53 仲間

「弦一郎は部活、やめたくなったことないの?」



いつだったか、幸村が倒れた後、茜がテニス部に顔を出す前。聞かれたことだ。毎日の練習は大変じゃないかとか試合だって疲れるとか頑張りすぎだとか茜は理由をつけてきたが、そんなものは普段運動不足のやつだけだろうと言い返した。

縦しんば大変だろうが疲れることがあろうが、俺はテニスをやめようと思ったことなどなかった。加えて茜から頑張りすぎだと忠告を受けた俺には、幸村がテニスをしたくともできない状態であるということを、テニスを頑張ることの一番の理由にしていた節があった。



「そーゆうの、その部長にちょっと失礼だと思うけど。」



他のやつらも言う、俺の頭の堅さが身に染みてわかったのは後日。このときは茜の言った言葉を理解するのに苦しんだ。幸村が倒れてからというもの、自身自覚している責任感の強さに苛まれていた。必ずや幸村が戻ってくるときに皆ベストな状態に持っていくこと。少しでも幸村に追いつくこと。そして先輩方からの常勝という伝統を継ぐこと。これを果たさなければという責任感。

どこか暴走していた。そう語るのは、当時から俺だけでなくメンバー全員を支えてくれていた蓮二だった。



「部長、頑張れ!」



隣で声を張り上げる茜。こいつは実に可笑しなやつで、へらへらしていると思えば人の痛いところをつく。

こいつを部活に連れていったのは、ただいつもの責任感。親からの指示でもあり、俺自身がこいつに何かできればと予てより思っていたからだ。無論、普段のこいつの言動や、以前マネージャーにと勧誘した際一刀両断で拒絶されたことを踏まえ、テニス部が嫌いであろうことは知っていた。お節介だと思われることも承知。しかし、部活で忙しくクラスも別である俺にできることは限られていた。だからこそさっきこいつに尋ねようと思っていたこと、それはただ一つ。



「部長…、頑張って…、」



幸村が青学一年に追い上げられる。次第に涙声に変わっていく茜を見て、もう聞かなくとも答えはわかっていた。



「でも幸村君、苦しそうだけど、なんだかうれしそうだな。一生懸命、テニスしてる。」



あんな幸村君は初めてだと、ぽつりと丸井が呟くと、赤也は不思議がったような顔をした。



「そりゃそうっスよ!またテニスができるようになったんだし、うれしいに決まってる。…俺もうれしいっスよ、また部長のテニスが見れて。」



“大好きなテニスが、いっぱいできるように”



赤也の言葉にハッとしたのは俺だけではなく、他のレギュラー連中もだろう。常勝という重圧故に、目指せば目指すほど狭まっていくこの道で、年下や他人の素直な感情に気付かされることは、これまでも多々あった。

今の幸村にならきっと届くだろう。
何故、俺たちはテニスをするのか。その答えは、テニスと出会ったあの日から、ずっと自分の心の中にあったはず。

それが俺たちにとって、今もこれからも一番大事なことなのだ。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「ゲームセット、ウォンバイ青学。」



試合終了。もう終わったんだな。
項垂れる部員の下へ、精市が歩んできた。



「…負けちゃった。」



まるでごめんと謝るように笑って呟いた精市の言葉に、どこからか泣き声が聞こえてくる。



「…あ、謝らないでくださいよ!」



別に精市は謝ったわけではないのだが、赤也のその気持ちもわからなくもない。
ひしひしと、精市から後悔の念が伝わってきたから。



「うん。…ごめん。」



その言葉に、近くにいた上野が泣き出した。こいつが泣くとは。上野だけではない。赤也とブン太も。

しかし皆思うところは一緒だ。負けた、その事実はあっても、今日のこの試合が一番苦しくもあり、楽しかっただろう。

悩み苦しみどこかテニスへの憎しみもあるようで、いつ決別してもおかしくなかった精市が、実に楽しそうにテニスをしていたから。
そして精市の心を動かしたのは他でもない、テニスと自分たちだからだ。



「ありがとう、みんな。待っててくれて。」



精市は赤也とブン太を両腕に抱え、そう伝えた。



これで俺たちの夏は終わる。
長いようできっと振り返ればほんの一瞬。
だがいつまでも心に残る夏だろう。



「あのね、」



皆が引き上げるとき、最後にコートを後にしたのは俺と上野だった。目を真っ赤にし、泣きすぎて明日目が腫れる確率94%だな。



「さっき部長に、茜ちゃんが俺たちの仲間でよかったって、言われた。」



言わなくとも皆に聞こえるような状況であったことは、気付いてなかったのか。稀に抜けているところのあるやつだな。



「ああ。勿論、他の部員たちも同じことを思っている。」

「柳も?」

「俺のデータに狂いはない。」



出会った頃よりも幾分俺への敵意はなくなったようだな。うれしがっているのは確率でなくともその表情から判断できる。

そして恐らくこの上野の態度から、今まで弦一郎が聞きたかったことの答えもわかった。が、あえて聞こう。



「お前はテニス部に加わることができてよかったか?」



一瞬目を丸くしたものの、今さら聞くな!と、せっかく泣き止んだというのにまた涙を零しながら上野は叫んだ。恐らく、柳ってほんと嫌なやつ!と思っているだろう。だが、俺の仕事はもう一つある。



「今更ついでだが、これをお前に。」



たった一枚の紙切れだが、お前にはさぞや重要なものであっただろう。忘れていた確率も高いが。

弦一郎やブン太が渡すに渡せなかったという。立海大附属中テニス部入部届けだ。



「ほんと今さらだよ。」



その紙切れを握りしめ、再び上野は涙した。

この後は打ち上げだ。めでたいわけではないが、今までのお前や部員たち、そして弦一郎と精市の苦労を労う場だ。

早く気持ちを切り替えるんだな、と上野に伝え、揃ってコートを後にした。

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