55 恋愛エジソン

あたしは歴史に興味はないけど、何だかんだ尊敬する人物とかいるわけ。

例えばエジソン。数多くの発明を行った彼とか、まぁ何を発明したかはよく知らないけど、“天才は1%のひらめきと99%の汗”なんて名言残しちゃってる。天才は才能なんてたったの1%で、残りは努力ですよーって言ってるかと思いきや、実は1%のひらめきがなきゃどんなに努力したって無駄だという意味。その考えは大賛成だわ。だいたいね、できる人とできない人で同じようなハードルを設けること自体あたしは現代の教育に疑問を感じる。

つまりはね、宿題よ。



「こんなの無理だ!」



あたしはとりあえず叫び、向かっていたノートと顔を逸らすように後ろへ仰け反る。
かっこいいことを言ってみたものの、ようは宿題(数学の問題集のP34の問11)でさっきから躓いてるわけだ。

夏休みはお陰さまでたっぷりテニス部に参加したのでたっぷり宿題が残ってるという。数学はおろか、美術のポスターとか国語の作文とか英語の本の読書感想文とかいわゆる大御所ばかり。終わったのは、こないだ弦一郎ん家に行ったときにこっそり盗んできた歴史の穴埋め問題だけ。

ちょっと頭を冷やそう。そう思ってベッドと机を何往復もする今日は、結局テニス部には行かず、おとなしく家で過ごしている。

全国大会決勝から一夜空けた今日、弦一郎は相変わらず練習に向かった。一応迎えに来たけど、宿題を言い訳に追い出した。全然進んでないけどね。

ベッドでゴロゴロしてるとふと、携帯が光ってた。着信があったみたいだ。

もしや誰かからのお助け着信?
よし、ジャッカルだったら英語のやつをやらせよう。
そう思って寝そべりながら携帯を確認しようとすると、同時に着信がきた。

その着信名に飛び起き、ベッドの上にも拘らず正座をしてしまったのは言うまでもないね。



『こんにちは。』

「こ、こんにちは!」



こんなに力んだこんにちはも珍しい。電話の向こうで微かに笑い声が聞こえた。



『さっきも電話したんじゃけど。すまん、忙しかったんか?』

「いやいや、全然!ちょっと宿題で躓いてただけで…、」

『ほーう、宿題やっちょるんか。感心じゃの。』



かかってきた電話の相手、仁王は、もう宿題は終わったんだろうか。ずいぶん余裕そうな声に、そういえば仁王は数学が得意だったと思い出した。



『何残っとるんじゃ?』

「えーっと、…数学と美術と国語と英語。」

『…ほぼ全部?』

「はい…。」

『はは、それはやばいのう。』

「もーやんなっちゃったよ。仁王くんは?全部終わったの?」

『んーまぁだいたい。あとは歴史じゃな。』

「あ、歴史ならあたし模範解答あるよ。」

『模範解答?』

「うん、弦一郎のやつ。盗んだの。」

『お前…、俺より悪いやつじゃの。』

「提出日になってから、何故ないのだ!って慌てる弦一郎もおもしろいよ。」

『前科ありか。やっぱお前はすごいぜよ。』



仁王と会話しながら、外から聞こえる蝉の声が響く。

例えばね。エジソンが言ったようにたった1%の才能がなきゃ努力は無駄になるとしても。
99%も努力できるなら、それはそれですごいことだと思うの。

もしも、あたしが仁王の1%にも入ってなかったとしても。
99%の何かで近づけたら。



「…よ、よかったら、歴史写す?」



弦一郎のだし絶対あってると思うしけっこう難しい部分もあるし社会の成績にちょっと入れるって先生も言ってたし。

こんな感じの理由も付け加えた。



『それは助かる。じゃあ俺の数学写すか?』

「いいの!?」

『ああ。真田と違って100%合っとる保障はないが。』

「全然いい!ありがとう!じゃあ──…、」



でもこれだけじゃだめだ。このままじゃ新学期になってから、ってなってしまう。だから言いたいことがあったんだけど。
そのあと一言がなかなか言い出せない。

あたしが言葉につまると、仁王も黙った。きっとほんの2、3秒なんだけど、長く感じる。
さっきより蝉の音が大きく聞こえる。



『……じゃあ、今から家行っていいか?』



やっぱり仁王は優しいと思う。





「なるほどー、ここはこの公式なんだね。」

「へぇ、この部分はこいつか。教科書なくしたしわからんかった。」

「あ、これ期末テストで出たやつだよね。問題集からなんて卑怯だ。」

「ちゅうか今授業公民なのになんで歴史なんかやるんじゃろ。受験対策かのう。迷惑な話じゃ。」



そんなこんなで約20分後にうちへ来た仁王。二人で勉強なんてあたしにはパラダイス。ちょっと会話噛み合ってないけど。



「あ、仁王くん、お茶入れるね。」



よく見ると仁王のコップはすでに空。今日も死ぬほど暑くて、だからきっと来ただけで相当の体力消耗。冷たい麦茶を注ぐのは三回目。



「おー、サンキュ。…真田のやつやたら字うまくてなんか嫌じゃな。」



弦一郎のプリントとにらめっこしながらぶつぶつ呟く仁王を笑って、あたしは席を立った。

まぁ立ったといっても1分もかかってないよ。台所のすぐ後ろのテーブルで勉強してるからね。ちょっとの間目を離しただけなんだけど。



「お、月9の再放送やっとる。これおもろかったよな。」



気が付けばソファーで寛ぎながら新聞片手にテレビを見る仁王。



「…仁王くん、宿題は?」

「後でな。あ、麦茶こっちこっち。」



手招きする仁王の下へ麦茶を運ぶと、ソファーの半分が空いてた。うちのソファーだけど、もしかしてあたしも座っていいのかと思って。



「休憩も必要じゃろ?」



軽く笑う仁王に引き寄せられるように、あたしもソファーへ収まった。

仁王がおもしろかったという月9ドラマは、恋愛の王道で。とある友達以上恋人未満の男女がくっつく過程を少しコメディも交えて表したものだった。
途中、男のほうの元カノが登場してすれ違ってしまったり。
あたしも放送してた当時は、やきもきしながら見ていた。



「ああ、なんで追っかけないのかなぁ!」

「……。」

「この男、思わせ振りばっかじゃん!まったく。」

「…感想はもうちょい静かに。」

「あ、ごめん。」



いつの間にか仁王よりもドラマにのめり込んでいたあたし。けっこう感情移入しやすいんだよ。

しかもなんだかこのストーリー、自分と重ね合わせちゃって。



「…やっぱ気になるところで続く、じゃな。」



ドラマは最後、元カノが男に迫るシーンを女が目撃というなんともベタなところで終わった。次が最終回だったらしい。



「これって最後普通にくっつくんじゃろ?」

「そうそう。まぁドラマだし。」

「ふーん。」



仁王はソファーのあたしじゃない側に倒れ、なんだかそのまま眠ってしまいそうだった。



「寝る?」

「うーん、ちょっと。」

「じゃあかけるもの持ってくるね。」



昨日の試合の疲れも残ってるんだろう。二人の時間は惜しいけど、寝かせてあげなきゃ。

そう思って布団を取りに、リビングを出ようと思ったときだった。



「茜、」



振り向いてもソファーに横になってる仁王は見えなかった。ただ、あたしがいなくなったからと伸ばした足の先だけ飛び出てる。



「俺な、昨日、さよならしてきた。」



やっぱり仁王は優しいと思う。
あたしが昨日何を見て何を思っていたのか、わかってくれてたんだ。



「もう引きずらんから。ちゅうか、思ったより引きずってなかったって、会ってから気付いた。」



ま、それだけ。と最後に付け加えた。

なんであたしに教えてくれるのか、肝心なそれを聞けないあたしは結局は努力してないのかもしれないけど。

思わず仁王のところに駆け付けた足は、褒めてほしい。



「話してくれてありがとね。」



気配でわかるはずなのに目を瞑ったまま寝たふりをする仁王に、心を込めて。

うれしさ半分、ちょっと切ない気持ちもあって。

最近涙腺がたるんどるなぁと、思った。

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