42 俺を見て

あたしに助けを求めてる。
そう思ったから駆け付けた。



『今から……、会えないかな?』

「今から、ですか?」

『うん。茜ちゃんに会いたい。』



すごく小さな、少し弱々しい声。部活の途中、部長から電話がかかってきた。普段は部室に置きっぱなしな携帯だけど、たまたま部室で作業してて気付いた。

病院で、何かあったのかと思って。あたし自身、落ち込んでいたけど忘れて部長の元へ急いだ。

“他の部員には内緒で”

付け足された言葉に違和感も感じながら。



「だーれだ?」



部長に言われた待ち合わせ場所。駅前で待ってると、後ろから目隠しされた。

だーれだ?なんて目隠しされたって正解はわかってるけど。目に添えられた手があまりに冷たくて、びっくりした。



「…部長でしょ?」



そう言うとそっと手が離されて、あたしはくるっと後ろを振り向いた。いつも通りにこにこと、笑う部長がいた。



「やぁ。来てくれてありがとう。とりあえずその辺、散歩でもどう?」



部長は右手を差し出した。一瞬手繋ぐの!?とか変なこと考えてしまったけど。

硬直したあたしをクスッと笑ったかと思うと、あたしの手から鞄を奪った。そしてそのまま歩き始めた。



「部長、荷物…、」

「リハビリだよ、リハビリ。」



あたしなんかの軽い鞄(教科書類0)でリハビリになるのか疑問だけど、返してくれそうもなかったからついてくことにした。

歩きながら、部長はあたしに質問ばかりし続けた。今日一番動きが悪かったのは誰かとか、赤也は遅刻しなかったかとか、弦一郎にセクハラされなかったかとか。…最後のやつはあたしが許さん。

やっぱり部長として、部でその日何があったか把握しなくちゃなんだろうな。



「あの、」

「?」

「もう、引退までそんなに日があるわけじゃないけど…、」



自分で言っててすごく、ものすごく寂しくなった。実感がわかない。まだまだ先に思えるというか、みんながテニス部を引退するなんて想像つかなくて。

引退まであとちょっと。試合に勝てば勝つほど引退は延びるし、決勝はまだ先。だけど、いつかは絶対に終わりはくる。

すぐ先の未来のはずなのに実感がわかなくて変な感じ。



「部誌みたいなの書こうかなって。部長が検査の日とか、その日何があったかわかるように。みんなの弱点とか…いらないですか…ね?」



いるいらないはどっちでもよかった。部長にわかるように、そんな理由もつけたけど。次いつ検査があるかなんて知らないし、もしかしたら今日で通院は終わりだったかもしれない。それをわかっててあえてあたしはそう言った。

一番の理由は、みんなの練習を書き留めたかったあたしの気持ちだろう。

答えを待つあたしの、たぶん顔が緊張バレバレだったんだろう。部長は笑った。けっこう、大きな声で。



「ありがとう。残念だけど、俺はもう病院には行かないよ。」



笑った部長の顔はいつも通りなんだけど。ああやっぱりいらないのかって、少し落ち込んだ。

なんで行かないのかはもちろん、完治したからだと、聞き返さず判断した。



「でも、その部誌はいい案だね。是非頼むよ。」

「…へ?」

「俺の目の行き届かないところもあるだろうし。全国まで時間のない中でそれぞれ、弱点を何とかしないといけないしね。」



部長がそう言ってくれて、うれしかった。あたしの仕事がもしかしたらみんなの力になるかもしれないって。

あたしが笑ったら、部長も笑ってくれた。



「部長、もう……、治ったんだよね?」



完治したんだと判断しつつ、何となく聞いてしまった。本当に何となく。

部長を苦しめてしまうことにも気付かず。



「ああ、もちろん。」



にっこりと変わらずに笑う部長。頼もしすぎて、全国までに戻ってきてくれてホッとして、

弦一郎との約束を守ってくれてありがとうと、叫びたかった。



「よかったー…。」

「全国の強豪たちを叩きのめしてあげるよ。」

「…部長が言うとリアルすぎる。」

「何か言ったかな?」

「いえ。」



ああこれだ。ちょっと油断すると部長は素敵に怖くなる。

その後、二人でご飯を食べに行って、帰り送ってもらっている途中。

終始、部長は笑顔で、部員のダメ出しをしたり、弦一郎を罵ったりと、別に変わらなかった。なんであたしを呼び出したかなんてことも気にはなっていたけど、敢えて聞かなかった。



「真田はまだ帰ってないのかな?」



だんだん家が近づくにつれ、弦一郎の部屋の電気がついてないことに気付いた。

そーいや今日あたし、誰にも連絡せずに部活早退してきちゃった。…やばいかも。
部長に持ってもらってる鞄から恐る恐る携帯を出す。部長と会ってから携帯は鞄に入れっぱなし。いじってなかった。絶対、やばい。

開くとやっぱり予想通り。着信8件。メール3件。ぎゃー。

着信は予想ついた。大半が弦一郎だろう。
じゃあメールは?弦一郎はメールできないからなぁ。

着信はすべて見なかったことにして、メールを見てみた。連なってる名前に目を見開く。

新着順に、
丸井、仁王、柳………。



仁王!?

一気にどくんと心臓が音をたてた。手がカタカタ震えて、右手だけじゃ間に合わなくて左手でも支えながら、“仁王雅治”からのメールを開いた。



「どうしたの?」



横から部長の声が響いた。忘れてた、部長とまだいたんだっけ。



「ひどいな、忘れるなんて。」



部長は心が読めるんでしたね。それも忘れてました。ごめんなさい。



「まぁ、いいよ。」



部長は少し不機嫌なふうにそう言った。その雰囲気が何だかめずらしくて。部長はどんなときも微笑んでるから。

優しいのは笑顔だけじゃなくて性格も優しい。…あたしにだけかもしれないけど。部員には厳しそうだし。

話し方も優しいのに、次の部長の言葉は鋭く、痛かった。



「茜ちゃんは、」

「は、はい、」



部長の視線はあたしじゃなくあたしの手に収まってる携帯。あたしのさっきの態度から何かを感じ取ったのか。



「仁王が好きなんだよね。」



疑問系ではなく決定事項かのように。なんでそれほどまでにみんなに知れ渡ってるのか、犯人は丸井か?赤也か?なんて恨みつつ、ついこないだ真田が好きなの?って聞かれたばっかりじゃないかって、いろいろ頭の中でぐるぐる回った。

ふと部長を見ると、笑ってなかった。無表情で。ちょっと怖い気もした。

赤也、丸井、弦一郎、ジャッカル、たぶん柳も。そーなると柳生だって。きっと仁王自身も。

あたしの好きな人バレバレですかい。ああ、やっぱりテニス部って…。
部長にだけ嘘吐く理由はない。



「…ま、まぁ。でも好きってゆーか…。仁王は他に好きな人いるらしくて…、無理だし、もう…。」



言ってて泣きそうになった。そうそう、仁王には他に好きな人がいるんだった。あたしの恋は終わったんじゃないか。なのになんで今さら。肯定なんかしちゃってさ。

告白する前に失恋なんて、笑っちゃう。



「茜ちゃん。」



いつの間にか俯いてたあたしは、突然手に冷たさを感じた。びっくりして顔をあげる。

あたしの手を部長が握っている。ぎゅって。何回かあった状況。手術前、合宿中。そして今。真剣な表情で、何を言うんだろう。



「仁王なんかのどこがいいの?」



は?
間抜けな声が思わず出てしまった。

だってだってこの状況なら普通、元気だしなよ、とか、次頑張ろうよ、とか、そーゆう慰め的な言葉がでてくるはず。

弦一郎ですらそんなふうに励ましてくれたのに。



「仁王はさ、かっこつけだから。スポーツも勉強もけっこうできるし、まーいろんな女の子が騙されちゃうんだね。」

「は、はぁ。」

「目立って面倒じゃーって言いつつ何あの髪。ファンに無愛想だけど寂しがり屋だし。気まぐれなんだ。」



ちょ、ちょっと言い過ぎ…!

確かに仁王はかっこつけってゆーか絶対ナルシスト寄りではあるような気がしなくもない。でもあれだけかっこよかったら当たり前だし。

なんか、なんか、部長が言ってることは正しそうで、きっと当たってるけど、

あたしは仁王の…、そんな仁王が……、



「元彼女の話だろ?仁王の好きな人って。」

「……。」

「未練がましいね。……そんなやつ、忘れろよ。」



最後の言葉に、部長の本心が込められてる気がした。ぎゅって、手に込められた力が強くなって。

伝わる熱が上がる。さっきまで冷たかった部長の手は熱くなってて。その手からあたしの体まで、熱くなってきた。



「仁王よりもっといい男、いるよ。」

「…え?」

「俺。」



握っていた手を離し頬を優しく触れた。やっぱり手は、熱かった。

満面の笑顔で自己推薦してくれた部長、本当のところはどうかわからないけど。

俺を見て。
そう言ってるように感じた。

部長の手につられて、あたしのほっぺたも熱くなる。

そのまま、部長から目を離せずにいたら、部長も離さなかった。それどころか徐々に、その目に吸い込まれそうになって…、

やばい。このままはやばい…!そう感じた瞬間だった。



「邪魔をして悪いが、」



いつもなら嫌な感じの声。ただ今日ばかりは神の声に聞こえた。同時に聞こえたチッという部長の舌打ち、これも幻聴じゃないだろう。



「このままだと俺が弦一郎に叱られるのでな。」



涼しげな顔して現れた、柳。ああ柳、感謝だわ。できればもうちょっと早く割り込んでほしかった。あたしの心臓が痛いほど活発化する前に。てゆうかここまで引っ張ったのわざとじゃなかろうか。



「どうしたの?蓮二。覗きなんてずいぶん趣味悪いね。」

「……。精市がなかなか学校にこないから弦一郎と病院まで行ったんだ。」



その弦一郎はいなかった。

よかった、いなくて。さっきのシーン見られてたら恥ずかしすぎて死んじゃう。



「精市、いろいろと話したいことがあるのだが。」

「…ああ。じゃあ場所を移そう。」



そう言って部長はあたしに鞄を渡した。そういえばずっと持っててもらってたんだった。



「部長!…あ、ありがとう…。」



なんかわかんないけどこの言葉が飛び出した。さっき仁王のこと悪く言われたのに、とんでもないことされそうだったのに。

なんか全部、部長の優しさの裏返しな気がして。

少し目を丸くして、またにっこりといつものように笑った。

また明日ね!
部長にしては大きく元気な声で去っていった。



柳の部長への話、たぶん今日の検査結果とか試合の話なんだろうな。全国、ついに全国。部長の試合が見られる。
叩きのめすと言った部長。きっと有言実行してくれると思った。



けど、次の日発表された試合のメンバー。
部長の名前は入ってなかった。

|
[戻る]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -