30 合宿ロマンス

「歯ブラシは持ったか?」

「持った。」

「タオルは余分に用意したか?」

「一応。」

「ゲームなど余計なものは持ってないだろうな?」

「…たぶん。」

「む、たぶんとは…!」

「もーいいから!早く行こうって!」



今日からテニス部の合宿。結局、あたしは行くことにした。

あれだけうじうじ悩んだ挙げ句、やっぱりみんなと一緒にいたいなって。

弦一郎もあたしが合宿に行くことは当然、みたいな感じだったし、あれから3日、練習に行かなかったことも特につっこまれなかった。

部長にしても仁王にしても、あたしが丸井に言ったことは触れてこなかったし。

もしかして丸井、みんなに言わなかったのかな。



…あれから丸井とは全然しゃべってないや。席も近くないから話す機会もなくて。

てか、丸井にあんなこと言っておきながら来ちゃっていいんだろうか。

気まぐれとか振り回されたとか思われるかな。

ドキドキしながら、まるではじめましてのような感覚で、集合場所に弦一郎と向かう。



集合場所にはほとんどみんな来ていた。

丸井やジャッカル、仁王もいた。



「おはよう。」



朝の日射しの相乗効果、いつもよりキラキラした笑顔で部長が話しかけにきた。

待ってたよ。とでも言いたげに、にっこり笑う。



「全員そろっているか?」

「いや、まだ赤也が来ていない。連絡せねばな。」



傍に寄ってきた柳のその台詞に対し、弦一郎の言葉はだいたい想像つくよ。

赤也め。やっぱり遅刻か!たるんど…、



「ああ、赤也なら問題ない。」



は?

期待を裏切られて、唖然とする。

どうしちゃったの?いつもならくわっ!って感じで関係ない周りにまで怒鳴るはずなのに。



「葛西が迎えに行ってるはずだ。」



ああ、鈴が……、



「鈴!?鈴もくるの!?」

「聞いてなかったのか?女子一人では心細いだろうと、幸村が誘ったのだ。」



部長のほうを見やると、またにっこり微笑まれた。こんな中途半端なあたしのために、わざわざ人数増やしてまで…優しいんだな。



「でも赤也を呼びに行かせたのは真田だよ。俺はそんなに人使い荒くないからね。」



一瞬弦一郎も柳も、何をおっしゃる?みたいな顔をしたけど、

心なしかきれいな笑顔に少し黒さが見えて、誰も何も言えなかった。うーん、やっぱり部長が最強なのね。



「で、では先にバスに乗り込むか。」



弦一郎の指示通り、みんなバスに乗り込む。あたしはレギュラーたちと同じバス。一番最後に乗った。

丸井とかジャッカルとかは後ろのほうに座ってて、
あたしは少し遠い、前から三列目に一人で座った。

こんな距離なら合宿所に着くまで話せないな。仁王とも話したかったけど…、

でも今は丸井と、ちゃんと話したい。謝りたい。

そんなことを考えながら、窓から外をぼーっと見る。

ようやく、向こうのほうから赤也と鈴が見えてきた。二人はちょっと近づいたところでたぶんバスに気付き、走り始めた。ちゃんと走ってきました〜ってアピールするつもりだな。バレバレだぞ。

鈴はたぶんあたしの隣に座るだろう。そう思って、隣の席に置いておいた鞄を膝の上に置く。



「ここ、いいか?」



しばらくぶりに聞いた、ちょっと懐かしい声に、あたしはまさかと思いながらも心は弾みながら、顔を上げる。



「…!」

「葛西、真田の隣に座らせよーぜ。」



ニヤっと笑いながらストンと、丸井はあたしの横の席に納まった。

鈴の話、きっと柳のせいでテニス部に筒抜けなんだ。

冷静な頭とは裏腹に、あたしの心臓は速くなったままだった。丸井と久々に話したことや、話しかけにきてくれたことがうれしくて。



「な、なんで鈴のこと、知ってんの?」

「うちはデータマンが何でも話してくれるからな。」

「柳って口軽いのね。」

「ま、でもこんなネタなら話したくなんだろ。」



声と同じく、久々に見たような丸井の笑顔に、ちょっと、ほんのちょっと、涙目になった。



「いや〜、遅くなってすいませんっス!」

「茜ー!おはよ!」



騒がしく乗り込んできた二人をみんなで笑って、

丸井の目論見通り、弦一郎の横に座った鈴に、きっとみんな内心ニヤニヤしながら。

バスは走りだした。

走り始めてからも丸井はあたしの隣から離れることはなく、他愛もない話に盛り上がりながら、いつ謝ろうかなって、頭の隅で考えてた。

謝るついでに、ちゃんと言おう。あたしはテニス部が好きだって。

だって、丸井も教えてくれたから。あたしが好きだって。

両思いだって、教えてやろうじゃない。



着いてからすぐに、レギュラーは練習を始めた。あたしと鈴は全員分の飲み物を作ったり、救急セットを用意したりしてた。

今日はすごく暑くて、みんな熱中症とか大丈夫かなって心配しながら、特に仁王は暑いの嫌いだから平気かなーって、見つめてたら、

平気じゃないらしく、さりげなくコートの日陰をキープしてるのがわかった。

あまりに見すぎたせいで、ついに仁王と目が合う。

物凄ーく暑そうにシャツをぱたぱたさせながら口パクで、

“アツイ”
そう言ったのがわかった。

笑いながら、“ガンバレ”って返したら、小さくガッツポーズをしながら、“オウ”って、聞こえた。

何だか二人だけの会話ができて、この暑さに負けじと身体中熱くなった気がする。



「やーねぇ、にやけちゃって。」



そういう鈴こそ、他人事のくせににやけすぎ。



「てか、なんで鈴、合宿くるって教えてくれなかったの!」

「え?だって部長がー…、」

「俺がどうかしたかい?」



やっぱり部長はあたしを驚かせるのが得意だ。いつの間にか背後をとられてた。



「あ、葛西さん、」

「は、はい!」

「真田が呼んでたよ。頼みたいことがあるみたい。」



真田という言葉に反応したのかはたまた部長が恐ろしかったのか、鈴は一目散にコートに向かっていった。

あたしと部長を残して。



「ぶ、部長いつからいたんですか?」

「ん?さっきからだよ?」



ふふふっと笑う部長の笑顔はやっぱり黒かった。



「あっちのコートで練習してたんだ。」



そう言いながら、みんながいるコートとはまったく逆のほうに連れていかれた。

コートに着くなり、部長は何も言わずにサーブを打った。

素人のあたしから見てもきれいなフォームで、速くそして抜群のコントロールで向こう側のコートに決まった。

遅れて、部長の肩にかかっていたジャージが、

パサッと音を立てて地面に落ちた。



「すごいっ!」



あたしは部長に駆け寄る。
だって本当にすごいと思った。

もちろん他のレギュラーもみんなしてサーブの威力がすごいけど、部長は段違いだって、

たった一球でわかったから。

しかもこないだまで入院してたっていうのに。



「やっぱり部長ってすごい!」

「そう…かな。」

「うん!早く部長の試合、見たい!」



部長は何も言わず、いつもは柔和な表情も変えず、

ゆっくり、あたしの手を取って握りしめた。



「部長…?」



痛くはない。けど、部長の力が込められてる。



「君に、お礼を言わなくちゃ。」

「お礼?」

「うん。こないだの手術、君が来てくれたから、成功したんだ。」

「そ、そんなこと…!あれは部長が頑張ったから…、」

「こうやってね、あの時、君から元気をもらったから。」



片手だった部長の手は、いつの間にか両手になった。

熱くなった部長の手から、熱と、

気付かないぐらいの震えが伝わってきた。



「俺、…絶対にまたみんなの頂点に立つよ。」



今だって頂点のはずなのに…。

このとき、部長が抱えていた苦しみにも似た葛藤を、

あたしは気付けずにいた。



「それよりさ、それおいしそうだね。」



さっきまでの悩ましげな雰囲気とは裏腹に、部長はいつもの明るい声で、あたしの右手に握ってあったペットボトルを指す。

ポカリを冷凍庫でアイスみたいに冷やしてあったもので、だんだんと溶けてきてる。



「一口くれるかな。」

「あ、どうぞ!」



部長はごっくんと一口、それを飲んだ。

女の子みたいにきれいな部長だけど、ポカリが通過する喉元はやっぱり男の子で。

ドキッとした。



「ありがとう。」

「あ、いえいえ。」



部長にときめいてたことを悟られないようにと、あたしは目を合わせらんなくて。それがまた逆に恥ずかしかった。



「フフ、なんかドキドキした。」



また、心を読まれたのかと思った。それにしちゃ恥ずかしすぎる事実。



「これって間接キス、だよね。」



ペットボトルの口に指を当てながら、どこがドキドキしてるって?とつっこみたくなるぐらいさらりと、部長は言った。



「これが茜ちゃんのファーストキスだったらいいのにな。」



いや、たぶん間接キスぐらいなら誰かしらとやってるだろうけど…、

きっと真っ赤になってるあたしを笑って。でもそれはバカにするような笑いじゃなく。

部長は、優しく、あたしの背中を押した。

そろそろコートに戻ろうかって。きっと、さっき葛西さんについた嘘がばれちゃってるからって。



そんな部長の暴露話は右から左へ、

あたしは火照りまくったほっぺたと爆発しそうな心臓が、コートに着くまでにおさまるようにと、祈った。

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