40 真夏の憂鬱

「おはよ!」



古くさい、いえいえ、伝統を重んじる真田家の門をくぐり抜け、お邪魔する。朝6時半。



「…。」

「ん?どした?老けた顔して。」

「誰がだ!」



ごつんと、そういえば久々なげんこつを頂いた。

弦一郎が驚くのも無理はない。だってあたしが弦一郎を迎えにきたんだから。



「やけに張り切ってるな。」

「そりゃ張り切るよ、もう全国始まるじゃん。」



もちろん楽勝なんだろうけど、今年はなんといっても青学が強い。ブロックは違うから、もしかしたら決勝でぶつかるかも。
勝てるかな…。

ううん、絶対勝つ!みんななら絶対…!

そのために今、必死で練習してるんだから。



「弦一郎、」



意外と準備の遅い弦一郎、やっと準備が整い、二人で練習に向かう途中。



「ありがとね、昨日。」



昨日、思い切り弦一郎に慰めてもらった。思い切り、泣いた。

だからもうすっきり。引きずらない。仁王に対してもちゃんと今まで通り。

…できるかな。



「ああ、気にするな。」



いつも通り渋い顔で答えた。大したことではない、とでも言うように。

弦一郎は不器用だけど、昨日はすごく優しく感じた。

きっと彼なりに頑張って励ましてくれたんだということぐらいなら、あたしにもわかるよ。
ありがとうね。





「おはよう、上野。昨日は大変だったな。」



真夏のくそ暑い今日でもやたらと涼しげな参謀。

その参謀の出くわした瞬間の一言に、あたしも涼しくなった。てか、ゾッとした。



「な、な、な…!」

「なんで知ってるのか、とお前は言う。」



相変わらずその通りだよ!

柳は、あたしの言葉にならない叫びを見てにやっと笑った。



「必死だったぞ、昨日。」

「だ、誰がよ!」

「“俺は女子に気の利いた言葉をかけるのが苦手だ。アドバイスが欲しい”と電話がきてな。」



そのやたら武士調な話し方は弦一郎以外いない。



「詳しい話は聞いていないが、あいつが気の利いた言葉をかけたい女子などお前しかいないだろう。」



得意気に柳は言い切った。確かに、自分で言うのもなんだけど、その分析は間違ってない。気がする。

でも、おかしい。この変態…失礼、参謀の言うことが本当なら、弦一郎は始めから知ってたってこと?

“頑張ったんだな”
やっぱ知ってたんだ、弦一郎。

じゃあ、なんで知ってる?



「おーっす、茜!」

「お前、柳にも挨拶しろよ。おはよう、上野、柳。」



丸井とジャッカルが現れた。

丸井は、…なんとなくご機嫌な感じ。昨日は屋台のものたらふく食べたし、柳生のデート現場も見られたから上機嫌なんだろう。

ジャッカルは相変わらず癒し系な笑顔で。

その二人の、少し後ろから、だるそうに歩いてきた。欠伸もしながら。



「お、仁王、珍しいじゃん早いの。」



そう、仁王はいつも練習ギリギリにくる。赤也とどっちがビリか、とんとんぐらい。

でも今日は早い。



「おす、仁王。」

「おはよう。」



ジャッカルに、柳も仁王に声をかけた。

仁王はだんだん近づいてきて、あたしたちの輪のすぐ近くまできた。

合わせるように、あたしの心臓が速くなる。

ここであたしだけ仁王に挨拶しないのも変だ。早くおはよう言わなきゃ。

そうは思っても、声が出ない。普通にしなきゃいけない、ううん、普通にしたいのに。

気まずくなってしまうのは嫌なのに…、



「……、」



何か言うかなと思った。バッチリ、目が合ったから。

前にあったように、あたしと仁王は見つめ合ったまま何も言わなかった。あたしは言えなかった。でも仁王は何か言うと思った。

あたしにじゃなくても、丸井たちになら、おはようぐらい言うかと思った。おはようさん、とか、俺だってたまには早く来るんじゃ、とか、

いつものあの変な方言で。人をからかうように。



「…?」



あたしだけじゃなく、きっと丸井たちもはてなな顔。仁王は一瞬立ち止まったけど何も言わず、去っていった。



「なんだ?あいつ。まだ寝呆けてんのか?」



丸井がそう言うのも無理はない。だって明らかに変だった。あれは“無視”。



「間に合った!」



すぐその後に赤也が駆け込んできた。遅刻だと思ったのに間に合ったからか喜んでる。



「…ん?どーしたんスか?先輩たち。」



赤也が疑問に思うのも無理はなく。

あたしたちの間では不穏な空気が流れてた。



「…別に何でもねーよ。さーて着替えいくか!あ、茜、今日は暑いから終わったらアイスな!」

「…。」

「茜!」

「あ、う、うん。」



そのまま、丸井は他の人たちもつれてった。いや、つれてってくれた。

いつの間に空気の読める男になったんだろう、丸井に感謝した。
あたしは再び、泣きそうだったから。

仁王のあの態度、原因は間違いなくあたし。あたしに対してだ。

なんでかな。昨日まではあんなに優しかった。
逆にあたしがそんなふうな態度になってしまうのはわかる。気まずくて。

きっと、昨日弦一郎に話したのも仁王。
なのに……、





◇ ◇ ◇ ◇ ◇





部室に行ったら、仁王はすでに着替え終わってた。相変わらずやること早い。

だから俺も慌てて着替える。赤也の話にも適当に相槌打って。



「仁王!」



さっさと出ていく仁王を追いかけ、呼び止めた。

いつもなら練習始まる直前まで部室の扇風機独占してるくせに。



「何じゃ。」

「お前、昨日茜となんかあったん…、」

「何もなか。」



予想以上の即答に、一瞬呆気に取られちまった。プイッと、仁王はまたコートへ歩きだした。

おかしい。絶対おかしい。

仁王は気まぐれだけど、理由もなく不機嫌になったりしない。俺と違って。
もちろん、ある理由も大抵くだらねーことだけど。

だからピンときた。昨日、何かあったぞって。俺の知らないとこで。

だいたい、昨日茜から聞いた野球部のマネージャーの話、あれもよくわかんねぇ。前紙捨てたときも、詳しい理由聞いてねーし。



あと、前の彼女のこと。
絶対これ、絡んでる気がする。

そろそろはっきりさせとくべきだろい。

こんなモヤモヤした空気で、全国勝てるかよ。



「おい、仁王。」

「だから何じゃ。」



仁王は止まらない。もう話したくなさそうだけどな。



「今日、幸村君検査だって。」

「知っとる。」

「結果によっちゃあ、お前ジャッカルと組むかもだから練習しとけよ。」



くるりと俺は仁王に背を向けて歩きだした。

今度は仁王が俺を引き止めた。



「何言っとる。ジャッカルはお前と組むじゃろ。」

「だーから、幸村君の検査結果によっては、だよ。」



それが何を意味してんのか、仁王お前ならわかんだろい。



「俺、坊主だけは嫌じゃ。」

「ヅラでもかぶってろ。」

「背も足りんし。肺も足りん。」

「何とかなんだろ。」

「ジャッカルに断られるぜよ。」

「かもな。でもしょーがねぇよ。」



テニスは奇数だし。

呟いた俺に、仁王はため息をついた。



「心配しなさんな。ブン太とジャッカルが離れることはなか。離れるとしたら、」



仁王は柳生のほうを見た。

俺はダブルス専門。ジャッカルもそう。んで、俺たちは相性もいいからずっと二人でダブルスやってきた。他のパートナーとはほとんど組んだことねぇ。

でも仁王や柳生は、二人で組むことも多いけど、お互いシングルスもいけるし別のやつとも組める。
つまり、俺らよか全然戦略の幅が広がる。だから少し前から思ってた。

幸村君復活したら、…俺かなって。ジャッカルのがまだ他のやつと組めるし。

あ、なんかしんみりしちまった。茜の話したかったはずなのに。仁王も何だからしくなくしんみりしてるし。

俺たち三年は最後だけど。
でも仁王も他のやつらも、来年だって一緒なんだから。しんみりくる必要はない。



「あー!ちょっと赤也!何その写真!」



一瞬沈黙だった俺らの間に、バカでかい声が響いてきた。



「へへっ!昨日の茜先輩の浴衣、可愛いからこっそり撮ったんスよ!」



赤也が得意気に携帯を茜にちらつかせてた。それを、茜は必死で取り上げようとして。しまいには鬼ごっこになってた。

…茜には悪いけどその写真、俺も持ってる。まぁ、馬子にも衣裳ってことで。

ふと、仁王を見たら、

笑ってる。楽しそうに。
でもちょっと、悲しそうにも見えた。



「にお…、」

「元気じゃな。」



よかった、と、安心したように呟いた。

それ聞いて俺は察した。昨日どんなことがあったのか。だいたい。天才的推理力。



「…お前次第だぜ?元気じゃなくなるの。」



俺の言葉に、クッと笑った。

まるで自分を嘲笑うみたいに。



「それ、昨日真田にも言われた。」



俺の天才的推理。的中だろい。真田登場するぐらいじゃ、もう。



「…嫌われたと思って。」

「は?」

「俺、もうあいつに嫌われたと思って。全然話せんかった。さっき。」



そんなことねーよって、叫ぼうとしたところで集合がかかった。

ったく、手のかかりそーな二人だな、これから。

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