朝の時間。丸井とはもともと仲いいし、席が隣になってから朝や休み時間は丸井とのおしゃべり時間になった。
丸井の言ってることとは…、そう、昨日の件。
別に丸井にそんな恋愛相談してるわけじゃないけど、部長のことを“せーちゃん”って呼ぶようになったのに、また“部長”になってたらつっこまれるかなって。
万が一、仁王といるときにでもつっこまれようもんなら答えられないし。
というわけで、あらかじめ事情を話しておいた、というわけ。
そしたらこんなことを言い出したわけ。
「両想いー…?」
「ああ、お前のことすっげー意識してんじゃん。」
「丸井のそれ系のカンは当てにならない。」
「つーか結局先輩ともちゃんと終わったんだろ?」
「…って話だったけど。詳しく聞いてないし。」
「なんだよ、ちゃんと聞いとけよそーいう話は。お前肝心なとこはいつも聞き出せねーのな。」
ごもっともですけど。いつも肝心なときに逃げ出しちゃいますけど。
反論できないあたしを見て、丸井はニヤッと笑った。
もうちょっと優しく協力してくれたらいいのにさ。好きな人の友達に味方してもらうなんて、世の中じゃかなり有利な展開だよ?なのに具体的にどーもしてくんないし。
まぁ、ちゃんと話は聞いてくれるからいいけど。
てゆうか弦一郎も、俺はお前の味方だーとか言っといて結局何もしないし。
…まぁ、あいつに恋の助太刀を期待できるわけないけど。
ふと教室を見渡すと、仁王が来てなかった。
もちろん、仁王がいないことを確認してから丸井に話を始めたんだけど、それにしても遅いな。もう先生来るのに。
「はい、おはようー。」
と、思ってたら、先生がやってきた。まだ仁王はいない。遅刻かな。
隣の丸井がまたニヤッと笑った。
「…なに。」
「いや?」
「…感じ悪いわね。なんなのよ。」
「仁王今日、風邪だってさ。」
丸井はそう言いながら、携帯を見せた。
近づいて見てみると、メールの画面だった。
From:仁王雅治
やすみ、かぜ
なんだかずいぶん殺風景なメール。きっと丸井が「今日休み?」とかメールしたんだろう。にしても殺風景。仁王らしいっちゃ仁王らしいけど。
と、そんなあたしの耳に、先生からの連絡が入った。
「今日は仁王が風邪で休みだ。最近寒くなってきたしお前らも気を付けろ。昨日は雨も降ったしな。」
あら、本当だったんだ。仁王が風邪なんて。なんか意外。昨日は元気だったのに。一緒にネジも探してくれたし。
そういえば昨日、夕方雨だったっけ。雨の中部活やってたのかな。降りそうだったからあたしは早々に帰らせてもらったけど。最近悲しいことに、あんま麦茶の出番ないし。
仁王、大丈夫かな………、
と、ここでまた右側から嫌な視線。さっきからニヤニヤしちゃって、なんなのよ。
「…だからなによ。」
「気になるんなら見舞い行けば?」
見舞いぃぃ?そんなの行けるわけないし。彼女でもないんだから。きっと迷惑だ。もしかしたら居留守使われるかもしれない。下手したらただのサボりかもしれない。
……まぁ、あたしは行きたいけどさ。
“やっぱそれ両想いなんじゃね?”
いやいやいや、そんなわけない、絶対ない、あり得ない。百歩譲ってあたしを好きだとしても、あたしの気持ちが100なら仁王は8ぐらい。ちょっと気に入ってるぐらい。部長の呼び名のやつも、仁王はあたしが仁王を好きなこと知ってるっぽいから、きっと気に食わなかっただけ。たまに仁王が見せる子供みたいな部分。
…気に食わない?……ってヤキモチ!?
「…ぷっ、」
「ん?」
「はっはっは!」
ニヤニヤしてた丸井は、今度は盛大に爆笑し始めた。
なにこいつ、今日やけにムカつくんだけど…!人が悩んでるって言うのに。
「どんだけ悩んでんだよ。」
「しょ、しょうがないでしょ!てか丸井が余計なこと言うから……、」
「行きたいと思うなら行きゃいーじゃん。」
「うっ…。」
「そーいうの、無下にするやつじゃねーぜ?あいつは。」
お前だって知ってんだろぃ?って、丸井は得意気にガムを膨らませた。赤くて、ほんのり甘酸っぱい匂いがした。今日はクランベリーの日なんですね。
「お、柳?」
先生が教室を出ていった直後、見計らったように柳がB組に入ってきた。柳のクラス、F組はいつもホームルーム系が学年中一番に終わるんだよね。ダラダラやってたら柳から「差し出がましい意見ですが、無駄が多いのでは?」とか文句飛びそうだもんな。
にしても柳がB組なんて、珍しい。
「ああ、ブン太、上野。」
「珍しいな。どーした?」
「今日は葛西に用があってな。すまないが呼んでくれないか?」
「ああ、はいはい。……鈴ー!」
ロッカーでごそごそ何かやってた鈴は、あたしが呼ぶと振り返った。そしてすぐに柳を確認できたのか、パタパタと急ぎ足でやってきた。
約束でもしてたのかな?何気に仲いいんだよね、この二人。恋愛相談かな。
「わざわざ来てくれたんだ、柳。」
「ああ。A組にも用があったしな。…と、その前に。」
そのまま鈴と廊下に出ようとしたところで柳は、あたしのほうをくるりと振り返った。
「今日、仁王は風邪で休みだったな。」
そうだけど、あたしのほう見て言うことじゃないでしょ。どちらかと言うと丸井でしょ。
もしかして、柳までお見舞い行けってけしかけるつもり?
「昨日、生徒会の帰り…17時12分だったか。仁王に廊下で会ってな。」
「そーいやあいつ、昨日も練習いなかったよな。」
「ああ。委員会に入っていないあいつが、部活にも出ずあの時間まで学校にいるのは妙でな。」
「「……。」」
「更に妙なことに、全身ずぶ濡れだった。」
ずぶ濡れ?雨にでも濡れた?でも部活は出てないんだよ、ね?
「屋根のついている校舎内でずぶ濡れとは、不自然だと思わないか?」
開かない柳の目は、あたしを見てる。
そりゃ校舎内でずぶ濡れなんて不自然極まりないけど、どこか外で濡れて戻ってきたのかもしれないし。どっちにしろ何でなのかあたしは知らない。
知らないんだから、こっち見ないでよ、柳も。
「あ、もしかして仁王君、放課後屋上にいたんじゃない?」
「屋上?」
「よくいるんでしょ?で、寝ちゃってそのまま雨に降られたんだったりしてー!」
鈴が思い付いたように言った。仁王が雨に打たれたままうっかり寝続けるなんてあり得ない、と鈴自身も思ってるような口振りだった。
丸井もそう思ったらしく、そんなわけねーだろと笑いながらつっこんだ。
でも柳は、相変わらずあたしを見てる。
「心当たりはないか?」
そう付け足されて、あたしの頭に昨日のことが過った。
昨日の、屋上でのこと。
「………ないよ。」
「…そうか。ならば仕方がないな。すまない、葛西。待たせたな。行こう。」
そう言って、二人は教室を出ていった。
どこに行くんだろうって、頭のどこかでぼんやり思った。
「…?なんなんだ?」
「……。」
「柳、なんか知ってるっぽかったよな。」
「……。」
「お前ほんと、何も知らねーの?」
知らないよ。昨日部活もいなかったことすら知らなかったのに。そもそも仁王の考えてることなんてわかんないし。上機嫌だったり、急に怒ったり、苦しそうにしてたり、ほんと掴めない人。
知らないけど。
「……丸井、」
「ん?」
「……住所、」
「?」
「住所、教えて。」
ああ、やっぱり今日の丸井は感じ悪い。あたしの言葉を聞くと、今まで以上にニヤけた。
クランベリーの日の丸井は、感じ悪いんだきっと。
「俺のか?」
「違うよバカ!」
「ははっ、今地図書くから待ってな。」
丸井の地図なんて不安だけど、今は丸井に頼るしかない。柳は何となく嫌だ。プライドが許さない。
お見舞い、何がいいかな。ケーキとかはダメだし。
丸井の辿るペンの先を見つめながら考えた。
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