49 エール

つまんない毎日だと思ってた。毎日普通に学校行って、適当に授業受けて、帰って。たまに友達と遊んだり、夕方の再放送のドラマなんか観たり。

学生時代って、もっと大切にできるものだと思ってた。だって大人はよく言うもん。学生の頃はよかったって。何も考えずに好きなことができる。ときには悩んだり友達とケンカしたり泣いたりもするけど、振り返ると毎日が楽しかったって。あたしもそんな毎日を送りたいって思ってた。

それに比べお隣さんの同級生はずいぶんと充実した毎日を送ってるみたいだった。強豪の立海テニス部レギュラーであり副部長であり仲間もいっぱいいて。あたしにはうらやましかった。まぁあの老けた顔立ちは勘弁だけど。



立海大附属中学、テニス部レギュラーがコート上に並ぶ。ネットを隔てて向かい側には青春学園中等部。

ちょっと前にも見た光景。あのときはテニスについてあんま知らなかったあたしは、青学?うちのが強いよね?って感じだったけど、今ならわかる。

青学は、強い。うちと同じくらい。

今日がお互い、ラストゲーム。このチームベストメンバーで闘う、最後の夏。



「常勝!立海大!!」



あたしは高く、強く、叫んだ。

今までだって何度となく叫んだ。みんなにこの声が届けばいいなって。

やっぱりあたしは、コートの外の応援にすぎない。仲間って言ってもらえてもコートの中には入れないから。

でも、誰よりも応援してる。立海の、みんなの強さを信じてるから。



試合前の礼も終わり、みんなベンチの方に戻ってきた。そして円陣を組む。

この円陣もあたしは見るのが大好きだった。一つになる感じ。不安とか全部吹き飛ぶ感じ。本当に頼もしくて………、



「茜!」



円陣のうちの一人、丸井があたしを呼んだ。

そして手招きしてる。



「早くこいよ!」

「…え?」

「やっぱ茜先輩も一緒じゃなきゃ!」



あたしも円陣に混じっていいの?

聞く前に、手を引っ張られた。
あったかくておっきくて優しく掴むこの手は、仁王。

夏の強い日差しに反射するきれいな銀髪。
出会って4ヶ月半。あたしが好きだった人、いや、
たった今、恋してる人だ。



「9人いて立海だから。」



お前もいなくちゃ困る。

仁王の手に、少し力がこもった。

久しぶりに掴まれたその手は夏の暑さに汗ばんでて。あのお祭りの日から、もう、あたしのことを捕まえてくれないと思ってたのに。

少しの間だけ捕われたその手に、幸せを感じた。

それ俺の役なのにって、左隣の丸井が不服そうに呟いたけど。



「さぁ、みんな揃ったね。」

「やっとっスね。」

「関東大会では幸村君いなかったもんな。」

「初戦では上野もいなかったからな。」

「まったく、たるんだやつだ。」

「なに真田。俺が?」

「…い、いや、茜の話だ。」



円陣のためみんな下を向いてる。若干、弦一郎が怯えてる。



「今日でこのチームでの試合は最後だ。」



部長の声が心なしか低く響く。



「最後の最後まで、悔いのない試合にしよう。なぁ、真田。」



無論だ、と、弦一郎の声が後に続く。



「今までの道のり、よく皆耐えてきた。」



練習、試合、ハードすぎる日々の繰り返し。

あたしがつまんない毎日に不満を持っているとき、みんなはつらい毎日を乗り越えていた。



「俺たちには“王者”と呼ばれるに相応しい積み重ねがある。」



そうだ。弦一郎の言う通り。ただ勝つから“王者”と呼ばれるんじゃない。

負けないために努力を重ねて勝つから、王者なんだ。



「重圧や不安も多々あったかと思う。しかし今日はそれをすべて忘れろ。そしてすべて出し切れ。」



あれ、なんだか弦一郎がいつになく優しい。最後だからかな。

他人そして自分に人一倍厳しい弦一郎が。

ちょっと感動。



「今日、俺はお前たちに……、」

「真田、話長い。」

「む…!す、すまない。」

「じゃあ最後に、部長としてみんなにエールを贈るよ。」



部長がそう言うと、みんなの肩を組む力が強くなった。



「俺たちは、誰よりも強い。」



言い切った部長の声、静かなのに決して大きくもないのに、谺する。

すぅっと、みんなの息を吸い込む音が聞こえた。



「絶対に、勝つ!!」

「「「イエッサー!!!」」」



初めて言った、イエッサーって掛け声。うまく言えるか不安だったけど、あたしの声がみんなの声に混ざって。

きっとみんな、ひとつになれたよね。





「茜、何見てんの?」



弦一郎の試合が始まってしばらく。あたしが見ているノートを横から丸井が覗き込む。



「部活日記。」



その日どんな練習したかとか何ができるようになったかとか、書き留めたもの。部長が部活休んだ日、部活がその日の練習を把握できるようにって口実で、書き始めた。まぁ、あたしの自己満だ。



「へぇ。そんなの書いてたんだ。…どれ、」



丸井はあたしからノートを取り上げた。

ふーん、へー、とか言いながら見てる。



「真田弦一郎。通称“皇帝”。又の名を“むっつり一号”という。…はっはっ!ひでーな!」



まぁね、事実はありのままに書かないと。



「“左ストレートのスマッシュを打ち終わったあと、逆サイドに振る短いボレーは処理が遅れる。”…なに、お前ちゃんと分析できてんじゃん。」

「伊達に毎日見てないよ。」



丸井の目が感心したように変わる。見直したかね。

他のテニス部員はもちろん、弦一郎ですら三年になってからだ、ちゃんと見るようになったのは。

最初は嫌々だったけどさ。でも、いつの間にか楽しくなってきたから。

みんなのいいところ、悪いところ、見つけられるぐらいね、見てきたよ。

それを言うなら、三年間コートの周りをぐるっと囲む、あのお姉様方のが見てきたかもしれないけど。



「お前いつも応援してくれてたもんな。」

「まぁね。」

「いつもお前の声、聞こえてたぜ。」

「え?」



あたしはそりゃ女らしい可愛らしい声ではないけど、かといって周りの黄色い声や応援団に勝てるようなでかい声でもない。掛け声だってありきたりなことしかかけれなかった。

でもそれはみんな、一緒だと思う。あたしも、コートの周りの人たちも。みんなに伝わってるのか、みんなに届いてるのか、わかんなかった。不安でもどかしくもあった。



「もちろん、お前だけじゃないぜ。他の応援してくれてるやつらみんなの声、俺らには届いてるから。ずっと感謝してたんだ。」



珍しくも丸井が、いつもコートの周りを囲む応援団に感謝の気持ちを述べてる。いつもならうるせーとか、試合に集中できねーとか言ってるくせに。



「マジで今日は負けらんねーな!」



丸井、ありがと。あたしはいつでも丸井に救われてきたよ。…迷惑もいっぱいかけられたけど。

丸井がいなかったら、やっぱりあたしはテニス部にきてなかったと思う。

弦一郎の指示かもしれないけど、丸井のただの気まぐれかもしれないけど、



「丸井、」

「ん?」

「うちら、友達だよね!」



友達なんて面と向かって言うもんじゃないって、一昔前のあたしが思ってたことだけど。

今ならはっきりと言える。丸井は、あたしの友達だ。テニス部の仲間でもあるけど、それとは別に。

楽しいときに一緒に笑う、悲しいときに一緒泣く、大切な大切な友達。



「…茜、」

「うん。」

「あー…、えーっとな。ずっと言おうと思ってたけど、」



丸井はモゴモゴと口籠もってしまった。

てゆうか、弦一郎さん念願のvs手塚戦なのにあたしらちゃんと観てなかった。娘失格だわ。

でも今は、丸井が何言うか気になる。



「まーなんだ、別に平気だろうけどよ。」

「?…なにが?」

「あの件については、まだよくわかんねーし。」

「あの件てどの件?」

「だから、お前は俺のこと友達だと思ってんだろぃ。」



それはそうだけど…あれ、丸井はそう思ってないの?うちら友達じゃないの?あたしの片想い?



「まぁ要するに、だ。」



丸井は完璧体をあたしに向けていて一切弦一郎の試合は観ていない。ちょっと、こればれたらあとで弦一郎泣くよね。



「親友だ。」

「は?」

「うちらは親友ってことだ。わかる?」



丸井の口から出た、“親友”。

なんだか友達よりもレベルアップしてるってゆうか、より特別な響き。

あ、なんかけっこううれしいかも。



「親友か!なるほど。」

「そうそう、親友。」

「いいねぇ、親友!」

「もし、お前がそのー…ダメになっても、」

「…ダメ?」

「俺はお前とずっと仲良しでいるからな。」



まーこーゆうのは天秤にかける話じゃねーけど、って丸井のでかい独り言が続いたけど。

周りの歓声に、かき消された。
あたしと丸井は同時にコートを見る。

弦一郎の腫れあがった脚が、その激しい闘いと歓声の所以を、

痛々しく物語っていた。

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