食堂からの帰り、廊下でジャッカルに会った。相変わらずイイ笑顔で迎えてくれたジャッカルは癒し系だなぁ。
「おう、…あ、ブン太!お前俺の英語のノート返せ!勝手に持ってったのお前だろ!」
「ああ、わりぃわりぃ。もうちょいで写し終わるって。」
なんとジャイアンなやつ。…あたしもあとで写させてもらおう。
「ったく。てゆうかお前ら何で一緒にいるんだ?」
「「は?」」
ジャッカルの言葉に、一瞬あたしはちらりと丸井を見たけど、丸井は特に動揺してない。あたしは何だか動揺してる。
何で一緒にいるんだっけ?
「何でって、一緒に飯食ってたんだよ。な。」
「う、うん。まぁ…そんな感じ。」
って、そもそも何で一緒にご飯食べてたんだって話よね。
何の躊躇いもなくあたしとご飯を食べてたと言い切る丸井が、なんか、なんかわかんないけどすごいと思った。動揺してるあたしが恥ずかしい。なにか意識してるというか。別にそんなんじゃないけど。
「へー。上野はテニス部、もう平気なのか?」
「ばッ…!」
「なんだそれ?」
ジャッカルの発言に丸井は食い付いた。ちょっとジャッカル、遠回しだけど直球すぎ。
ジャッカルには去年から言ってた。テニス部は苦手だって。
弦一郎と幼なじみで仲良しなあたしが試合はおろか練習すら見にこないからジャッカルは不思議がってた。
ただジャッカルとかとクラスで話す程度ならそんな問題じゃない。でもあたしが練習やら試合やらを見に行った時点で=ファンとみなされる。そうなると面倒。っていうか、ファンだと思われること自体嫌だ。ファンじゃないもん。
「なぁ、もういいってなんだよ?」
厄介なことに本人たちはこれらのことに自覚ないのよね。弦一郎もジャッカルも、この丸井もか。
「何でもない。じゃね。」
「あ、す、すまねぇ上野!」
話を逸らすのは得意じゃないので逃げることにする。ジャッカルなんてプンプンだ。
けっこうな早歩きで教室に向かうけど、丸井はもちろん余裕でついてくる。
「なぁなぁ、さっきのジャッカルとの話何だよって。」
丸井は絶対、気になったら引き下がらないタイプだってわかってたけど、じゃあ何て説明すんのよ。
君たち人気者だから仲良くしたら睨まれてやなんだよね〜。って?あたしテニス部苦手だし、ファンだと思われてもやだし〜。って?
そんなの、言っていいことじゃない。それぐらいわかる。
「何で無視すんだよ。」
教室の入口に着いたところで丸井に回り込まれた。中に入れない。完璧なディフェンス。
不機嫌…というか、困った顔してる。何で教えてくんないんだよ、みたいな。
できることなら教えてあげたいけど。言えない。
「なーに通せんぼしとるんじゃ。」
後ろから独特の空気を感じた。
振り向くとやっぱり、仁王だった。
「あ、仁王!お前またどこ行ってたんだよ。」
「ヒミツ。…ちょっと失礼。」
仁王はあたしの横を擦り抜けた。瞬間、なんだかぽかぽかした匂いがした。お日様の匂いみたいな。
声も、朝聞いたときよりちょっと高く感じた。丸井がいるからか、ちょっと楽しそうな声。
「次の時間俺あてられるんだよ。仁王、頼むっ!」
「どーしようかのう。」
「頼むよ!俺数学できねーんだよ!」
そのまま二人は自分たちの席に歩いてった。てか丸井、英語だけじゃなく数学も写すつもりか。
なんかちょっとホッとしながら、あたしも席につく。
“俺はお前の母親からお前の世話をするようにと頼まれているのだ”
“真田からお前の世話も頼まれてるしな”
お節介もいいとこだけど。
構ってもらえるの、少しうれしくて。でもどこかで避けたい気持ちも抜けなくて。
どうしていいのかわかんない。
その後の数学の時間、やっぱり丸井はあてられて、見事正解を答えた。仁王のおかげなんだろうか。ちょっと難しくて、あたしは今朝一人でできなかった問題。
仁王は数学ができるのかな。
ちょっと気になる。
授業も終わってHR後、やっぱり丸井があたしのもとにやってきた。さっきは仁王のおかげで免れたけど、たぶんまた来るだろうと思ってた。
でも丸井の第一声は、予想と違った。
「お前、今日も練習見にこねーの?」
今日もって、あたしは一度も丸井から練習見に来るように誘われたことはない。
あたしの側に立つ丸井。ふと目を動かすと、後ろのロッカーに仁王がもたれかかって立ってた。部活へ行くから、丸井を待ってるんだろう。何もない天井を見つめてる。
「じゃあさ、帰り、ご飯食い行こうぜ。」
「え?」
「ジャッカルとかと行くから、お前もこいよ。真田も呼ぶし。」
「え、え?」
「まぁ、でも真田のことだから寄り道とはたるんどるっつってこねーかもだけど。じゃ、待ってろよ!教室まで迎えくるから。」
「え、ちょ、まる…!」
丸井は小走りに仁王のとこへ行くと、二人は教室を出て行った。
出ていく瞬間、こっちをチラッと見た仁王と、目が合った。
さっき何もない天井を見上げてた目。
彼が少しあたしに興味を持った一瞬。
ただそれだけで。
なぜか貴重な時間に感じた。
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