たぶん、この世の終わりのように悲惨な顔してたと思うぜ、俺。
だって全国初戦で遅刻。真田副部長に殴られるだけじゃなくて、今は幸村部長もいる。死ぬかも、俺。
「赤也ー!」
全力で走る俺の耳に、遠くから、聞き慣れた女の声が届いた。まさか、いるわけねーよな。幻聴か。
俺は足を止めなかった。
「こらー!無視すんなバカ也!」
幻聴じゃなかった。このキレた声。一応、人気者揃いのテニス部に対してこんな言い方する女なんて一人しかいねぇ。
うれしかった。バカ也って言われたことはイラッときたけど。迎えにきてくれたんだ。しかも真田副部長じゃなくて、この声は、茜先輩。
勢い余ってなかなか止まれなかった俺の足はようやく止まる。くるりと、振り返った。
その瞬間だった―…
―キキーーッ!
耳を突き抜けるかのように痛いブレーキ音。うぜえ。
音を出した犯人のトラックが停止した、そのすぐ傍。
横たわる、制服の女。立海の制服。
茜先輩だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「待て!丸井!」
いち早く駆け出そうとした俺を、真田が止めた。
「待てってなんだよ。早く、病院行かねーと…!」
「俺たちには試合がある。」
試合?は?ふざけんなよ。茜が事故に遭ったんだぞ。試合なんてできるかよ!
またしても俺の心の声は、外に漏れてたらしく。ジャッカルが俺を抑えた。
「つーか赤也!」
「は、はいっ!」
「お前もなんでそんな大事なことすぐ言わねんだよ!携帯持ってんだろ!連絡しろ!」
「は、す、すんません!」
「しかも茜の傍離れんな!なに何事もなかったみてぇに現れてんだよ!」
今度は俺は赤也に飛び掛かろうとしたらしく、ジャッカルと仁王にがっちり、捕まれた。
「赤也、」
「はい…、」
「なんで言わなかったの?」
今まで黙ってた幸村君が、赤也に優しく聞いた。なんだよ。こんなやつに優しくする必要ねーだろい。
「茜先輩が……、みんなには言うなって。」
茜が…?
「大事な試合があるのに、心配かけたくないって…。“あたしは大丈夫”って。」
ああ、あいつらしいな。バカみたいに気遣いやがって。ここで試合ほっぽってあいつんとこいったら…。あいつすんげーキレるだろうよ。
でも、あいつの大丈夫は大丈夫じゃない。
「真田。」
「……。」
「お前が一番心配なんじゃねーの?」
たぶん。でも動揺を出さないのが真田らしいな。茜も、きっと真田に一番迷惑かけたくねーから赤也に口止めしたんだろ。
ほんと、いい関係。いい幼なじみだな。
「……わかった。」
真田は躊躇いながらも頷いた。
俺はサンキューって言いつつ、病院に向かおうとした。
「ちょい待ちんしゃい。」
今度は仁王に阻まれる。なんだよ。もう俺は行くって決めたんだぞ。お前とのダブルスはなかったことになったぜ。
「結局、茜の容態はどうなんじゃ。」
容態…?トラックにひかれたから重症なんじゃ……、
みんなに注目される赤也がおもむろに答える。
「えーっと、……全治一週間の、」
「一週間?」
「……か、かすり傷っス。」
かすり傷。かすり傷?
「…柳。」
「ふむ。擦過傷、俗に言うかすり傷とは、擦り剥いてできた傷だ。切れてはいなく、皮膚が剥けただけの状態を指す。」
「重症度は?」
「全治一週間ということからすると、限りなく軽症の確率99.9%だ。まぁ、その部位によっては感染症などのリスクもあるため予断は禁物ではあるがな。今回の件では大丈夫だろう。」
“あたしは大丈夫”
ほんっとに大丈夫だったわけ!?
「だ、だから言わなかったんスよ!茜先輩もトラックにひかれたくせにかすり傷だけだったとか恥ずかしいって。」
「じゃ、じゃあなんであいつ来ないんだよ?かすり傷ぐらいならこれんだろ?」
「あー…、そのかすり傷の場所が“鼻の頭”なんスよ。」
「…は、な?」
「そうそう。しかも病院で大袈裟に手当てされて…。恥ずかしいって。」
プッ……と、仁王だな。吹き出したのは。それを皮切にみんな爆笑し始めた。(真田と柳以外)
「ぷっ…、あっはっはっは!ばっかじゃねーのあいつ!」
「くくっ、バカじゃろ。」
心配させやがったくせに。ただのかすり傷って。しかも鼻の頭。だっせー。
笑いすぎてか、ホッと安心したからか。俺の目に、うっすら涙が溜まった。
…なーんだ、あいつ、マジで大丈夫だったのかよ。アホくせー。
俺が腹抱えて笑ってると、ジャッカルが俺の頭に手を置いた。置いたってか、くしゃって、まるで俺がいつも茜にやってるみてぇに。
顔を少し上げると、ジャッカルがニカッと笑った。それ見てやべえって思ったけど、グッと、そこは天才的に堪えたぜ。
俺、必死だった。茜が事故って聞いて。最初頭真っ白になって、次にきたのは、早く駆け付けたいって気持ち。でも無事ってわかって、しかもこんなだせー結果。
必死すぎた俺のがダサいよな。そんな俺の気持ち察してかな。
サンキュー、ジャッカル。
「フフ、まぁ、無事で何よりだね。今茜ちゃんはどこにいるの?」
「まだ病院にいると思うっス!頭も打ったみたいで、一応検査とかするって話っス。」
「そうか…、あ、」
気付けば前の学校の試合が終わってる。もう俺たちの番。
笑いすぎて腹痛いけど、
「さっさと試合終わらせて、みんなでお見舞い向かおうか。」
幸村君が隣の真田の肩に腕を回す。自然と周りの俺たちも肩を組み、円陣になった。
「俺たちの立海はここからだ。」
そう、思えば、幸村君もいれて8人で戦うの、3年になってから初めてだ。初めてって感じしねーけど。
あっとゆう間だった。この三年間。忙しすぎて、目まぐるしくて。テニスばっかしてきた。
ようやく、仲間の大切さがわかりかけた頃。仲間が一人、欠けた。
でもやっと、戻ってきた。絶対戻ってくるって、信じてた。
しかも今は、プラス一人。…空気読めねーから本日は欠席だけど。
俺たちは、ここからだ。
短くて暑い夏。このために頑張ってきたんだ。
「絶対に勝つ!」
「「「イエッサー!」」」
常勝、立海大!
夏の高い空に、俺たちの声は消えていった。
あいつは今日いないけど。きっと応援してるから。
ただそう思っただけで、不思議と力が湧いてきた。
「仁王。」
「ん?」
「覚えてるよな。」
あいつとの約束。
絶対勝てって。
「当然。」
「足引っ張るなよ。」
「こっちの台詞じゃき。」
3年B組紅白コンビ。この組み合わせ聞いた女子たちがそう騒いでた。紅白ってなんかダサいじゃねーか。めでたいけど。
でも茜も笑いながらそう呼んでたから、今日だけはそれで頑張るか。
「行くぞ!白レンジャー!」
「なんじゃそら。」
俺のことは赤レンジャーと呼べ。
ちょっとはかっこよくなったろい。
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