「きき気のせい気のせい!」
「いや…、気のせいじゃなか。ほら、あれ…!」
「もーやめて!」
結局、ペア決めもあれで決定し、肝試しは決行された。近くの雑木林のような、一応民家もあるところでやってる。真っ暗でも全然怖くないけど、
仁王とのペアは間違いでした。
さっきから何かにつけ脅かしてくる!そんでケラケラ笑ってる!
「はは、ほんとに怖がりやの。」
持ってる懐中電灯をぐるぐる回しながら、仁王は楽しそうにしちゃってる。まったく。…ん?
「…〜♪」
隣の仁王から、微かな鼻歌が聞こえてきた。この歌。
あたしたちの合唱曲だ。
「仁王くん、練習してるの?」
「しとるよ。…〜♪」
仁王、歌下手だと思ってたけど、けっこううまいじゃんか。
「ええ曲じゃき。」
「うん。あたしこの曲大好き。」
「俺も。二番が好き。苦しいことも、傷つくことも──ってとこ。」
苦しいことも。傷つくことも。
乗り越えていこうって、そんな歌。
仁王は、そんなときがあったのかな。
「“明日へ走っていく”か。…なんか、卒業式にも歌えそうじゃな。」
「そうだねぇ。…あ、去年歌ってたよね、確か。」
そっか。って、仁王は呟いてまた歌い始めた。ちょっと寂しそうに見えたのは気のせいじゃない。きっとまた先輩のこと、思い出してるんだろう。
思い出させてしまってごめんなさい。という気持ちもあるけど、もっと話を聞きたいっていうのが正直な気持ち。
「に、仁王くん。」
「ん?」
「う…、うちで、夏休み、練習とかしたり、しない…?」
積極的にいったほうがいい。赤也はバカだけど、あたしより全然仁王と一緒にいるし、きっとこの忠告は間違ってない。
弦一郎だってきっと、あたしのために今このチャンスをくれたんだ。あたしだって頑張らなくちゃ。
「おう。もちろんそのつもりじゃけど。」
「そ、そーだよね!うん!」
約束。これは約束だよね?仁王がうちきてくれるんだよね?ポジティブに言えばデートだよね?
「じゃーさっそく明日行くかの。」
「はい?」
小さい言葉だったので聞き逃すところだった。でも、聞き返しても仁王は答えてくれなかった。
明日は、神奈川に帰る日。
明日、帰りに寄るって意味……?
ーガサササッ
「…!」
「なんじゃ?」
今のは気のせいじゃない。なんか、目の前の草むらでなんか動いた…!
仁王がその草むらに近づいてく。
「「ワーーッ!!」」
草むらからガバッと、丸井と赤也が現れた。
「…やーっぱりお前らか。」
「はっはっはー!どうどう?ビビった!?」
「いくら仁王先輩でもビビったっしょ!へへっ!」
「そんなショボいもんにビビらんぜよ。」
「またまた〜強がんなって!……って、茜は?」
「…は?……茜!?」
そのときの仁王の顔は、丸井すら見たことないぐらい驚いてたという。
あたしは、このお騒がせアホコンビが現れる直前、
その場をダッシュで逃げ出していた。
「うわーわーわー!」
運動会でもこんな速く走れない。
とりあえず、自分の足任せに走った。
お化けなんて怖くない。お化けなんて怖くない!
ただあたしの心臓がゆうこときかないだけ!
「はぁ…、」
ここまでくれば大丈夫、なんて思って走ってきたわけじゃないけど、何となく安心して止まってみた。疲れたし。
でもそんな安心も束の間。あたしを一気に寒気が襲う。
「ここ…、どこ!?」
もちろん、あたし一人。誰もいない。さっきまでいた仁王はいなくて。
そりゃそうだ。あたしは一人で足任せに走ってきたんだから。
「仁王くーん!」
とりあえず呼んでみたけど返事はない。どうしよう。
携帯!
…は、旅館に置いてきちゃった。連絡する術はない。本気でどうしよう。
背中を汗が伝う。蒸し暑くて肌がじっとりして嫌な空気だ。
一人で歩いて帰れるかしら。ちょっと歩いてみたけど、道が間違ってそうでそれ以上歩けない。
ほんとに迷子だ。ここは日本だから、きっと歩けば人に出会える。けど、歩けない。思い切り走ったせいですでに足がだるい。そんなすぐに疲れが出るなんてあたしはどんだけ運動不足なんだろう。
とりあえず座ろうかな。小さい頃を思い出した。デパートで迷子になったときの話。
お母さんと弦一郎と弦一郎のお母さんとで買い物にきてて。弦一郎は基本的に真面目だから、おばさんの傍は絶対に離れなかった。でもあたしは違う。フラフラ、フラフラ。その頃からマイペースだったのかな。
あたしはあたしの行きたいとこに行くんだ!って。すでに今のこの性格に繋がってるのかも。
お母さんもお父さんも、どちらかというと厳しいほうだった。自分たちは自由なのにね。恋をして、結婚をして、子供を作って、冷めたからさよならする。じゃあ、あたしは?って。
“こないだまでお父さん”なんて、そんな続柄はない。他人になってしまったんだ。あたしの13年間が、なくなった。振り回された。そう思うのも仕方ないでしょ?
だからこそ、あたしは自由に憧れた。
仁王の、あの飄々としたところに惹かれたのもそれが大きいのかな。
近くに落ちてた木の枝をボキボキ折る。手が汚れるからやめろって、弦一郎によく怒られた。 弦一郎も、親みたいにうるさかった。
でも、弦一郎は二人とは違う。迷子になったとき、必ずあたしを見つけてくれる。
デパートのとき、お母さんは全然的外れなところを探してたけど、弦一郎は一発であたしがどこにいるかわかった。家電製品売り場。なんであたしがそこに行ったのか、弦一郎がわかったのかは忘れたけど。
あの日、一年のあの日、あのときも弦一郎はきてくれた。迷子の気持ちだったあたしを連れ戻してくれた。
そして三年になって、お母さんがいなくなってまた一人ぼっちになったあたしを、弦一郎は迎えにきてくれたんだ。
さっきの弦一郎の顔を思い出した。何を言おうとしてたの?
そんなことばかり考えてたら、不思議と不安はなくなってた。いっぱい時間は経ってるように感じたけど、実際は1、2分しか経ってない。
絶対に、弦一郎がまた探してくれる。迎えにきてくれる。
なぜかそんな自信があって、怖くもなかった。
「遅いよー、弦一郎…。」
怖くはないけど、何だか涙が出そうになってきてしまって、膝を抱える。
あたしは弦一郎に頼りすぎた。十分わかってる。甘えてばかりもいられないって。
でも、本当のお父さんみたいだから。
うるさくても、うざくても、弦一郎が家族だったらいいなって、何度も思った。
ーカサ…
突然、目の前で微かに葉っぱを踏む音がした。あたしは勢いよく顔を上げる。
怖くはなかった。きっと、弦一郎が来てくれたんだと思った。
「遅くなってすまん。」
ハァハァと、肩で息をして。
「怖くなかったか?」
初めて見た。こんなにも不安そうな顔。
「びっくりさせんようにこっそり近づいたんじゃけど、逆にびっくりさせちまったかのう。」
目の前の、仁王は、しゃがみ込んであたしの頭を撫でた。
「すまんな。目離して。怖かったじゃろ。」
そのまま、仁王はあたしの頭を自分の肩に寄せた。おでこが湿気のこもったTシャツにくっついて、仁王が汗だくなのがわかった。暑がりなのに、いっぱい走ったんだ。そう思うと、感情が溢れて。
生温い風が通り過ぎて、なぜだかあたしの頬がスーッとした。
ドキドキ、するよりも、ホッとしてる。迎えにきてくれたんだ。
ただ、相手が違った。お父さんじゃなかった。
あたしの、今、恋してる人だった。
仁王はあたしを安心させようと、背中をさすったりしながら少しずつ、他愛もない話を始める。あたしも仁王も、少しずつ、呼吸が穏やかになってきた。
仁王の肩におでこを押し付けながら、あたしはやっと気付いた。
さっきの、弦一郎が言いたかったこと。
寂しい気持ちと、うれしい気持ちが交わる。
出来すぎたお父さんだね。
「とりあえず帰るかの。立てるか?」
仁王はゆっくりとあたしを立ち上がらせてくれた。
「迷子にならんように。」
フッと笑いながら、あたしの右手を取って、歩き始めた。
熱気のある手から、暑がりな彼の優しさが伝わってきた。
帰ったら、旅館の前で丸井と赤也が正座させられてた。それを、腕を組みながら仁王立ちする弦一郎、柳、そして部長が囲む。傍から見るだけで寒気が…!
「あ!茜!」
一番に鈴が気付き、あたしに寄ってくる。
それを見て赤也が、半泣きで先輩〜!と叫びながら、あたしに駆け寄ってきた。正座のせいで足が痺れてるんだろう、少しフラフラだった。
「茜!マジでごめん!」
丸井も謝ってきた。こいつも半泣き。
本当はぶちギレたいところだけど、そんな二人を見て、
さらに爆笑してる仁王を見たら、そんな気はなくなった。
「怪我はないか、茜。」
弦一郎は他のみんなと違って、随分落ち着いてる。
弦一郎にはわかってたんだろう。あたしは大丈夫だって。
だって、仁王がいるから。あたしのために、仁王に、任せてくれたんだ。
「大丈夫!ご心配おかけしました!」
明るく、敬礼。
弦一郎も、微かに笑った。
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