54 マネージャー

「じゃあみんな、お疲れさま。乾杯!」



ジュースだけど。ちょっと大人になりたいと思いながら、あたしはオレンジジュースを啜る。

もう終わったんだなーと干渉に浸りつつも、丸井と赤也の肉争奪戦にため息を漏らした。ってゆうかそのお肉はあたしのだ。それを見てもちろんあたしも参戦したのは言うまでもなく。



「上野もお疲れだったな。」



隣にいたジャッカルがいつもの癒し系な笑顔で言ってくれた。また泣きそうになったけど、そんなときは目の前でお肉を頬張ってまるーいブン太になってる丸井を見て中和した。



「あたしはそんなに。ジャッカルこそお疲れ。」

「ああ。まぁ、こいつらのお守りはまだまだ続きそうだけどな。」



苦笑しながらもなんだかうれしそうなジャッカル。きっと今日の試合を通して、また新たな目標が決まったんだろう。丸井みたいに。

ふと、ジャッカルを通り越して隣にいる仁王が目に入った。丸井対策か、別のエリアでお肉を焼いてる。さすが。



「あー…、俺ちょっとトイレ。」

「へ?」



ジャッカルが席を立った。もしかしてあたしがチラチラ仁王を見てたのを気付いたのか?ジャッカルに申し訳なく思いつつ、かといって座布団一つ空けたこの距離。逆に気まずいじゃん。ジャッカルめ…!



「仁王くん、野菜も食べてください。」

「いらん。」

「駄目ですよ。お肉ばかりでは栄養が偏ります。」

「プリッ。」



ちょっと耳を澄ませて仁王とその向かいに座ってる柳生の会話を聞いてみた。なんだこの親子会話。柳生が姑臭いのは知ってたけど、仁王も子どもかと。

それよりあたしのお肉が焼けた。



「お、皿空いてるぜよ。ほれ。」



あたしが会話を聞きつつ目の前のいい感じに焼けたお肉に手を伸ばそうとしたとき。話を聞いてるのを気付いてたのか、仁王はあたしのお皿にピーマンを乗せてきた。ついでカボチャにたまねぎ。

急に仁王の左手が目の前に伸びてきてドキッとして、お肉をとり損ねたあたしのお皿は野菜でいっぱいになった。



「ちょ、ちょっと、これ…!」

「ああ、女の子は野菜が好きじゃろ?食べんしゃい。」



そう言ってくれたサワヤカな笑顔はまたあたしの心臓を加速させたけど。
絶対自分が野菜食べたくないからだ!あたしだって野菜よりお肉のがいいのに!



「ずるい!」

「ははっ、素直に人の親切を受け取っとけ。…お、肉がいい感じじゃ。」



そう言って今度はあたしのいい感じのお肉をかっさらった。もし焼き肉のお肉に所有権が存在するならば、仁王は詐欺師ではなく泥棒だ。



「あたしのお肉ー!」

「うまいのう。お前、焼き肉奉行になれるぜよ。」



全然うれしくないんだけど。食べ物の恨みは深いぞ。

でも、満足そうに笑った仁王。それを見て恨みも若干薄まった。若干ね。
そういえば今日は初めてこんなふうに笑った仁王を見たかも。試合とかいろいろあったしな。いろいろ。

うわ、いろいろで思い出しちゃったし。あの人のこと。
あの後何があったのかな。聞きたいけどまさか聞くわけにもいかず。あとで柳生を問い詰めようかと思った。もしくは柳なら知ってるかも。



「明日からも練習出るの?」



あたしのお肉を奪うついでに実は席半分ずれてこっちに寄ってきた仁王。おかげで自然と会話できる距離になった。



「ああ。明日は休もうと思っちょるけど。」



なんで?って聞きたい。なんか用があるのかな。あるんだよね。なんの用だろ。
まさかあの先輩とデートだったり?

すぐそうやって悪いほうに考えてしまう。最近の悪い癖だ。重症。



「お前は?出る?」



さっき柳に入部届けをもらったことを、仁王はきっと知らないだろうけど。今さらテニス部に入るってのも変だとちょっと気が引けてた。ってゆうか読書部忘れてたし。

でもこれからもあたしがテニス部に出るんだったら、テニス部に入ってないのはおかしいし。何より入りたいって気持ちが、部長や柳の言葉で高まった。



「…まぁ、たまに顔出せたらなーとは…。」

「ふーん。」



来てほしいとか言われたいわけじゃないけど。(いや、言われたいけど)
なんだか仁王の返事が素っ気ない気がして悲しかった。



「明日は?」

「は?」

「明日は、出るんか?」



明日か…。考えてなかったな。大会終わってから出るかどうかも考えてなかったし。

でも明日はちょっと休もうかな。たぶん弦一郎は出るだろうけど、仁王いなかったらなんかいろいろ考えちゃってウジウジしそう。てゆうか今日暑かったし泣いたしで疲れた。



「あー、明日は休もうかなーって。」

「…何か用事あるんか?」

「え…、まぁ、いろいろ。」



別にないけど。夏休みの宿題ぐらい。また仁王はふーんとだけ言って、黙った。
なんとなく気まずいのは気のせいかしら。



「茜!お前肉食ってねーだろ?」



向かいから丸井がお肉を渡してきた。丸井が他人に食べ物を提供するなんてとみんなびっくりしてたけど。

あたしとしては仁王とのこの微妙な気まずさをぶち破ってくれて、とっても感謝。ほんと、空気の読める男になったわね。あたしはうれしいよ。



「ありがとー丸井…って、あー!」



よくよく見るとそれは焦げたお肉。きっと失敗作だからってあたしに寄越したんだ!



「俺がキッチリ焼いてやったやつだぜ。有り難く食え。」



天才的だろい?って今にも言いだしそうな顔。なんでテニス部は仁王にしても丸井にしても嫌なものを押しつけるんだ。

もともとあたしに拒否権はないし、普段からマネージャーなんてかっこいいもんでもなくただのパシリなマネージャー(仮)。

いつもいつも、きっとこれからもずっと、あたしはテニス部に振り回されるに違いない。



「やっぱテニス部なんて嫌いだ!」



膨れたあたしをみんなは笑った。嘘だとバレバレだったんだろうか。

言ってる本人のあたしも、つられて笑ってしまった。



「でも今日からはマネージャーだろ?」



柳からもらった入部届け。やっぱり部長は知ってたのか、まるで決定事項かのようにみんなの前で言い切った。

今までのマネージャー(仮)という曖昧な存在。どうせマネージャーになっても丸井や赤也のパシリは変わらない。何か特別なことができるかなんてのもわかんないけど。

ただ、マネージャーという響きがいいからね。それだけだよ。

あたしは首を縦に振った。



「また新しいテニス部が始まるね。」



まだまだ、引退しそうもない、威厳抜群の部長を見て、
たまにじゃなくてしょっちゅうテニス部に顔を出すことになりそうだと思った。

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