69 その気にさせないで

「こんちはー今日風邪って聞いたから心配しちゃってーあノート持ってきたよ写す?」



…よし、完璧な台詞。

あたしは放課後、丸井の書いた下手くそな地図を頼りに、仁王の家へ向かった。

丸井は、仁王はお見舞いとかの心遣いを無視するタイプじゃないって言ってたけど、やっぱり何かしら口実が欲しくてシミュレートしてきた。

でもやっぱりドキドキする。仁王のお家初めてだもんな。
近づくにつれ、緊張が増した。

角を曲がってすぐ。仁王の家があるはずの場所に、人影が見えた。



「……!」



あたしは咄嗟に、電柱の影に隠れた。

あれは、立海、しかも女子だ。見たことあるようなないような3人組。



「仁王君いるかな?」

「とりあえずピンポン押してみようよ。」



まさか…とも思わず、明らかに仁王のお見舞い。あたしと考えは一緒。

やばい、先越された…!
これで仁王があの3人と、面会しちゃったらあたしの出番はない。

もっと早く来ればよかった…。
途中買い物に寄ったコンビニの袋をギュッと握る。



「…出ないね、仁王くん」

「もしかして病院行ってるとか?」



3人が何度かインターホンを鳴らしても、仁王の家からは誰も出てこなかった。



「帰る?」

「んー、とりあえずどっか……、」



と言いつつ、3人はあたしがいる方とは逆へ歩いていった。

あの3人に先を越されなかったことに安心しつつ、でもあたしも会えないんだからどうしようと困った。

せっかく丸井(と一応柳)が押してくれたのに残念だけど、あたしも帰るか………。



─ブーッブーッ



歩きだそうとすると、携帯が鳴った。誰だ、丸井かな?

そう思ったあたしは、画面の思わぬ人物の名前を見て硬直した。



「も、もしもし!」



慌ててとったせいで、やっぱりいつものように力んだもしもし。

電話の向こうで、やっぱりいつものように笑う声がした。



「……あ、うん!その…お邪魔じゃないなら……、」



電話の相手の言う通り、あたしは足を進めた。





「いらっしゃい。」

「あ、お邪魔…します…。」

「遠かったじゃろ?よく迷子にならんかったな。」



笑いながら迎え入れてくれた仁王は、長袖のTシャツにスウェット…いかにもお休みスタイルだった。

それでも髪はちゃんと結ってある。寝癖もない。寝相いいのかな。



「…?上がらんの?」

「あ、いや!上がります!」



まさかお休みスタイルの仁王にすら見惚れていたなんて言えない。

通されたのはリビング。白一色の壁にソファーやら棚やら白っぽい色で統一されてる。デザイナーズハウスと言ってもいいような、なんだかお洒落な家だ。

家には仁王以外、誰もいなさそうだった。



「…てか、仁王くんずっと家にいたの?」

「ん?おったよ。」

「え!じゃああたしの前に確か……、」

「ああ、知らんやつだったから。知らない人が来ても開けちゃダメって親に躾られちょる。その辺適当に座って。」



イタズラっぽく笑いながら仁王はそう言ったけど。親の躾に従ったかどうかは嘘臭い。

言われるがまま床に座る。モコモコの絨毯は、肌触りがよくて気持ちいい。
仁王は、あたしが買ってきたポカリをコップに入れてやってきた。



「じゃあ何であたしが来たってわかったの?」

「俺の部屋、二階から見たら、必死で電柱に隠れとるやつがおって。」



げ!あんな恥ずかしいところを見られてたなんて!



「知っとるやつだから来てもらった。今日退屈だったしのう。」



柳生もブン太も、あいつら冷たいから来てくれないんじゃ、と付け足すと、仁王はポカリをぐびぐびっと飲んだ。

そういえば今日仁王は風邪だったはず。見た目元気そうだけど、もう大丈夫なのかな。



「ところで仁王くん、体調は……、」

「そうそう、お前。さっきのやつらと会っとらんよな?」



仁王はあたしの言葉を遮り聞いてきた。
さっきのやつらって…、3人組の?



「あの女の子たち?」

「そう。」

「会ってないよ。てか電柱に隠れてたじゃん。」

「はは、そうじゃったな。…あ、ラピュタ見る?」



なぜラピュタ。
仁王はとことこ膝で歩きながらテレビのスイッチを入れた。そしてあたしのすぐ隣に座る。

人、半人分の距離。



「今の時間、おもろい番組やっとらんよな。やっぱラピュタか。」

「ラピュタだね。…で、その3人が?」

「ん?」

「あたしと会ってたら、どうなの?」



仁王はリモコンをカチカチ操作して、画面に録画リストを出した。これ、ハード録画タイプなんだ。うらやましい。



「会わんほうがえーじゃろ。」

「なんで?」

「なんでって、なんかされたら困る。…ああ、あった。」



ようやくラピュタを見つけた仁王は、再生を始めた。そういえばけっこう前にテレビでやってたな。

個人的には途中通りすぎたリストの恋愛映画のほうが気になったけど。



「なんかされたらって…、」

「嫌がらせとか。…ちょい暗くするか。」



仁王はテレビのある部屋の電気を消した。

外も薄暗くて、部屋の中は画面が見やすいいい感じの暗さになった。



「し、心配って…、こと?」

「そりゃな。…あ、ほら始まるぜよ。」



仁王はあたしの膝をぽんぽんと優しく叩いた。

いつだったかもう忘れたけど、あたしは何度か女の子たちに呼び出しをくらったことがある。
テニス部と仲良くしてたからってことだけど。まぁ、よくあることだ。

それを仁王はたぶん知らない。
知らないし、テニス部はみんな、影でそういうことがよくあることだということすら知らないと思ってた。

仁王は違うんだな。



「ありがとう…。」

「俺なんもしとらんよ。まぁ、何かされたら言いんしゃい。…ちゅうか、」



話をしつつも画面から目を逸らさなかった仁王は、今度はあたしを見て、

頭を撫でて優しく笑った。



「言ってくれ、絶対。」



笑ってるけどずいぶん真剣な声だった。
もしかしたらまだ熱があるんじゃないかってぐらい、手は熱かった。

仁王は本当に、なんでこんな優しいんだろう。
ワガママだし、急に不機嫌になったりもするし、意地悪だし、基本性格はよくないんだけど。

なんでこんな……。



「…仁王くん、なんでそんなに優しいの?」

「優しいか?まぁ、時々紳士やっとるから。」

「誤魔化さないでね、」



怒ってるわけじゃないし、むしろうれしい。でもうれしすぎて、逆に痛いんだ。

優しくされるほうが苦しいこともある。



「昨日、屋上で、何やってたの?」



ずぶ濡れだった、でも校舎内にいた。つまり屋上にいたんだ。

仁王が雨で寝続けるほど鈍いわけがない。じゃあ他のことしてたんだ。

柳はあたしに答えを求めた。でもあたしはよくわからなかった。
わからないから、思い付く限りのことを想像した。この、仁王ん家にくる道の途中。

あってるかどうか、教えてほしかった。



「何って…、」

「……。」



暗いけど、あたしの目が真剣なことぐらいはわかったんだろう。

仁王はあたしのお願いした通り、誤魔化さなかった。



「……探してた。」



やっぱりって声も出ないし、ほんとにそうだったの?とも言えなかった。



「雨で排水口に流されちまうんじゃないかと思ってのう。」

「……。」

「結局見つかんなかったし、風邪引き損じゃな。」



あたしが宝物って言ったオルゴール。そのオルゴールを守るために。

鼻の奥がつんとした。



「…ばか、」

「は?」

「仁王くんのバカ!」



まずはありがとうが先だったはずなのに、あたしから出た言葉はそれだった。

優しいのはうれしい。うれしいよ。でもなんでか苦しいんだ。

仁王の優しさは、いつだってあたしを締め付ける。



「風邪引くまで探すことないでしょ!」

「……。」

「さっきだってそう、あたしの心配ばっかして!」

「……。」

「なんで、なんでそんなにさぁ…、もぉぉ!」



興奮のあまり自分の膝を叩くと、今度は膝が痛くなった。

ああ、なんでこんなこと、言っちゃったのかな。仁王びっくりしてるじゃん。

あたしは昨日から暴走してばかりだ。一人で盛り上がって、一喜一憂して。
仁王の前では女の子らしくしとやかにいたかったのに。



「ごめ…っ、」



悲しいわけでもないのに涙が出てきた。感情が高ぶるとどうも。あたしはどうやら、泣き虫になってしまったらしい。

泣かなくて強い女だったはずなのに。



「あー…いや、俺こそすまん。大丈夫か?」

「うんっ…。あたし、昨日から叫んでばっかで…申し訳ない…、」

「そーいやそうじゃな。」



仁王はまた優しく笑うと、あたしの頬っぺたの涙を拭った。

それがまた苦しさと自分の情けなさに追い討ちをかけて、ポロポロ滴が出てきた。



「ごめんなさい…、」

「いや。今のがお前らしいんじゃろ?」

「…え?」

「いつも俺に気使っちょる気がしとったし。」



仁王の言う通り、あたしは今まで、仁王の前では気を使ってた。

それは悪い意味じゃなく、緊張もあったし、仁王には女の子らしく見てほしかったから。



「お前らしさを見せてくれたほうがうれしい。」



そう言って仁王は、ティッシュをとるとあたしの鼻を拭いてくれた。

…鼻水出てた!?それもうあたしらしさどころかただの子供…!



「俺も無理せんから、お前も無理はしなさんな。」

「…はい。」

「いい返事じゃ。」



仁王がにっこり笑うと、あたしもつられて笑った。

仁王と比べるとあたしはまだまだ子供。情けなくて泣けちゃうくらい。

それでも一歩でも近づきたいから、あたし、頑張るよ。
無理はしないけど、あたしらしく、頑張るよ。



お互い、しばらく笑いあったところで、急に仁王の笑いが止まった。

もしかして、まだ体調悪くて無理してるのかなって思った。たった今、約束したばっかなのに。ほんの少し顔も赤く感じた。



「仁王くん、もしかして熱あるんじゃ…、」



思わずだけど、仁王のおでこに手を当てた。自分にしては積極的な行動だけど。やっぱり熱くて。
その右手は、仁王の左手に掴まれた。



え──……?



声に出す暇もなく、仁王の顔が近づいてきて。
反射的に目をぎゅっと瞑ると。

おでこに、なんだろう。すごく心地よい温かさが触れた。

目を少し開けると、仁王の首もと。
仁王の唇が、あたしのおでこにくっついてる。
なんて、ずいぶん色気ない言葉が頭に浮かんで、状況を理解した。



少し経って、ようやく離れた仁王。

さっきまであたしのおでこに触れていたんだと思うと、今さら身体中熱くなった。



「に、に、ににに…、」



あたしの声は震えてなかなか出ない。

仁王は気まずそうに目を逸らした。
気まずいならしないでよ。
期待しちゃうじゃん。



「仁王くんのバカ!!」



ごめんなさい、これがあたしの精一杯。

期待でいっぱいのあたしだけど、こんなとき、どうすればいいのかもわかんなければ、
全身心臓になったみたいで。頭が働かないんだ。

気まずそうだった仁王も、あたしの叫んだ声を聞いて吹き出した。



「な、何を笑って…!」

「いや…照れちゃって、かわいいな。」

「うるさい!変態!」

「ははっ。」



ああ、あたしらしく頑張るとは言ったけど。

やっぱり、あたしらしくない、素直さが欲しい。

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