「持った。」
「タオルは余分に用意したか?」
「一応。」
「ゲームなど余計なものは持ってないだろうな?」
「…たぶん。」
「む、たぶんとは…!」
「もーいいから!早く行こうって!」
今日からテニス部の合宿。結局、あたしは行くことにした。
あれだけうじうじ悩んだ挙げ句、やっぱりみんなと一緒にいたいなって。
弦一郎もあたしが合宿に行くことは当然、みたいな感じだったし、あれから3日、練習に行かなかったことも特につっこまれなかった。
部長にしても仁王にしても、あたしが丸井に言ったことは触れてこなかったし。
もしかして丸井、みんなに言わなかったのかな。
…あれから丸井とは全然しゃべってないや。席も近くないから話す機会もなくて。
てか、丸井にあんなこと言っておきながら来ちゃっていいんだろうか。
気まぐれとか振り回されたとか思われるかな。
ドキドキしながら、まるではじめましてのような感覚で、集合場所に弦一郎と向かう。
集合場所にはほとんどみんな来ていた。
丸井やジャッカル、仁王もいた。
「おはよう。」
朝の日射しの相乗効果、いつもよりキラキラした笑顔で部長が話しかけにきた。
待ってたよ。とでも言いたげに、にっこり笑う。
「全員そろっているか?」
「いや、まだ赤也が来ていない。連絡せねばな。」
傍に寄ってきた柳のその台詞に対し、弦一郎の言葉はだいたい想像つくよ。
赤也め。やっぱり遅刻か!たるんど…、
「ああ、赤也なら問題ない。」
は?
期待を裏切られて、唖然とする。
どうしちゃったの?いつもならくわっ!って感じで関係ない周りにまで怒鳴るはずなのに。
「葛西が迎えに行ってるはずだ。」
ああ、鈴が……、
「鈴!?鈴もくるの!?」
「聞いてなかったのか?女子一人では心細いだろうと、幸村が誘ったのだ。」
部長のほうを見やると、またにっこり微笑まれた。こんな中途半端なあたしのために、わざわざ人数増やしてまで…優しいんだな。
「でも赤也を呼びに行かせたのは真田だよ。俺はそんなに人使い荒くないからね。」
一瞬弦一郎も柳も、何をおっしゃる?みたいな顔をしたけど、
心なしかきれいな笑顔に少し黒さが見えて、誰も何も言えなかった。うーん、やっぱり部長が最強なのね。
「で、では先にバスに乗り込むか。」
弦一郎の指示通り、みんなバスに乗り込む。あたしはレギュラーたちと同じバス。一番最後に乗った。
丸井とかジャッカルとかは後ろのほうに座ってて、
あたしは少し遠い、前から三列目に一人で座った。
こんな距離なら合宿所に着くまで話せないな。仁王とも話したかったけど…、
でも今は丸井と、ちゃんと話したい。謝りたい。
そんなことを考えながら、窓から外をぼーっと見る。
ようやく、向こうのほうから赤也と鈴が見えてきた。二人はちょっと近づいたところでたぶんバスに気付き、走り始めた。ちゃんと走ってきました〜ってアピールするつもりだな。バレバレだぞ。
鈴はたぶんあたしの隣に座るだろう。そう思って、隣の席に置いておいた鞄を膝の上に置く。
「ここ、いいか?」
しばらくぶりに聞いた、ちょっと懐かしい声に、あたしはまさかと思いながらも心は弾みながら、顔を上げる。
「…!」
「葛西、真田の隣に座らせよーぜ。」
ニヤっと笑いながらストンと、丸井はあたしの横の席に納まった。
鈴の話、きっと柳のせいでテニス部に筒抜けなんだ。
冷静な頭とは裏腹に、あたしの心臓は速くなったままだった。丸井と久々に話したことや、話しかけにきてくれたことがうれしくて。
「な、なんで鈴のこと、知ってんの?」
「うちはデータマンが何でも話してくれるからな。」
「柳って口軽いのね。」
「ま、でもこんなネタなら話したくなんだろ。」
声と同じく、久々に見たような丸井の笑顔に、ちょっと、ほんのちょっと、涙目になった。
「いや〜、遅くなってすいませんっス!」
「茜ー!おはよ!」
騒がしく乗り込んできた二人をみんなで笑って、
丸井の目論見通り、弦一郎の横に座った鈴に、きっとみんな内心ニヤニヤしながら。
バスは走りだした。
走り始めてからも丸井はあたしの隣から離れることはなく、他愛もない話に盛り上がりながら、いつ謝ろうかなって、頭の隅で考えてた。
謝るついでに、ちゃんと言おう。あたしはテニス部が好きだって。
だって、丸井も教えてくれたから。あたしが好きだって。
両思いだって、教えてやろうじゃない。
着いてからすぐに、レギュラーは練習を始めた。あたしと鈴は全員分の飲み物を作ったり、救急セットを用意したりしてた。
今日はすごく暑くて、みんな熱中症とか大丈夫かなって心配しながら、特に仁王は暑いの嫌いだから平気かなーって、見つめてたら、
平気じゃないらしく、さりげなくコートの日陰をキープしてるのがわかった。
あまりに見すぎたせいで、ついに仁王と目が合う。
物凄ーく暑そうにシャツをぱたぱたさせながら口パクで、
“アツイ”
そう言ったのがわかった。
笑いながら、“ガンバレ”って返したら、小さくガッツポーズをしながら、“オウ”って、聞こえた。
何だか二人だけの会話ができて、この暑さに負けじと身体中熱くなった気がする。
「やーねぇ、にやけちゃって。」
そういう鈴こそ、他人事のくせににやけすぎ。
「てか、なんで鈴、合宿くるって教えてくれなかったの!」
「え?だって部長がー…、」
「俺がどうかしたかい?」
やっぱり部長はあたしを驚かせるのが得意だ。いつの間にか背後をとられてた。
「あ、葛西さん、」
「は、はい!」
「真田が呼んでたよ。頼みたいことがあるみたい。」
真田という言葉に反応したのかはたまた部長が恐ろしかったのか、鈴は一目散にコートに向かっていった。
あたしと部長を残して。
「ぶ、部長いつからいたんですか?」
「ん?さっきからだよ?」
ふふふっと笑う部長の笑顔はやっぱり黒かった。
「あっちのコートで練習してたんだ。」
そう言いながら、みんながいるコートとはまったく逆のほうに連れていかれた。
コートに着くなり、部長は何も言わずにサーブを打った。
素人のあたしから見てもきれいなフォームで、速くそして抜群のコントロールで向こう側のコートに決まった。
遅れて、部長の肩にかかっていたジャージが、
パサッと音を立てて地面に落ちた。
「すごいっ!」
あたしは部長に駆け寄る。
だって本当にすごいと思った。
もちろん他のレギュラーもみんなしてサーブの威力がすごいけど、部長は段違いだって、
たった一球でわかったから。
しかもこないだまで入院してたっていうのに。
「やっぱり部長ってすごい!」
「そう…かな。」
「うん!早く部長の試合、見たい!」
部長は何も言わず、いつもは柔和な表情も変えず、
ゆっくり、あたしの手を取って握りしめた。
「部長…?」
痛くはない。けど、部長の力が込められてる。
「君に、お礼を言わなくちゃ。」
「お礼?」
「うん。こないだの手術、君が来てくれたから、成功したんだ。」
「そ、そんなこと…!あれは部長が頑張ったから…、」
「こうやってね、あの時、君から元気をもらったから。」
片手だった部長の手は、いつの間にか両手になった。
熱くなった部長の手から、熱と、
気付かないぐらいの震えが伝わってきた。
「俺、…絶対にまたみんなの頂点に立つよ。」
今だって頂点のはずなのに…。
このとき、部長が抱えていた苦しみにも似た葛藤を、
あたしは気付けずにいた。
「それよりさ、それおいしそうだね。」
さっきまでの悩ましげな雰囲気とは裏腹に、部長はいつもの明るい声で、あたしの右手に握ってあったペットボトルを指す。
ポカリを冷凍庫でアイスみたいに冷やしてあったもので、だんだんと溶けてきてる。
「一口くれるかな。」
「あ、どうぞ!」
部長はごっくんと一口、それを飲んだ。
女の子みたいにきれいな部長だけど、ポカリが通過する喉元はやっぱり男の子で。
ドキッとした。
「ありがとう。」
「あ、いえいえ。」
部長にときめいてたことを悟られないようにと、あたしは目を合わせらんなくて。それがまた逆に恥ずかしかった。
「フフ、なんかドキドキした。」
また、心を読まれたのかと思った。それにしちゃ恥ずかしすぎる事実。
「これって間接キス、だよね。」
ペットボトルの口に指を当てながら、どこがドキドキしてるって?とつっこみたくなるぐらいさらりと、部長は言った。
「これが茜ちゃんのファーストキスだったらいいのにな。」
いや、たぶん間接キスぐらいなら誰かしらとやってるだろうけど…、
きっと真っ赤になってるあたしを笑って。でもそれはバカにするような笑いじゃなく。
部長は、優しく、あたしの背中を押した。
そろそろコートに戻ろうかって。きっと、さっき葛西さんについた嘘がばれちゃってるからって。
そんな部長の暴露話は右から左へ、
あたしは火照りまくったほっぺたと爆発しそうな心臓が、コートに着くまでにおさまるようにと、祈った。
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