35 正義の味方

「忘れ物はないか?」

「たぶん。」

「部屋は汚していないだろうな?」

「…たぶん。」

「よし。では出発だ。」



毎度のことですが、弦一郎はあたしと鈴の部屋まで迎えにきた。少し早めに切り上げた午後連。今日は合宿最終日。神奈川に帰る日。

バスのところまで行くと、もうみんな座ってた。当然のように、弦一郎の隣には鈴が座る。

そろそろ弦一郎も気付いちゃうんじゃないかって思うけど、特に弦一郎の表情は変わらない。やっぱこーゆう方面は鈍感なんだろうね。

あたしはどこ座ろうかなって、キョロキョロ見渡す。やっぱり後ろの方には丸井や赤也たちが座ってる。さっそくギャーギャー騒がしいなぁなんて思いながら空いてる席を探してると、

くいくいっと、服の裾を引っ張られた。



「出発するぜよ。座りんしゃい。」



窓際に座る仁王の左隣は空いてた。引っ張られるようにそのまま、すとんと座る。直前、後ろ席のにやけた赤也と目が合った。あいつめ、いつかギャフンと…、



「仁王くん、丸井たちと座んないの?」

「んー…、あいつらいたら寝られんし。」

「眠いの?」

「うん。」



そのままぱたっと瞼を閉じた。同時に、バスは出発。

始まった弦一郎のよくわからない挨拶は、仁王の耳には届いてない。

沈みかけた太陽は燦々と、仁王に降り注ぐ。きれいな肌の仁王は、余計きれいに見えた。

あたしは少し立ち上がり、窓のカーテンを閉めた。一気にあたしの周りが暗くなる。日射しが苦手なのに閉めなかったのは、余程眠かったからか、それとも…、



「お疲れ、仁王。」



あたしもそのまま、眠りについた。





「いいな、家に帰るまでが合宿だ。」



それは遠足だ。

結局、学校に着くまであたしは爆睡。仁王に起こされるまで起きなかった。恥ずかしい。まだ寝起きのフラフラ。



「それでは、解散!」



弦一郎は鈴と帰るかなって思ったけど、さすがに鈴も疲れてたし、もう日はとっぷり暮れて夜だ。みんなもきっと寄り道せず帰るだろう。



「貸せ。重いだろう。」



弦一郎はあたしから荷物を奪い取った。たいして重くないし、弦一郎のが疲れてるはずなのに。でも甘えることにした。



「合宿お疲れ。」

「ああ。」

「花火やりたかったな。」

「また近いうち、幸村が企画するだろう。」



この合宿中は弦一郎とあんまり話せなくて、久々な雰囲気の弦一郎は、やたら優しく感じた。歩く速さも若干遅いような気がする。



「弦一郎。」

「なんだ?」

「気持ち悪いよなんか。」

「…!」



誉め言葉だと思ってください。物凄く狼狽える弦一郎がおかしい。

徒歩10分で着く我が家。今日は12分だった。



「荷物ありがと。じゃね。」



あたしは弦一郎から荷物を受け取り、家の門を通り、鍵を開ける。



「茜。」



もう帰ったかと思った弦一郎は、まだ門のとこにいた。



「その…、」

「?」

「俺は…、お前に、その…、聞きたいことが…、」

「聞きたい、こと?」



普段余計なことはズバズバ言うくせに、肝心なことは言えないパパは、焦りすぎて汗をいっぱいかいてるように見えた。

まただ。弦一郎の言いたいことがわからない。察してあげたいのは山々だけど。



「…いや、やはりいい。」

「…そう。」



そのまま弦一郎は帰っていった。

あたしも家に入る。ドアの鍵をガチャンガチャンと2つ、閉めた。そして弦一郎は何を聞きたかったのか、考えてみた。

仁王のこと?あたしの家のこと?マネージャー(仮)のこと?すっかり忘れてた読書部の退部の件?それとも弦一郎自身の話?



ーピンポーン



「…!」



まだ玄関にいたままだったので、突然後ろからしたでかいチャイムにびっくりした。



「は、はーい!」

「こんばんは。仁王じゃけど。」



“さっそく明日行くかの”



本当に来ましたよ。この人。
ドアを開けると本当にいた。



「に、仁王くん!」

「お疲れさん。」



そのまま、当たり前のように靴を脱ぎ、階段を上がった。あたしの部屋へ。

まさかまさか本当に来るなんて。いやいや、来てうれしいけど。

二人きりだ。



「…はっ!」



ヤバイ!部屋には合宿前に取り込んだ洗濯物の数々が…!



「仁王くんっ!」



駆け込んだ部屋。洗濯物が山積みのベッドに背を向けて、ピアノの椅子に座る仁王。

楽譜をじーっと見つめてる。



「に、仁王くん?」

「ん?…ああ、思い出したんじゃ。」

「なにが?」



仁王は楽譜を閉じた。



「俺去年、卒業式出なかったんじゃ。」



“卒業式にも歌えそうじゃな”



「どーりで、知らんわけだ。」



仁王は、左の人差し指で鍵盤をポンポン叩いた。ソから始まった音は、次のソが過ぎてラで止まった。



「さてさて、一回弾いてくれんかの?」



仁王は立ち上がり、あたしに席を譲った。

そういえば、まだ一度も弾いてるのは見せたことなかった。一学期は歌の練習だけで終わってしまったから。



「じゃ、いきます。」

「お願いします。」



仁王の小さな拍手の中、あたしの発表会は始まった。

もう譜面なら見なくても弾けるけど。

あたしは真っすぐに、楽譜を見つめた。でも視界の端に、仁王がこっちを見てるのがわかった。

好きな人の前だから。緊張しちゃって、何だか手が震えてきてしまって。縺れそうになる。

でも続けた。仁王が少しずつ歌ってくれてるから。

仁王は今でも先輩を忘れられてないかもしれないけど。

今は、この時だけは、仁王とあたしはつながってる。
仁王は、あたしを、見てくれてる。

少しでもその時間が続きますように。
祈りながら弾いた。



「完璧じゃな。」



終わると、また仁王は拍手をくれた。

あたしは当たり前のように照れながら笑う。仁王に誉めてもらうのがうれしいのもさることながら、弾き終えたことに、満足した。



「あとは仁王くんの指揮だね。」

「あー、あれ、疲れるからのう。頑張らんと。」

「しっかりしてね。仁王くん次第なんだから。」



本当に仁王次第だ。あたしの浮き沈みは。



「ね、仁王くん。」

「ん?」

「こないだのさ、約束、覚えてる…?」



仁王は、わざとらしくもはて?みたいな顔だけど、

わかるよ、わかってること。

二人で軽く吹き出した。



「ああ。俺の何、知りたい?」



余裕綽々で逆に問い掛ける仁王は、本当に何でも答えてくれそうに見えた。

ただ、真実かどうかはわからないけれど。



「…あのね、」

「おう。」

「仁王…くんの、前の…、」



ーバタン!



「茜!」



もともとドキドキしながら話し始めていただけに、けたたましく開かれた扉に心臓と身体も飛び跳ねる。



「げ、弦一郎…!」

「お前は、今何時だと思っている!ピアノは夜8時以降は禁止だと…、む?」



ようやく弦一郎は仁王の存在に気付いた模様。

てか8時以降って、今8時3分ですが。



「あ、お邪魔してます、お父さん。」

「仁王!お前はこんな夜分に若い女子の部屋へ上がり込むとは!たるんどる!」



お前もだよ。

ああ、でももう何を言っても通じなそうだ。



「ククッ、それじゃあ帰るかの。またな、茜。」



そそくさと、仁王は帰っていった。いくら仁王でも、弦一郎は苦手らしい。



「茜、」

「なんだよ。」



あたしの睨み+ドスのきいた声に、弦一郎は明らかにびくついた。

そりゃそうでしょう。お前何しにきたんだよって。

せっかく…!せっかく仁王の秘密が聞けそうだったのに…!



「お前、」

「なによ。」

「に、仁王に、」



またさっきみたく、言いづらそうに、

でもさすがに次の言葉は予想がついた。ただ、まさか弦一郎の口から出るとは思わなかった。



「仁王に、恋をしているのか?」



三秒唖然とした後で、

あたしは何でか、赤也に対してとは違った反応を見せた。

弦一郎だから。
知ってほしいし、わかってほしかった。

そこは迷うところじゃなかった。
コクンと。



「そうか。」



あたしが自信過剰じゃなければ弦一郎は、寂しそうに。

でもうれしそうに、笑ってくれた。



「俺は…、あまり為になるようなことは言えん。」

「知ってる。」

「む…!…しかし、」



話の途中のくせに、弦一郎は出ていこうとした。

でも去りぎわに、あたしの方を一度も見ずに、捨て台詞を吐いてった。

男は背中で語るというやつですか?



「俺は、お前の味方だ。」



さよならも言わずに、扉を閉めた。

それでかな。

あたしは弦一郎の言いたかったことに、気付けなかった。

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