赤い髪の彼がやってきた。体に悪そうな色のガムをきれいに膨らませる彼は…丸井ブン太。やはりテニス部レギュラー。目立ちたがり屋で自己中で面倒はいつも押しつけてくるって。ジャッカルが言ってた。
近くで初めて見たけど、確かにルックスは悪くない。女子からいつもお菓子もらって暇さえあればむしゃむしゃ食べてる食いしん坊な印象しかないけど。
「丸井。お前今朝の部室掃除はどうした。」
「げっ。」
「やはりやっていないな。」
「いや、後で完っ璧に掃除してやるって!…ジャッカルが。」
なんかこの人、あたしと通じるものがある気がする。
「お前は!いつもそうやってジャッカルに押し付けているな!」
弦一郎の標的があたしから丸井に変わったのをいいことに、あたしはその場を逃げようとした。けど、
「…!」
丸井の後ろにいた彼、銀髪のほうとバッチリ目が合ってしまった。
仁王雅治。彼もテニス部レギュラー。そしてこの人も、こんな近くで見るのは初めて。
突然のことにびっくりしたのもあるけど…たぶんあたしは見惚れてしまったんだろう。全然興味ない相手だったのに。
だってこの仁王雅治はたぶんあたしの一番苦手なタイプだ。苦手なテニス部の中でも、ダントツ。
このイケメンルックス(銀髪はちょっと…)と飄々とした雰囲気に、女子生徒はメロメロだから。そしてその手の噂もちらほら。
時間にしてはそう、2秒ほど見つめ合った後、仁王の目線はあたしの胸元に移動した。ちょっと、その目が丸くなってるように見えた。
あたしも気になって彼の視線を辿ると、
「あ、こいつ!こいつとやる!」
突然、横からぐいっと手首を引っ張られた。何事!
引っ張った主の顔を見上げると、ニィっと笑った丸井だった。えーっと、はじめましてだよね?あたしはそりゃ知ってるけど。
そんなことを思いつつ、なんだろう、彼の性格はジャッカルに聞く限りではアレで、
ものすごーく、嫌な予感がした。
「まぁ、確かに茜は帰宅部なので暇だな。今日は俺の家に来る予定でもある。」
「だろ?決まりだ!な!」
決まり?何が?
「まもなくHRが始まるな。それでは丸井、茜、頼んだぞ。」
「イエッサー!」
あたしの手首を掴んだままの丸井は、元気良く敬礼をした。
全然話が見えませんが。
「あ、あの、」
あたしにしては頑張って話かけたよ。はじめましてでこんなさ。
嫌な予感と相俟って、冷や汗も出てる。
「ん?ああ、俺丸井ブン太!シクヨロ。」
いや、自己紹介はいらない。まぁでもはじめましてでは基本か。うん。
「えっと、上野茜です。………シクヨロ?」
「シクヨロ。お前、真田の幼なじみのやつだろい?」
「うん、たぶん。」
「たぶんってひでーな。そんなわけで今日、一緒に掃除しようぜ!」
「ああハイハイ、一緒に…………掃除!?」
何いってんのこのガム男。
ぷくーっと得意気にガムを膨らませるはいいけど、全然話繋がってない。
「ちょ、ちょっと掃除って…、」
「真田からお前の世話も頼まれてるしな。シクヨロ!」
丸井は掴みっぱなしのあたしの手をブンブン振った。ブン太なだけに。
まるであたしがわーいってはしゃいでるみたいだけど、もちろん全然楽しくない。むしろ腕痛い。そうそう肩以上上げないもんだよ?
ていうか世話って…、弦一郎まさかテニス部のやつらにあたしのことを…、
「あ、あたしは…、」
「シクヨロ。」
「まる…、」
「シクヨロっての。」
「シ、シクヨロ…。」
「そーそー。」
反論を許さないシクヨロの畳み掛け。てゆうかシクヨロって何。
いまだあたしの腕をブンブン振り続ける丸井。なんか、ずいぶん楽しそうでうらやましい。
「ほら!席につけー!」
先生がやってきた。それを見てようやく、丸井からあたしの手は解放された。
周りのみんなと一緒にあたしも席につく。
そして席に座って考えるけど。
…あいつ、一体何?
掃除って…、たぶんさっき弦一郎に言われてた部室掃除だろう。
絶対、嫌だ!
―そしてHR終了後。
「おーい、上野。」
はっきり聞こえた声を無視して、あたしは鞄を掴み鈴にだけバイバイをすると、教室を飛び出た。
掃除なんて冗談じゃない。あたしはこう見えて足はかなり早いもんだ。このまま逃げ切って……、
「捕獲!」
「ひぃっ!」
丸井はいつの間にかあたしに追いついていて、肩を掴まれた。
そうか、彼はただの大食い少年じゃない。テニス部レギュラーだ。そんなのにあたしが敵うはずもない。
「はなせー!」
「ほら、暴れるなっての。」
腕ごとがっちり掴んで笑う丸井。
てゆうか、この格好、やばい。周りからの視線が集中する。女の子がざわざわ騒ぎ始めた。
「さーて、飯食って掃除して飯食って部活だ!」
今飯二回あったけど。…はっ、そんなことは問題じゃない。
「はなさんかぁー!」
必死にもがいてもびくともしない。丸井はガムを膨らませて笑うばかり。
そのまま拉致られて食堂まで連れていかれた。
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