65 3年B組ヤキモチ合戦〜秋空警報〜

「ねぇねぇ仁王君、嵐歌ってよー。」



うんうん。かっこいいよねあのグループ。ダンス素敵だし。でも仁王にはどうだろう。あんまそういうアイドルっぽくない。イメージ的に。



「え、あたしぃー?あたしは最近西野カナとかぁ、カラオケだと定番はやっぱaikoかなァ。」



うんうん。いいよね。恋する乙女の味方な二人だよね。十八番聞かれてその二人ならまず間違いはないもんね。イメージ的に。



「じゃあ仁王君、一緒に歌おうよー。」



出た出た。一緒に歌ってなんだか親近感〜みたいな感覚得ようとしてんでしょ。

てゆうかさっきから二人近くない?仁王にくっつき過ぎてない?いくら部屋は暗いとはいえ周りはクラスメイトで埋まってるんだよ?



「…おい、茜、」



あ、よく見たら仁王の膝に手乗せてる…!あれか、異性として意識しちゃうシチュエーションランキング男子部門トップ5には入るというあの体勢狙ってんのか。プラス今日仁王は頑張ってそれでも負けてしまった傷心ムードという絶好のカモ!仁王カモ治!



「おいって!」

「いてっ。」

「お前、入れねーんなら俺に寄越せ。」



隣に座っている丸井に頭を叩かれてハッとした。あたしは曲を入れるリモコンを握りしめたまま、硬直してたのだ。

そしてテーブル挟んだ正面女子の話に、ツッコミもとい妬みを心の中で呟いてた。



ここはカラオケ。3年B組はあの合宿コンクールの後、打ち上げとしてみんなでカラオケに来た。舞台で歌ったばっかだというのにみんな歌好きだなー。

そしてご存知カラオケは各部屋狭い。40人近くいる全員を収める部屋なんてものはなく、仕方なしに8〜10人に分かれて歌っているという状態。

うちの部屋はあたし、鈴、丸井に仁王と、素晴らしくナイスな部屋割りなんだけど。残り6人全部女子ってどういうこと?バランス悪くない?しかも元は7人部屋だから狭いし。



「歌わねーの?さっきから入れてないじゃん。」

「そうだよ茜、歌わなきゃ損だよォォー!」



鈴の声がマイクで響いた。

あたしの両隣は丸井と鈴。肝心の仁王はというと、真正面で左右女子に挟まれてるという陣形。

最初仁王があっち側に座って、あたしも行こうと思ったけど…、
まだ怒ってるような気がしたから行けなかった。行けなかったあたしが今さらこの配置に文句は言えない。

仁王の方は見ないようにしてる。さっきうっかり見てしまったとき、隣の子と笑ってたから。楽しそうにしてたから。見たくなくて。

…でもちゃっかり向かいの話には聞き耳を立ててるという。



「…ちょっとトイレ。」

「「いってらっしゃーい!」」



いつの間にか一緒に歌っていた丸井と鈴の声がドアを開けた瞬間廊下まで響いた。仲いいですね。



「はぁー…。」



もちろんトイレというのは口実で、実はあの部屋にいたくなかっただけなんだ。すぐ逃げる癖やめないとなー…。



「はぁぁー…。」



トイレ前はちょっとしたロビーになってる。あたしはベンチに座った。

あたしはいつからこんな嫉妬深くなったんだろう。いや、前からか?たぶん、今までは仁王と女の子が仲良くしてるのなんて見たことなかったから。普段部活漬けの仁王は、こんなふうに打ち上げでもなければ女の子とはしゃぐことなんてないんだろう。

…もしかしたらあたしが知らないだけで、普段から女の子と遊びに行ってたりするのかも。さっきの積極的な子の態度にも、平然と対応してたっぽいし。

おまけになんだか仁王怒ってるっぽいし。あれから一言も話してない。

こんなことになるなら、あのとき二人で行くことを選択すればよかった──……、



「あれ?茜ちゃん?」



項垂れるあたしの耳に届いた、聞き覚えのある声のほうへ振り向くと、

部長がいた。正確には“元”部長。今は赤也がテニス部部長だから。



「部長!?なんで!?」

「クラスの打ち上げだよ。あ、もしかしてB組も?」



部長はにっこりと笑い、隣に座った。

そういえば久しぶりに部長と会った気がする。さっき舞台では見つけたけど、最近部活でも見ないし、クラスも隣だけど全然会わないし。



「部長、元気だった?」



久しぶりに会えてうれしかった。前はちょっと怖くて緊張したりもしたけど。
この部長の雰囲気は、ジャッカル並みにあたしの心を癒してくれる。ジャッカルとはまた違う癒しだ。



「元気だったよ。そういえば久しぶりだね。」

「うん。部活でも見ないし、心配しちゃった。」

「ありがとう。茜ちゃんは優しいね。」



部長は笑ってそう言うけど、やっぱりどこか元気のなさそうな笑顔だった。

初めて会話したときは儚げに感じたけど、テニスではそんなもの微塵も感じさせないパワーっぷり。
そう、部長にはパワーがあるんだ。なんか、いろいろ吹き飛ばすパワー。



「茜ちゃんは元気なさそうだね。」

「えっ?」

「フフッ、しょんぼりしてますって顔に書いてあるよ。」



そういえば前にもあったな、と思い出した。

あったというのは、部長に、元気がないところを見抜かれたこと。
あのときはそう、マネージャー(仮)をやめるって言ったときだった。



「元気ないってゆうか…、」

「うん。」

「部長は…、好きな人が別の男子と仲良くしてたら、」

「うん。」

「嫌な気分になる…?」



ああ、部長に何聞いてんだって。こんなこと聞いてもしょうがないのに。

でもなんでか口から出てしまって。きっとあたしの期待する答えは……、



「もちろん。」



あからさまにホッとしたあたしの顔を見て、部長はクスッと笑った。

あたしのは質問じゃない、ただ同意が欲しいだけだと、部長ならきっとわかってる。



「そんなのしょっちゅうだよ。」

「や、やっぱり?」

「うん。好きな人にはやっぱり自分だけのものでいてほしいって思いが出ちゃうものだろうし。誰でもそうだよ。気にすることない。」

「そ、そっか…、」

「現に今、ちょっと嫌な気分だからね。」



部長ははっきりした口調でそこまで言うと、いたずらっぽく笑った。

この雰囲気の差。鋭く射抜く目をしてるかと思えば、次の瞬間すべてを壊すかのように笑う。

それにパワーを感じ、逆に怖さも感じるんだ。



「ところでさ、」

「?」

「俺のこと、いつまで部長って呼ぶつもり?」



あ、そういえば。
ちょっと前に仁王にも言われたっけ。ちゃんと名前で呼んでやれって。でも今さら感もあって、結局部長呼びのままだった。



「えっとじゃあ…、幸村くん?」

「うーん、それよりせーちゃんがいいな。」

「…はい?」

「決めた。これから茜ちゃんは俺のこと、“せーちゃん”って呼んでね。じゃなきゃ振り向かない。」

「はい!?」



せーちゃんって…、それ普通に精市って呼ぶよりハードル高い!
そもそもちゃん付けなんて親密度高めじゃん!(そんなに親しくないのに)

とは思ったものの、部長の笑顔を見たらNOとは言えず。



「ああ、大丈夫だよ。女の子にはけっこう“せーちゃん”って呼ばれてるから。」



最もらしいフォローも受け止めてしまった。



「せ、せーちゃん…。」

「そうそう。いいね。」



何だかなー。変なことになってしまった。この部長をちゃん付けで呼ぶなんて。

ていうかせーちゃんなんて呼ぶ機会あるか?部活は無理でしょ、それ以外ほとんど会わな……、



「あ、」



部ちょ…せーちゃんのおかげで、あることを忘れつつあったあたし。若干元気になりつつあったあたし。うっかり声が出てしまった。

丸井と、そして仁王がこのロビーに姿を現したから。



「お、茜、お前なかなか戻ってこねーと思ったらこんなとこに…、てか幸村君じゃん。」

「やぁ。B組も打ち上げだってね。」



丸井はあたしを探しにきてくれたのか、ただのトイレか。

仁王は…、トイレだろうな。



「じゃ、俺はそろそろ行こうかな。みんな待たせちゃってるし。」

「おう、またなー。幸村君。」



丸井、仁王とともにあたしも手を振りつつ、そういえば話聞いてもらったお礼、言ってなかったと思い出して。

お世話になるのはこれで二度目だわ。



「部…せ、せーちゃん、ありがとう!」



部長は振り返り、にっこり笑った。

大したことじゃないよ、と、去り際さえ励ましてくれるかのように。



「せぇちゃん!?」



突っ込まれると思った。丸井の上げた声は、驚きに満ち溢れてた。



「せーちゃんって何、幸村君のこと?」

「そう。これからはせーちゃんって呼んでって。あたし今まで部長って呼んでたし。」

「なるほど。でも幸村君ってせーちゃんっぽくないよな。ちゃん付け自体恐れ多い。」

「丸井はちゃん付け似合うよね。“まるちゃん”とかさ。」

「おい、そこはブンちゃんだろい。焼きそばみたいじゃんか……って、仁王どこ行くんだよ?」



トイレ、と小さく答えた仁王は、あたしと丸井の会話がまるっきり興味ないかのようにスタスタトイレへ歩いて行った。



「なんかさー、」

「うん。」

「聞いちゃいけないのかもしんないけど。」

「うん。」

「仁王とケンカした?怖ぇんだけどあいつ。」



あたしが聞きたいわ。

女心と秋の空、
プラス仁王くんのご機嫌。
変わりやすいもの。

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