あたしの中でこんな言葉が頭を過った。
帰ろうと思えば帰れたし、何も無理して行くことはないんだ。
でもあえて、こうして教室で待ってるのには理由があって。
楽しいかもしれない。と、そう期待してるから。
来るのは丸井とジャッカルと、たぶん弦一郎はこない。
仁王は、どうかな。
ちょっとそわそわしながら待っていると、部活を終えた丸井が教室に迎えにきてくれた。
「やっぱ真田行かないってよ。」
「やっぱり。てかよく許可したね。」
「あー、お前連れてくっつったからじゃねーの?」
気のせいかもしれないんだけど、最近弦一郎が優しい。どーした。
元々優しいやつではあったけど、どちらかというと厳しさのほうが強いからなぁ。
「丸井先輩遅いっス!」
校門の近くまで行くと、でかい声が響いた。ジャッカルともう一人黒髪の男。
えーっと…なんだっけ、誰だっけ。二年の、あ…、あ…、あー…、
「わりぃな赤也。こいつ迎えに行ってたんだよ。」
あかやだ!変わった名前の二年!弦一郎がよくぶつぶつ言ってる。精神修行が足りんとかなんとか。
「こいつ?…あーっ!」
赤也はあたしを見るなりそれこそ校庭に響き渡るぐらいでかい声であたしを指差した。失礼なやつだな。あたし先輩だよ。
「真田副部長の噂の幼なじみね!」
「…噂?」
「あーいや、何でもないっス!へへっ!」
赤也はあたしを見て意味ありげに笑った。何でテニス部ってこんなクセありそうな人ばっかなの。感じ悪いわぁ。
「てか早く飯行こうぜ。腹減って死ぬ。」
「ハイハイ。」
丸井、ジャッカル、そして赤也とファミレスに向かった。
仁王はいなかった。
「そんときの真田の顔ったらよ!」
「はっはっは!マジ見たかったス〜!」
食後の話題は弦一郎で持ちきり。人気者なんだ。まぁ確かに弦一郎はネタにしやすい。
「で、茜先輩?」
急に赤也は机に乗り出してあたしに話を振ってきた。なんかちょっとイタズラを思いついたみたいな、そんな顔。
「真田副部長と小さい頃から一緒なんスよね?」
「まぁね。」
この赤也にしても、丸井にしても不思議だ。人見知りなあたしがすぐに話せるようになった。たぶん話しかけてくれるからなんだろうけど…。
てゆうか何でこの子、あたしの下の名前知ってんだろ。弦一郎に聞いたのかな。
「じゃあさ、真田副部長の弱点とか?知ってるんじゃないっスか〜?」
「弦一郎の弱点?」
「あ、いいねぇそれ!俺も聞きてぇ!」
「お前ら…。でも俺も気になるな。真田の苦手なもんとか想像つかねぇ。」
赤也の意味ありげな笑顔の理由がわかった。きっとあたしを通して弦一郎の弱味を握るつもりか、はたまたネタにするつもりか。
便乗してきた二人も、ものっすごく期待してる。
「うーん、弱点って言えるかわかんないけど、」
「なんスか!?」
「流行り物が苦手。携帯とか。」
「携帯って…、もはや流行レベルじゃねーけど。」
「前ね、使い方わかんなくてうちにお泊り合宿してた。」
「お泊り合宿!?」
「完璧に極めたいんだって、ノートにまとめたり、変な論文書いてきて読まさせられた。」
「バカじゃねーの!?」
「バカだよ、あいつは。」
キッパリ言い切ったあたしに、ほほぉ〜と三人は驚きと尊敬の目を向けた。
「なるほどね。てことはやっぱ一番の弱点は茜先輩ってことっスね。」
「やっぱって……ん?」
「ほら、ココ!“上野茜は真田弦一郎に勝てる唯一の女”って書いてあるっしょ!」
…は?
あたしがぽかんとしてると、赤也は変なプリントを見せてきた。それに対し、丸井とジャッカルは同時に、バカ!と叫んだ。どうやら秘密書類らしい。
気になったあたしは一瞬にして赤也からそのプリントを奪う。当の赤也は、状況を掴めてない。え、俺何かまずいことした?みたいな。
たぶん君、周りによく空気読めないねって言われるでしょ。
奪ったプリントの一番上には、憎たらしいほどの達筆でこう書いてあった。
「…上野茜生態調査ぁ!?」
いきなり不可解な題名に始まり、あたしの氏名、年齢、誕生日、身長、体重…は伏せてあるけど、特徴とかその他もろもろ、いろんな情報が載ってた。
「な、な、な…!何であたしの個人情報がっ!」
「なんでって、柳先輩が。」
「柳!?」
勢いよく立ち上がり、思わず君づけを忘れた。
ジャッカルは、まぁ落ち着けと、あたしを抑えようとしたけど。
「真田が俺たちに上野のことよろしく頼むーって言ったから、柳がいろいろ調べてまとめたらしいぜ。」
丸井はさらりと言った。いや、
だからと言ってこんな…!
やっぱあいつは変態!変態だ!
「…ん?」
下の方に、
見過ごせないことが書いてあった。あたしは目を丸くする。
“家族構成:母 ”
「これ…、」
確かにうちは母親との二人家族だ。でも誰にも言ってない。
知ってるのは弦一郎んちの家族だけ……。
「ジャッカル。」
「お、おお。」
「柳んちまで、案内して。」
行く途中、こっそり赤也が丸井に叱られてた。ややこしくすんなって。いや、たぶん君もややこしいことバラしたよって、
でも興奮してるあたしには、突っこめなかった。
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