64 がんばったでしょう

「茜、伴奏お疲れ。」



合唱コンクール。歌も表彰式もすべて終わったところで鈴に声かけられた。
あたしは今、まだ座席に座ってる。



「惜しかったねー。」

「…うん。」

「でも茜の伴奏、めっちゃよかったよ。」



うちのクラスは総合2位。1位の3年A組には、少し及ばなかった。

2位として先にクラスの名前を呼ばれたときには、残念な気持ちもあったけど。今はそれより脱力感のが大きい。クラスのみんなと最後の、丸井や仁王と頑張った最高の、合唱コンクールが終わったんだ。



「まぁ、真田君の歌声は素晴らしかったからねぇ。」



そうそう、優勝したのはA組、つまり弦一郎のクラス。
あの低い轟きめかした声でバス、さらに同じクラスには柳生の美声テノールもあって。さすが柳生の人は舞台で活躍するだけある……いや何でもないです。
とにかく二人の声は一際きれいに響いていた。弦一郎がどや顔で表彰式上がったときにはうざいことこの上なかったけど……、

まー、あいつも頑張ったもんね。



「さて、そろそろ出る?…と、あ!丸井、仁王君、お疲れ!」



鈴が声をかけた方へ顔を向けると、賞状を持った丸井と何やら箱を持った仁王がいた。

2位だったうちのクラスにも賞状が贈られ、リーダーである丸井が受け取りに舞台へ上がった。
仁王はというと、生徒からの圧倒的投票率により、特別コンダクター賞だか何だかでクラスとは別枠の賞をもらっていた(…そんなルールあったっけ?)。持っているのはその記念品らしい。



「それ中身なに?」

「知らん。」



すかさず中身を聞いた鈴に、若干不機嫌そうな返答をした仁王。

同じテニス部メンバーに負けた上に、貰いたくもない賞で目立つ場に出されてきっと心底嫌だったんだろう。



「あーあ、優勝がよかったぜ。副賞でお食事券だぞ?いーよなー、真田とヒロシは。」



丸井は負けたことよりお食事券を逃したことのほうが残念そう。確かにお腹空いた。



「んじゃ、外出ようぜ。」



丸井に促されて外に出ようと階段を上るものの、入り口付近は人に溢れてて、なかなか外に出られない。そしてあっという間にみんなとはぐれてしまった。

もー、こんなんならちゃんと合唱コンクール実行委員会が「はい、まず3年から退場してくださーい」とかなんとか仕切りなさいよ、ったく……。



「…ん?」



人波に呑まれ潰されかけたあたしの、ブレザーの裾が引っ張られた。

振り向くと、近くの座席にちょこんと収まった仁王がいた。この人混みを掻き分けるのを諦めたんだろう。
何も言わず、ただ軽く引っ張るだけ。

ああ、空いてくるまでここで待機しようってことね。
確かにこのままじゃあもみくちゃにされちゃうし(どこのバーゲンだこれ)、席にいるほうが安全だわ。
あたしは素直に、仁王の横に座った。



「しばらく出れなそうだね。」

「うん。」



仁王は疲れたのか、いつも以上に静かで、さっきもらったばかりの箱をひょいひょいと投げて遊んでる。



「…何だったの、それ。」



さっき少し不機嫌そうだったにも関わらず、聞いてしまった。中身が気になるってのもあるし、間を埋めるためでもある。不機嫌な仁王はもう慣れっこだ。



「あげる。」



仁王は、ハイ、とあたしにその箱を寄越した。



「え?あげるって…、」

「オルゴールじゃ。」

「…オルゴール?」

「そう。立海大附属中学校歌のオルゴール。」



激しくいらない。もちろん仁王はあたし以上にいらないだろう。だから仁王は不機嫌だったのか?くだらないもんくれやがってって?だからってあたしにくれなくても…。

でも仁王からの物。仁王がもらった仁王のための仁王のもの。
あたしは無言で箱を開けた。

中からは、妙に手の込んだ木製の箱形オルゴールが出てきた。

てか誰だよこんなん作ったの。暇だなうちの実行委員も。…ん?裏に“J”ってサインが…。まさかジャッカル?ははっ、まさかー。



「お前頑張ったじゃろ。俺からの、“頑張ったで賞”じゃ。」



心なしか力なく笑う仁王に、胸がぎゅっとした。

プレゼント。それ以上に、“頑張ったで賞”。

途中喧嘩もして、うざいと感じることもあったはずなのに。頑張ったと、そう言ってもらえることが何よりのプレゼントだ。

ほんのり涙が滲んできて、あたしは慌てて下を向いた。ありがとうはしっかり伝えて。



「………最初からちゃんとやらんかったし、俺。」



仁王が微かに呟いた言葉は、あたしの耳には届かなかったけど。

元気のない仁王にも、いろいろ思うところはあるんだろうと、思った。



しばらくして空いてきたから、あたしと仁王は外に出た。
丸井や鈴、クラスのみんなが固まっているところもすぐわかり、二人で近寄る。

あ、そういえば、この後…、



「あ、茜!茜もこの後暇でしょ?」

「え?」



この後…。どうやらクラスのみんなで打ち上げに行く流れのようだ。
打ち上げ。うん。いいな、楽しそう。最後の合唱コンクールだったし。何てったって2位だし。あたし活躍しちゃったし。絶対楽しい。

でも……。

あたしが返事に困ってると、ズイズイッと丸井がやってきた。



「なんだよ、お前予定あんの?」

「え?…い、いや、」

「むしろ今日はお前が主役なんだからな!行こうぜ!仁王も行くだろ?」



仁王は何も言わなかった。が、もしかしたら頷いたかもしれない。仁王はあたしの後ろにいて、表情もわからない。ここで仁王に振り返るのも不自然だよなぁ。

仁王的にはどうなんだろう?あたしとどっか行くって約束はしたものの、みんなで打ち上げ行くならそっちのが行きたいかもしれない。あのときは打ち上げするなんて話はなかったわけだし。そもそも二人でどこへ行くとも決まってないし。

だったら、丸井やみんなもいる打ち上げのがいいか…。



「うん!もちろん行く!」



最後の合唱コンクールだし、その方がいいよね。

ね、仁王……、



「……。」



瞬時に失敗したとわかった。仁王の顔を見たら、物凄く不機嫌な顔になったからだ。さっきまでの元気のなさそうな感じとは違う、“怒った”顔。



「仁王く…、」

「さーて、どこ行くんじゃ?」



でもさすがは仁王、すぐに顔を切り替えて、丸井に話を振った。

あたしの勘違いかな?
いや、でも最近あたしは仁王の嬉しそうな顔や、不機嫌な顔、怒った顔、バカにした顔皮肉った顔、だいたい見分けがつく。

やっぱりまずかったのかな…。
貰ったオルゴールを握りしめながら、ふつふつと不安が沸いてきた。

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