38 不器用な恋〈後編〉

「さっきの子は…?」



仁王が、あたしを探してあたしを追ってきてくれたのはうれしいけど、さっきの子のことがどうしても気になってしまう。



「さぁ。」



きっとなんの悪気もなく、…いや、あるかもしれないけど、仁王は笑って答えた。あたしにはなんの関係もなく、あたしが気にすることでもない、というように。



「俺行きたいとこあるんじゃき、あっち行かんか?」



そう言って仁王はあたしの手を引っ張った。

触れられてる手とか、行きたいとこに連れてってくれるのとか、あたしには胸いっぱいになるぐらいうれしいことのはず。

なのに、あんまり足が進まない。

へこんでる、イライラしてる。さっきのことも、仁王の躱す態度も。

そんなあたしの心情に気付きもせず、…いや、気付いてるかもしれないけど、仁王はぐいぐいあたしを引っ張る。といっても丸井みたいに力強くはなく、優しさ半分ちょびっと強引に。



人ごみを掻き分けて、しばらく歩いたところにある橋に着いた。お祭り会場からは若干離れてる。とはいえ、人もちらほら。



「ここじゃここ。」



コンクリート造りの橋に、仁王は寄っかかる。そしてその下を流れる川を覗き込んだ。

あたしもすぐ横に立ち、同じように下を覗き込む。

下の土手には、ビニールシートを敷いて宴会やら何やらやってる人たちもいた。



「ここ、春になったら桜がきれいなんじゃ。」

「…へぇ。」

「今年は花見やらんかったけど、去年はやってのう。」



なんで今年はやらなかったの?
聞く前にピンときたし、仁王も答えてくれた。



「幸村がいなくなって、みんなそれどころじゃなかったからのう。」



仁王はコンクリート造りの橋の上にぴょんと飛び乗った。

そうか、よくよく考えてみれば、あたしがテニス部に顔を出し始めた頃、部長はいなかった。それはみんなにとって、一番つらかった時期のはず。

の割りには、丸井も赤也も、この仁王だってずいぶんあたしにかまってくれたよな。まぁ弦一郎は置いといて。



「でも迷子がいい風吹き込んでくれたんじゃな。」



仁王の言葉は抽象的すぎてよくわかんなかったけど。
あたしを見つめるその目で、なんのことを言ってるのかちょっとわかった。

そしてあたしも仁王の隣に座りたくて橋の上に上がろうとする、
けど、浴衣を着ているせいかうまく飛び乗れなくて、勢いつけてジャンプした。



「わゎっ!」



勢いよすぎて、前につんのめりそうになった。危うく橋乗り越えて、川に墜落するところだった。

食い止めてくれたのは、仁王。
がっしりと、あたしの体を受けとめてくれた。



「ほらほら、危ないじゃろ……―と、」



笑った仁王が一瞬、驚きを見せたのもわかった。きっと、あたしがあまりに反応してたから。

だってだって、仁王に体しっかり抱えられちゃってるんだから。ドキドキが身体中から出てる。

しばらく沈黙が流れて、
でも仁王は手を離さない。あたしがこのまま落ちちゃうんじゃないかと思ってなのか。



「も、もう大丈夫…!」



あたしはゆっくり座りなおして浴衣の乱れも直し、やんわり仁王の腕を押した。



「ご、ごめんね!」

「いや、」



あたしは仁王の方を見れなかったけど、
仁王もあたしの方を見なかった。

やっぱり続く、沈黙。どうしよう。気まずい。

なんでだっけ、なんでこんな空気になったんだっけ。あたしが変にドキドキしちゃったから?

でもでも、それはしょうがないよ。だってあたしは仁王が好きだから。

好きだから………、



「来年、」



ようやく、仁王が口を開いた。



「来年は花見やろうな。みんなで。」



今度は仁王はあたしの方を見て言ってくれた。あたしも仁王を見た。

そのみんなにはあたしも入ってる。うれしくて、また、ドキドキもした。

あたしテニス部嫌いだったのに。仁王のことも苦手だったのに。丸井だって柳だって、みんなみんな嫌だったのに。

さっきまでも、あの女の子のことが気になって嫌だったのに、へこんでたのに。

もう、仁王の笑った顔見るだけで、優しい言葉を聞くだけで、

全部全部、飛んでっちゃうよ。



―ドォー…ン



「お、始まった。」



大きな音とともに、花火が始まった。

仁王の行きたいとこって、こーゆうことだったのか。確かに、この橋からは花火がよく見える。ベストスポットだ。



「わー…、きれい!」

「やっぱ夏は花火じゃな。」



仁王の言葉が終わったと同時に、携帯が鳴った。横を見たら仁王も鳴ったみたいだった。

二人同時にくるとは…、
誰かはだいたいわかる。



「お、ついに見つけたんか。」



いち早くメールを開いた仁王がうれしそうに呟いた。あたしもメールを開く。

題名は、『野獣ヒロシ』
…なんじゃそら。

添付されてる写メに、柳生とその彼女と思われる女の子が写ってた。

彼女の顔ははっきり見えないけど、柳生のうれしそうな顔はわかった。

あの柳生が……、

意外さと、なぜかあたしにもうれしさが込み上げてきて笑ってしまった。



「ははっ、失礼じゃな。」

「だってー!柳生が彼女なんてすっごい意外!」

「そうか?意外とモテるぜよ。」

「そーなんだ?……いいなー、」



いいなーっていうのは、何に対してか。自分でもあんま意識せずに漏らした言葉だった。

ただ、一瞬のうちに、これがあたしと仁王だったらって、ちょっと夢見た。



「…彼氏欲しいんか?」



彼氏…。欲しくないと言えば嘘になる。でも、ただの彼氏は欲しくない。



「好きな人となら、付き合いたい。」



あたしにしてはずいぶんと言い切った。たぶんこんなこと言うのは初めて。きっと鈴にだってこんな素直に話したことはない。



「仁王くんは?」



思わず聞いてしまった。

今日のあたしはどうかしてるかもしれない。こんな素直なんて。

浴衣とメイクと、そして仁王がそうさせてるんだ。

さっき丸井からきたメール、一番最後に付け足してあった言葉。



『お前もがんばれよ!』



それも背中を押してくれた。
でも、



「俺は…、」



仁王が躱さず躊躇ったときに、止めればよかった。

あたしの耳を、仁王の口を、塞げばよかった。



「しばらくいいって思っとる。」



―ドォー…ン



花火は次々と打ち上げられる。

けれど、あたしたちの間にはさっきみたいな静けさが。

ただあたしの心臓だけが、鷲掴みされたかのように、
痛かった。



「情けない話じゃき、聞き流していいぜよ。」



聞き流す?仁王の言葉を?あたしがそんなことできる?

じゃあやっぱり、仁王の口を塞げばよかったんだ。



「前のやつが忘れられん。」



タイミング失敗。てか、遅すぎ。

仁王の言葉聞き終わったあとに、あたしは仁王の口を手で塞いだ。バカみたいだ。自分でも笑いそうになった。こんなときに。

きっと仁王はビックリしてるかなって、何やってんだって軽く冗談で済むかなって思って、
でも仁王の顔見て、後悔した。

仁王が悲しそうな顔してる。今まで見たことないほどに。

なんで?
あたしだよ、悲しんでるのは。

ゆっくり、優しく、仁王はあたしの手を取って、両手で包み込んだ。



「なんでじゃろうな…、」



あたしは今まで仁王の話を、言葉を、流したことはない。

仁王のくれる言葉は一つ一つがあたしにとって、たからものだから。

ただ、これから先聞く言葉は、
痛みを伴う、たからものだ。



「茜には、なんでも話しちまう。カッコ悪いことも、全部、」



たとえ傷つけることになってもって、今にも続きそうだった。

あたしにはって、そんな特別そうな言い方は、
さっきまでならきっとうれしい言葉だったはず。



「…ごめん。」



ぎゅっと、仁王の手に力がこもった。同時に、心臓もぎゅっと、掴まれたみたいだった。

なんの、ごめん?
あたしが好きだと気付いちゃってごめん?あたしの気持ちには答えられなくてごめん?

あたしに本当の気持ちを言ってしまって、ごめん?



「仁王くん…、」



あたしも仁王の手を両手で握り返した。片手には赤のヨーヨーがぶら下がってる。仁王の手にも、白のヨーヨーが下がってる。

二つは静かに、揺れてる。



「ありがとう、本当のこと言ってくれて。」



彼は詐欺師だから。いつも本心は隠して、人を騙しながら笑ってる。

なのに、本当のこと言ってくれた。それだけで、あたしはなんでかうれしかった。

悲しんでるはずなのに。



「仁王くん、最大の秘密だね!」



めいっぱい笑ったつもり、だと思う。仁王も微かに、笑ってくれた。

いつかの約束を果たしてくれた仁王。それだけで、仁王にとってあたしも特別なんだって、思えた。

ただそれが、恋じゃなかっただけの話。



弦一郎に言われたことがある。
お前は昔から泣かなくて強いって。

女の子に強いなんて、全然誉め言葉じゃない。でも、

今はそんな自分でよかったと、思うよ。

つらくても、悲しくても、あたしはすぐ泣いたりしない。強いやつなんだ。

だから最後まであたしは泣かなかった。
あたしは泣かなかったよ、パパ。
よくやったって、誉めてほしい。頭をなでてほしい。

きっともう彼は、あたしの頭をなでない。腕も掴まない。探してくれない。

花火も終わって、丸井たちと合流する直前、たった一瞬、人ごみに押されて触れてしまった、指先。
冷たいのか、温かいのか、それもわからず、離れゆくのを惜しんだ。

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