「ご飯はまだだろ。まだ6時過ぎだぜ。」
「うぇ〜?腹減って死ぬー!」
「死なないから大丈夫っス。てか風呂行きましょうよ!」
「風呂で気紛らわすか…。飯…。」
練習が終わると、みんなはお風呂へ直行した。丸井は最後まで飯飯言ってたけど。暑いし、汗もびっしょりかいてるんだろう。
「うちらもお風呂入る?」
「んー、どうしよっか…、」
みんなの洗濯物を済ませたところで、お風呂に入るか悩む。
お風呂入る=ノーメイク。まぁたいした化粧はしてないけどさ。浴衣とかも、何となく恥ずかしい。
「先にお風呂入っちゃいなよ。」
そう言われながら後ろから肩を叩かれた。
にっこり微笑む部長。必要以上に飛び跳ねる心臓。
「ご飯食べた後、花火するから。」
「ほんと!?うわ〜楽しみっ!」
鈴は本当にうれしそうだ。弦一郎と近付けるチャンスだもんね。
「…あれ、茜ちゃんは?」
「へ?」
「花火、楽しみじゃないかな。」
あたしは…、もちろん、花火は楽しみだけど。リアクションを逃してしまった。
さっきの、部長とのことを思い出してしまって。なんだか妙に意識してしまって。
「部長〜!茜が楽しみじゃないわけないでしょ!さぁさぁ、うちらも早くお風呂入ろう!」
「う、うん、」
「フフ、いってらっしゃい。」
鈴にぐいぐい背中を押され、その場を後にした。
お風呂は、思ったよりも広くて、あたしたち二人だとなんだか寂しかった。
「…ぶわっ!冷てぇ!てめ赤也!」
「へっへ〜!丸井先輩〜、さっきのお返しっス!」
どうやら赤也が丸井に水をぶっかけたらしい。すぐ隣だから声が筒抜けだ。
ギャーギャー騒ぐ音、弦一郎の怒鳴り声も混じって、最終的にジャッカルの悲鳴らしきものも聞こえた。ジャッカル、ご愁傷さま。
「茜、まだ上がんないの?」
「え?あ、まだ浸かってる…。」
鈴はシャコシャコ頭を洗ってて、あたしはさっきからずっと湯船に浸かってる。気持ちいいっていうのもあるけど…、
さっきから頭がぼーっとしてる。
そういえば隣から、仁王や部長の声は聞こえないな。一緒に入ってないのか、もしくは声が小さいのか。
…やだ、またドキドキしてきた。部長。どーゆうつもりであんなこと…。
でもさ、考えてみれば部長はうちの学校でも最大級にモテるわけじゃん?
ってことはだよ、やっぱりそれなりにそういった経験もアレなのかしら。真に受けてるあたしってバカかしら。
だいたい、あたしは仁王が好きなんだから、そんなことにドキドキしてもしょうがないし、ってかきっとこれはドキドキじゃないし、ただビックリしただけというか、あたしも何だかんだ男に免疫ないわけだし、いくらもう慣れてきたとはいえ、やっぱりテニス部はイケメン揃いだし、結局は弦一郎やジャッカルですら人気があるし、てか弦一郎と同じ部屋の人災難だろうな………、
そこまでであたしの思考はストップする。
「……ん?」
パッと、目を開けたら天井の光が眩しかった。
それを遮るように覗き込む顔、鈴だ。
「あ!目覚ました!よかった〜!」
少し半泣きの鈴を目の前に、あたしは今の状態がすぐに理解できなかった。
「お前、心配かけんなよ!」
鈴に変わり、今度は丸井があたしの顔を覗き込む。まだ何が起こったのかよくわかんないけど、だるい身体、火照るほっぺた、涼しい風が顔に当たる。
あたしはゆっくりと起き上がった。
そこには丸井たちの他に、弦一郎、ジャッカル、そして部長がいた。
みんなして浴衣を着てて、なんだか色っぽい。弦一郎にいたっては制服より数千倍似合ってる。
「まったく!自分の体調管理もできんとは!」
「まぁまぁ。何とか平気そうだしよかったじゃねぇか。」
ジャッカルは、イライラピリピリ弦一郎を優しく和ませてくれた。ジャッカルも意外と浴衣が似合う。なんだかぼーっとしながらそんなどうでもいいことを考える。
「無事で何よりだよ。」
部長の笑った顔を見て、ようやくあたしも今の事態に気付いた。
あたしは湯船に浸かったままいろいろ…、部長とかのことを考えながらのぼせて、
「お前、湯船に浮かんだ死体みたいだったらしいぜ!」
丸井は爆笑。なんかもうちょっと言葉選んでくれません?
あー、そっか。のぼせて気絶したんだ。道理で頭もぼーっとするし、身体中熱い。
周りを見渡すと、ここはロビーらしく、あたしはソファーに横になってた。クーラーガンガンに、横には扇風機+ジャッカルが団扇を仰いでくれてたみたいだ。
「先輩たちご飯…、あ!茜先輩!気付いたんスね!」
そのまま、赤也はソファーにダイブするかのようにあたしに飛び付いてきた。かわいくて犬みたいだ。
でも横から、丸井と弦一郎にげんこつされて痛そう。よしよし。
「あ、先輩たち、もうご飯できてるっスよ!」
「そうか。ならば食べにいくか。茜はどうだ?食べれそうか?」
気分はそこまで悪くないけど、ちょっと今は食べれそうもない。あたしは軽く首を横に振った。
「あ、じゃあ真田君たちご飯食べてきなよ。あたしまだ茜の看病してるし。」
「え!あたしなら大丈夫だから鈴もご飯に…、」
「いーっていーって!」
「…ならば、一刻も早く食べ終えて交替しよう。」
また妙な責任感からか、弦一郎は一目散に広間に向かった。じゃあ俺たちもーって、鈴を除く他の人たちも行った。
一気に、ロビー中が静まる。
「ごめんね、鈴…、」
「何言ってんの!……あれ?」
鈴の目線を追う。
あたしたち以外、誰もいなくなったはずの、ロビー。みんなが向かった広間への廊下から人影が見えた。
「丸井?」
ご飯を前にして戻ってきた?あの丸井が?まさか。忘れ物かな。
「あー…、葛西。お前飯行ってきていいぜ。」
「え?」
「俺が看るから。」
何となくの空気を、きっと鈴は読んでくれて、わかったとだけを言い残し、広間へ向かった。
丸井はソファー、あたしのすぐ隣に座った。ギシッと、古いソファーが軋む。
不可解な点が2つ。
1つは、丸井がご飯のある広間から戻ってきたということ。
もう1つは、丸井がご飯を優先しなかったこと。
…どっちも同じか。
「丸井、…ご飯は?」
「ん?あー、今腹いっぱい。」
嘘。さっきまで腹減った連発してたじゃん。
なんで?
でもそれは聞けなかった。せっかく、丸井があたしのために戻ってきてくれたんだ。
あたしに、きっとチャンスをくれてる。
甘えてみようかな。
「調子は?」
「ん、もう平気。」
「そか。心配かけんなよ。…って、さっきも言ったか。」
二人してちょっと気恥ずかしそうに笑う。バスの中でもしゃべったけど、
こんなふうに、ちゃんと話のできる雰囲気は久しぶりだ。
「心配かけてごめんね。」
「おう。ま、もう大丈夫ならいいよ。」
「…じゃなくて、」
「…え、」
あたしは深々と、丸井に頭を下げた。ソファーの上だから、イマイチ真剣味にかけるけれど。
「ごめん。あたし、やっぱりテニス部が大好きみたい。」
あたしの誠意を込めたつもり。
あたしの素直な気持ちを込めたつもり。
言葉足らずかもしれない。丸井みたいに不器用かもしれない。
でも、これが一番、今、伝えたいから。
「マネージャー(仮)に…、戻っていいかな…?」
最後のほうは擦れてしまった。小さかったから聞こえたか不安になる。
でも、顔を上げた先には、
あたしみたいに、ちょっと涙目な丸井がいて。
愛くるしい目が、うるうるしてて。
「…心配、かけすぎだ!」
ガッと頭を押し込まれた。鼻をすする音が聞こえた。もしかしたら丸井は泣いてるかもしれない。
あたしも鼻をすする。もしかしたらあたしも零れてるかもしれない。
けど、お互い、顔が見えないから。
鼻をすする音と、変に照れた二人の小さな笑い声だけが誰もいないロビーに響く。
「マネージャーやならやんなくたっていい。」
「…。」
「早起き無理なら、遅刻したっていいし。」
「…。」
「麦茶面倒くせーなら、……たまにでもいい。」
「…。」
「お前には俺たちの、仲間でいてほしいだけだから。」
「…うん…!」
丸井は、あたしの首にがっしり腕を回した。プロレス技でもかけるつもり?
でもロマンチックに言うなら、抱きしめてるつもり?
相変わらず不器用なやつだ。
「一緒に全国、No.1目指そうぜ!」
「うん…!!」
振り回してごめんね。自分勝手でごめん。
でも今はもう、嘘つけそうもないから。
みんなと一緒に頑張ることの楽しさ、知っちゃったから。
あたしはみんなが、大好きです。
―ぐぅぅ〜…
「「……。」」
ロビーは静かなだけに、その腹鳴は旅館全体に響き渡った気がする。
「わ、笑うなよ!」
よっぽど我慢してたんだね。
髪の毛並みに真っ赤になった丸井は、全然、カッコ悪くないよ。
「せっかく友情を分かち合ったいいシーンがぶち壊し。」
「うっせ!腹減りまくってんだよ!」
「さっき減ってないって言ったじゃん。」
「たった今から減り始めた!ほら!飯食いいくぞ!」
ぐいっと、一応病み上がりなあたしの腕を掴んで立ち上がらせた。
あたしのほうが身体中熱いはずなのに、丸井の手のほうが熱かった。
捕まれてる部分がちょっと痛いけど、
こないだみたいな痛みはなかった。
丸井と仲直りできたのがうれしくて、
またマネージャー(仮)のポジションに戻れたことがうれしくて、
ご飯はほとんど、丸井にあげた。あたしはただ水を飲んでるだけだったけれど。
みんなと一緒にいるんだって、
身体だけじゃなくて、胸も熱くなった。
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