66 ハートブレイク〈前編〉

「ただいまー。」



夜8時。結局カラオケ後にファミレスへ行き、帰ってきたのはこんな時間だった。今日は本当に長い一日だった。



「おかえりー。」



リビングからひょっこり顔を出したマイマザー。

忘れてた…!お母さん帰ってきてたんだっけ。



「どうだった?合宿コンクール。」

「う、うん、まぁ…なかなか。」

「そう。…ところで、」



お母さんがこんなふうな顔して話すときはろくな話じゃない。

伴奏頑張った。本番よりもそれまでの練習たちが大変だった。

それにしてはこの結び、最悪でしょ?



「お母さん、再婚することになったの。」



マジでろくな話じゃない。



「それでね、」





お母さんからの話もそこそこに。あたしは部屋に引き上げてきた。

立ち話じゃなんだからと、リビングに寛ぎながら、心は寛がずにいた。
そこからの話は急展開過ぎて、今のあたしにはついていけなかった。

ベッドに座り、持っていたカバンを漁る。
中から一番に取り出したのは、携帯でも手帳でもない、

仁王からもらったオルゴール。



校歌のオルゴールなんていらないけど、せっかくだから巻いて、聴いてみることにした。

四角い箱形のオルゴール。中にはこれからアクセサリー類を入れるつもり。
だけど、その前に入れたいものがあるんだ。

机の上にちょこんと飾ってある、ヨーヨー。
懐かしの、ていってもほんの2、3ヵ月前なんだけど。



あの夏の日のお祭りで、仁王からもらったもの。もう萎んじゃってしわしわで、きれいな赤だったヨーヨーは、くすんだ赤茶になってる。
いつもならヨーヨーなんて、買った一週間後にはゴミ箱行きだけど。
あのときはうれしかったのと、苦しかった思いが詰まってて。

萎んでいくヨーヨーに自分の気持ちも重ねたっけ。



「…さすがにボールは入んないか。」



仁王からもらったものといえばボールもある。これは棚の上に、まるでトロフィーのように飾ってた。試しに入れてみるものの、まるまる半分容量オーバー。これじゃあ蓋が閉まらない。

他に何か入れるものないかなー。シャボン玉はまだ吹きたいし、屋上の鍵はまだ使うし。あ、部長にもらった仁王飴とついでに丸井飴でも……、

…てか、なんであたしこんな思い出詰めるようなことしてんだろ。タイムカプセルみたいだ。

気がつくと、そろそろ終わりかけだった校歌。ゆっくりになり始めたところで、慌ててまた巻いた。
曲が止まったら、何か、こみ上げるものがありそうで。

何度も聴いた、歌った、馴染みの校歌。別にいい歌とも思わない。ただオルゴールっていうシックな音になっただけ。

それだけなのに、終わってほしくなかった。



─翌日



「おっす、茜。昨日はお疲れ!」



授業開始前、席にいたら丸井もやってきた。カバンの代わりにラケバ。また今日も朝練行ってたのか。好きだなー相変わらず。



「お前今日朝練来なかったじゃん。何、寝坊?昨日疲れたから?」

「ああ、うん。まぁ、そんなところ。」

「ははっ、まだ寝ぼけてんだろ。」



あたしの口数が少ないせいか、丸井がやけに口数多く感じる。
いつもなら、元気のないあたしを見たら、なんだなんだどーしたさぁ言え理由を言え!って感じで問い詰めるもんだけど。さすがに昨日疲れたからって言い訳は、今あまりにしっくりきすぎてる。

寝坊はしてないけど、そもそも今日、弦一郎は迎えにきてない。来ないことも何となく、わかってた。

たぶんうちの話、聞いただろうから。



「あ、そういえば丸井、」

「ん?」

「コートの近くで、何か根元掘り起こせそうな木とか、知らない?」

「なんだそりゃ。宝でも埋めんのかよ。」



さすが鼻の利く丸井。見事に当たってるわ。
宝っていうか、宝物かな。君も入ってるよ。



「部室の裏なら木も生えてるし土だし、いんじゃね?」

「おお、なるほど、サンキュウ。」

「ただし、幸村君が植えた花もあるから気をつけろぃ。お前が埋められるぞ。」

「…お、おお、なるほど、気をつけるわ。」



マジで気をつけるわ。命を賭して。

あたしが埋めようとしてるのはもちろん、昨日のオルゴール。結局アクセサリー類を入れる気にはなれず、いかにも思い出っぽいものを詰めた。きっと何年後かに掘り起こしたら、あたしは感動して泣いちゃうだろう。…むしろ手作り木彫りのオルゴールだから、何でも鑑定団に出してみる?Jさん、有名になってるかもしれないし。

卒業はまだなのに、なんであたしがこんな感傷的になってるかと言うと──……、



「あ!そうだ茜!」

「なに!?」



いきなり隣で大声出すもんだからびっくりした。そのせいであたしも大声出ちゃったもんだからびっくりした。珍しくセンチメンタル気取りだったのに。



「言うの忘れてたけど…!」

「なによ!?」

「来月、氷帝の文化祭行こうぜ!」

「は?」



……ひょうていって、なんだっけ?



「バーカ氷帝っつーのは東京の中学だよ、金持ちばっかで気取ったやつばっかだけどテニスけっこー強くて200人部員いるんだぜ、その部長がまた派手なやつでよー、まぁクソ強いんだけど、夏に一回うちに来たろ?ほら、ランニングついでに来ましたみたいなやつ、試合申し込みにきたのにラケット忘れたやつ!まぁその部長はどーでもいいんだけど、その氷帝に芥川って俺のファンがいてさ、そいつが誘ってくれたんだよ、氷帝って金持ち私立だからな、文化祭なのにただの模擬店でフルコース出すんだぜ?ま、ようは全体的に食いもんがうまいってわけ、んで芥川が言うにはフリーパス手に入れたから丸井君タダだよ〜って、これもう行くしかなくね?」



やっぱり今日の丸井は口数多いわ。あたしに相槌すら入れる間を与えずこれだけのことを一気に言うとは。

まぁとりあえず行くって返事はしといたけど。“みんな行く”って言ってたし。

仁王も行くよね。まだ仲直りできてないけど。その文化祭行くまでにできればいいな。いや、今すぐしたいな。
ていうかそもそもケンカ?なんてした覚えないし。

ほんと仁王はコロコロ機嫌が変わりやすいというかなんというか……、



「あ、」



嫌な予感。あたしは無意識のうちに、屋上に出る階段まで来てた。今は昼休みで、ご飯も食べ終わったからさっき丸井に教えてもらったタイムカプセルを埋める場所まで行こうとしてたのに。あたしはほんとに天才的迷子かもしれない。

恋愛の神様のお導き?恋する乙女の本能?

それにしては嫌な予感。的中。屋上から出てくる仁王とばったり鉢合わせた。



「……。」

「……。」

「…や、やぁ。」

「…おう。」



屋上でご飯食べてたのかな。

そりゃ仲直りはしたかったけど。早いに越したことはないけど。

準備がまだです、神様。

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