06 気まぐれボール拾い

「あー眠い。」



朝7時。教室に一人、やりたくもない予習をやってる。あのパパのせいで。

弦一郎は部室でいいって言ってくれたけど、こっちが嫌じゃ。練習見るのも外野がうるさくてやだし。

かといってやりたくもない数学の予習なんかねぇ。
こんな日がここしばらく続いてる。あたし数学の天才になれるかも。



教室の窓から校庭を覗くけどテニスコートは遠くて全然見えない。

あー、洗濯物たまってんだよなーめんどいーなんて違うこと考えてたら、
視界の左隅の草むらに黄色いものがうっすら見えた。テニスボールっぽい。

見ると、コートからけっこう離れてて、たぶん弦一郎の馬鹿力で飛ばしたか丸井の噂の天才的妙技で転がってったんだろう。
誰も気付かないのかな。ちょっと遠いもんな。



「…よし。」



あたしはそのボールを取りにいくことに決めた。あわよくばパクろうと思ってる。
テニス部は好きじゃないけど、テニスには興味ある。こっそり弦一郎のラケットでも借りてやろっかなって。

そんなことを考えながら下に降りていった。



「あ、あったあった。」



教室から見た通り草むらにはテニスボールが転がってた。もーらい。

でもよく見ると、その辺にもちらほら転がってる。飛ばしすぎ。
別にボール拾いはしたくないけど、みんな練習一生懸命だから気付かないかもしれないもんな。しょうがない、拾ってやろう。そんで弦一郎に恩を売ろう。

そう思って、転がってるテニスボールを拾い始めた。



「1…、2…、3…、けっこう落ちて……、」



ガサッと草を踏む音がして、振り返ると、
黄色いテニスボールのたくさん入ったカゴを片手に下げた彼がいた。きれいな銀髪にすぐ目がいく。

仁王雅治。
あたしの最も苦手なタイプのやつ。

こないだと同じ、たぶん2秒間ぐらい二人は止まった。なんとなく、固まった。理由?たぶんお互いボール拾いが似合わないから。

彼がボール拾いするなんて意外だった。ボール拾いが似合うのはどちらかというとジャッカルだ。丸井も似合わない。

そしてあたしはテニス部ではないし、練習を見たくないと拒否してることから、ボール拾いなんて似合うわけがない。まぁそんなこと彼は知らないだろうけど。

2秒間、君、何やってるの?
まるでそんな風に固まった。

先に動いたのは仁王。すたすたこっちに寄ってきて、カゴを差し出す。



「どうも。」



あたし…だよね。あたしにお礼を言ってるんだよね。

何だか変な感じがした。考えてみれば同じクラスなわけで、あたしの一応一番仲良しな男友達の弦一郎とも彼は親しいわけで、
でも彼とあたし、これが初会話。
変な感じだ。



「あ、…はい。」



あたしがカゴにボールを入れ終わると、仁王は軽くお辞儀をした。意外と礼儀正しい。ガム男とは大違い。
そしてコートに向かって走っていった。
弾む銀髪が、太陽を浴びてきれいで。
うっかり全部のボールを返してしまったことを後悔するのが遅れた。

どうも、か。
初めて声聞いたかも。
丸井の声は教室によく響くけど、彼の声は全然。ちょっと大人っぽいし。

そういえば弦一郎から彼の話は一切聞かない。柳とか丸井とか、あと何か珍しい名前の二年の話はちらほら聞くけど。何でかな。





「なぁなぁ、それくれよ。」



お昼休み。食堂にて。目の前にはプリンとさらにその向こう、向かいの席に丸井ブン太。いいと言う前にあたしのプリンが奪われた。



「ちょっと!あたしの主食!」

「主食ぅ?こんなプリンが?お前飯食わねーの?」



そんなこと言いながらあたしのプリンは次々と食いしん坊の口の中へ。



「今日はプリンがいいの!返せ!」

「ったく、しょーがねぇな。プリンうまいもんな。」



何かが違う気がする。まぁいい。



「てかなんで食堂にいんの?教室でお弁当食べてたでしょ。」

「あんなんで足りるかっての。」

「…さすがテニス部血糖値No.1。」

「うるせー。てか何で知ってんだよ。」



あたしは3年になってから食堂通い。お弁当がないから。
いつもは鈴と食べにくるけどさっき先生に呼び出されて行ってしまった。

仕方なく一人で食べていたら、菓子パンにドーナツを抱える丸井がやってきて。あたしの真ん前に座った。

最近丸井とはよく話す。というか、からまれる。彼なりに弦一郎の頼みを忠実に守ってるんだろうか。おかげでクラスで一番話すようになってしまった。



「ね、」

「ん?」

「あのー…、いつも一緒にいるやつは?」

「いつも?ジャッカルのことか?」

「いや違う、クラスの。」

「ああ、仁王?」

「そうそう。食堂こないの?」

「こない。」



丸井はキッパリ言い切った。あまりにキッパリすぎでちょっとビックリした。でも、なんで?って聞く前に、丸井は答えてくれた。



「あいつ昼休み忙しいんだよ。」

「忙しい?」

「なーんか気付くといつもいなくなってんだよな。」



あたしは彼のことをよく知らないけど、丸井のその一言は、彼らしさを表してる気がした。

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