景。

すぐに思い出した。あれだ、仁王の元カノが、別の高校行くって聞いたとき。あのときも、赤也は知った途端、仁王に詰め寄ってたな。



「仁王先輩、引き止めなかったんスか?」

「引き止める?なんで?」

「なんでって…、またみんなで優勝狙いたくないんスか?」



あ、また見たことある。つーか感じたことある。

さっきの俺の気持ちだ。



「そーゆうもんじゃないじゃろ。あいつ狙っとる大学、医学部じゃし。」

「医学部…。」

「赤也はいつまでもみんなで仲良しこよししたいんか?少なくとも俺はそんな気はない。」



医学部かよ。やっぱあいつすげぇ。

仁王は…、うん。たぶん悪気はねぇんだ。たぶんな。

赤也の気持ちはすげーわかる。俺も同じこと思ってたから。

だからか、仁王の言ってることが、俺に対しても言ってるように感じる。



「どうせいつかみんなバラバラになるんじゃし。とっとと自分の進路決めたほうが賢いやろ。」



願ってたことが、こうもあっさり崩れると、逆に清々しいもんがある。

俺、本気で夢見てたんだな。高校上がったらまたこのメンバーで、青学とかぶっ倒して、王者に返り咲く。常勝の名の通り連覇して、そんで……、

それからは?
何も考えてなかった。今いるこいつらが、いつかいなくなるとか、それぞれの人生歩むとか。そんなこと微塵も。

いつも頼ってるジャッカルの宿題も、柳のデータも、幸村君の恐怖政治も、真田の暑苦しい顔も、いつかなくなる。



「アンタ…、やっぱ冷たいっスね。」

「そうか?」

「平然とした顔してよう。」



これ以上は言うなって、心のどこかで叫んでた。

俺だって何も知らないけど、早く止めなきゃって思った。



「前の彼女サンだって、アンタ引き止めなかったし。どーでもいいんでしょ、他人なんて。自分の周りに都合よく誰かいてくれたら……、」

「やめろ赤也。」



ようやく、俺は赤也を止めることができた。

でもちょっと遅かったかもしんない。

茜が泣きそうだった。
ごめんな。俺の役目なのに。
けっこうびっくりしちまって、なかなか声が出なかった。

口を挟むに挟めない、そんな状況でとりあえず二人の話に耳を傾けて。
こいつのことだから、赤也の味方もしたいけど、仁王のフォローもしたい。そんな感じかな。

でも、それよりもっと深い。複雑な気持ちをこいつがこのとき持ってたこと。
俺は後で知った。



「あ、赤也…、」



赤也がうちの教室を出てくと、茜の小さい呼び止めるような声だけが響いた。

相変わらず仁王は一切、表情を変えない。



「俺、やっぱ冷たいんかのう。」



変えないんじゃなくて、変えれないんじゃないかって一瞬思った。

ほんとは泣くほど悲しいことでも、死ぬほど悔しいことでも。



「柳生を引き止めようとは一切思わんかったし。」

「……。」

「行きたい道あるなら、絶対そっちのがいいと思うんじゃけど。」



俺、別に仁王のことそんな好きってわけじゃないし。
茜が仁王を優しいって言っても、正気かよって思ったぐらいだし。

でも今ならなんとなくわかる。

こいつ、優しいんだ。
表情を変えない。相手の大事には一歩下がる。だから冷たそうに見えるんだけど。

そうやってこっちは何があっても余裕だって見せとけば、相手は好き勝手動けるもんな。



「…俺は冷たいとは思わねーけど。」

「……。」

「ガム、くれたじゃん。」



キシリトールですら風船膨らませられるなんて、俺って天才的だな。

そう思ってたら、仁王が吹き出して笑った。つられてか茜も笑った。

ああいいぜ、笑ってろ。

仁王が一歩引く優しさなら、
俺は一歩前に出て笑わせる優しさだ。
愛の戦士・ブン太ってことで。

今日、部活、大変そうだなーって、思った。
その前に赤也、呼び出すか。

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