67 ハートブレイク〈後編〉

「……。」

「……。」

「…………。」

「……………。」



計ってもないしそんな経ってもないけど、
一時間ぐらいに感じられた間。

たぶんお互い気まずい…、というか、いつものうちらじゃないことはわかってて。

あたしだけじゃなくて仁王もどうしたもんかねコレとか思ってるのがよくわかるんだけど。

それでもちゃんと、繋げてくれた仁王はやっぱり、仁王だ。ありがたい。



「…屋上?」

「…え、い、いや…、」

「通りすがり?」

「というか…、いつの間にか来ちゃったというか…、」



あたしの言葉に、仁王はちょっと目を丸くした後、小さく吹き出した。



「お前は、学校でも迷子になるんじゃな。」



ははっと、仁王は楽しそうに笑った。

よかった、笑ってくれた。いつもの仁王だ。あたしの大好きな優しい笑い方。
ホッとして、身体中温まるように感じた。



「じゃ、迷子ついでに、」

「?」

「上、行かんか?」



もちろんですとも。



仁王はフェンス側、あたしはその正面ちょい斜め。

いつもの定位置に座った。



「それ、」

「?」

「持ってきたんか?オルゴール。」



あ、と、思わず声が漏れた。
あたしはオルゴールを抱えたままだった。こんなの持ってるなんておかしすぎる。



「いや、これはちょっと…!」



仁王との思い出詰まってまーす!
なんてキモいこと言えるはずがない。

これ以上つっこまれないように仁王の視界から消そうと、勢いよく体の後ろに隠そうとしたら。



「…あ、」

「ぅあ!」



見事に手からすっぽ抜け、後ろにすっ飛んでった。ぐわしゃーんって、ひどい音がした。

慌ててオルゴールさんに駆け寄ったけど、見た感じ壊れた様子はない。蓋の部分はカッチリ閉められてるから中身も無事のはず…、

と思ったのもつかの間。よくよく見ると、番の部分のネジが外れてる。



「わーわー!どうしよう!」

「どうした?」

「ネジがない!」

「あらま。まぁその辺に落ちとるやろ。」



それからしばらく、二人して辺りを探した。

ネジはすごく小さいし、地面は同じ灰色。しかもこーゆう部品系って、ぶっ飛んだら最後。永遠に見つからないことも多い。見つかったとしても、え、なんでこんなとこまで飛んでんの?みたいな場所で見つかったりする。



「ないのう。」

「…うぅ。」

「壊れてないみたいじゃし、いいじゃろ。」

「よくないよ!せっかく仁王からもらったのに!あたしの宝物なんだから!」



ないよないよないよーといまだ必死で探すあたしとは対照的に、仁王はボサッと突っ立ってた。

ちょっと、もっと真面目に探してよー…って、あたしが言える立場じゃないけど。



「お前…、」

「んー?……ないなぁ…、」

「やっぱ、真田の娘じゃな。」



は?…まぁ、自称娘だけど。どこからそんな話に?ていうかそれ弦一郎に言ったら怒られるよ、フケ顔気にしてるから。そっち方面敏感だから、あいつ。

仁王はあきらめたのか、もといたフェンスのほうにまた座った。なんて薄情者。



「ちょっと今、うれしかったのう。」

「?何が?」

「いや、何でもなか。」



もらいものは大切にしてくれるから。
弦一郎も、家族からもらったプレゼントとかめちゃくちゃ大事にしてる。それはあたしだけじゃなくて、テニス部みんな、知ってること。
そういう意味で“娘”だと言ったこと、あたしにはわからなかった。

だって好きな人からもらったものなら何でも、大切だから。



「もうあきらめんしゃい。」

「でも……、」



ふぅーっと、仁王は軽くため息を吐いた。もしかしてめんどくさいやつって思ってるのかな。もしかしてもう教室戻りたいって思ってるのかな。

そう思ってたら、仁王がとことこあたしのとこにやってきた。



「ちょっと曲聴いていいか?」



仁王は、あたしのすぐ横に置いてあったオルゴールを持ち上げた。

まぁ、普通の校歌のオルゴールなんですけどね。昨日一人で聴いたらしんみりしちゃったけど、よくよく聴いたらいつものあの曲なんだよね。

そういえば、すぐくれたから仁王は聴いてないんだっけー……、てか、



「ダメ!!」

「あ、はい…。」



あたしがすごい剣幕でオルゴールを掴むと、仁王は畏縮したようにすんなり渡してくれた。

中には萎んだヨーヨーが入ってるんだから…!見られたら恥ずかしいじゃん!お前まだこんなの持っとるんか〜って笑われるに決まってる!

…ていうか今日のあたし、なんか激しくない?さっきから暴走しまくりじゃない?仁王もなんだかびっくりしてない?

昨日みたいな気まずい感じも嫌だけど、
怖い女と思われるのはもっと嫌だ。
それが、乙女心です神様。



「…怒っとる?」

「お、怒ってないよ。」

「そうか?」

「う、うん…、ていうか仁王こそ、昨日……、」



怒ってたんじゃないの?
怖い女と思われるのは嫌だけど、

やっぱり、気まずいのが一番嫌だわ。

またこの雰囲気。慣れたと思っても、ダメだ。自分で掘り返しておきながらなんだけど。



「…怒っとらんけど、」

「…ほんと?」

「“仁王”っちゅうのは、なんか…、」



仁王はあたしのすぐ横で正座した。赤也とかはよく、弦一郎に怒られて正座してるけど、仁王の正座はとても貴重だ。

そして仁王の言葉で気づいた。
あたし、“仁王”って呼んでた。

心の中では“仁王”だったけど、本人にはずっと“仁王くん”だった。

偉そうだって、思われたのか。
やっぱり今日のあたしは暴走してるわ。



「ご、ごめん、呼び捨て…、」

「や、そっちはいいんじゃけど、」

「え?」



正座してる仁王は、いつものかっこいい仁王ではなくて。
もちろんカッコ悪いわけじゃないけど。

しょんぼり、沈んでるように見えた。
昨日のあたしと一緒。



「“せーちゃん”と、エライ違いじゃなって。」



しょんぼりしてるあたしを会った瞬間見抜いたのは、他でもないその部長。

意地悪くて性格悪くて優しいテニス部。その一員である部長もまさに、当てはまる。

弦一郎や丸井のように、いつも見守る存在じゃないにしても、ピンポイントで救ってくれる。

偉大な人だよ、“せーちゃん”は。



「あたしが部長を、“せーちゃん”って、」

「……、」

「呼ぶのが、嫌ってこと?」



そう聞こえた。
違ったら赤っ恥もんだけど。



「…………うん。」



あたし、部長が好きだよ。怖いときもあるけど。何より尊敬できるから。性格はちょっとひねくれてるのに、あんなに真っ直ぐな意志を持ってる人、そうそういない。他のみんなもそうだろうけど。

部長には他のみんなにはない、パワーがある。

仁王も部長のこと、好きでしょ?



「…わかった、呼ばないよ。」



仁王は何も言わなかった。

仁王なら、やー別にいいんじゃけど〜とか言いそうなものなのに。



「もう、仁王くんてワガママだなー。」

「……。」

「呼び名なんて気にするなって言ってたのにさー。」

「あの頃は余裕あった。」

「…え?」

「今はない、あんま。」



なんでなんて聞けなかった。

なぜだか泣きそうになったから。何の涙かはわかんない。

あたしも、たぶん仁王も、今、すっごいやるせなさ感じてる。

今の仁王の話、すっごくうれしい。仁王もあたしの返事を聞いて、きっとうれしいんじゃないかと思う。
少なくともあたしはうれしいんだ。

あたしは仁王が好きだから。たぶん世界で一番好き。仁王のことが好きだと気づいたあの頃よりも、お祭りのあのことがあっても、今のほうがずっとずっと好き。でも、

うれしいのに何だろう、この感じ。
仁王もなんだか、つらそうな顔してる。

恋ってなかなか難しいですね神様。
調節難しい。バランス悪いよ。



「ちなみに弦一郎は?」

「あいつはパパじゃし。」



俺が入っていける仲じゃないじゃろ。
そう呟いた仁王は、今度は笑った。いつものような、あたしをホッとさせつつドキッとさせる笑顔。
その大好きな笑顔なのに、ちょっと切なそうだね。
それを見て、あたしはまた泣きそうになった。

それでも出そうだった涙は、5時間目の始まるチャイムで引っ込んでくれた。
あたしはネジをあきらめ、仁王と一緒に教室へ急ぐ。

やっぱりバランス悪いなーって、思うよ。
好きってさ、大きさじゃなくて、種類なんだもん。

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