そのコートの周りを囲む女子たち。君たち、早起きし過ぎでしょう。
立海に通うのは3年目だけど、こんなに早く来るのは初めてで、
世の中には早起きする中学生がこんなにもいるってことが、衝撃的だった。
「おはよう。弦一郎。遅かったな。」
後ろから低いイイ声がして、弦一郎とともにあたしは振り返った。
「ああ、蓮二。すまん。代わりに始めてくれたのだな。」
弦一郎がレンジと言う、背の高いこの人。
柳蓮二だ。弦一郎とかなり仲良しさん。同じクラスでもないのにいつも一緒にいる。
弦一郎と話すときに近くにいることはあったけど、直接話したことはない。
ちょっと緊張。ドキドキ。
「いや、問題ない。…それより弦一郎、彼女は例の、」
あたしがじーっと見つめてると、柳と目が合った。雰囲気が柔らかくて、思ったよりいい人そう。
てゆうか、例のってなんだよ。
「そうだ。今日から連れてくることにした。体力はある方なんでな、ボール拾いでもさせるか。」
「ちょっと!明日からあたしは普通にくる!てゆうかボール拾いなんて…、」
「そうか。よろしく。俺は柳蓮二だ。」
あたしの言葉を遮って柳は握手を求めてきた。なんか、嫌な感じね。
「…上野茜です。よろしく。」
ぶっきらぼうに挨拶をして握手をした途端、女子のざわめきが聞こえた気がする。睨むような視線も感じる。女のあたしがなぜか男テニのコートにいるせいもあるだろうけど。
だからやなんだよ、テニス部と関わるの。
「では、俺は着替えてくる。」
「はいは……、ちょっと待て弦一郎!」
あたしの呼び止める声を一切無視して弦一郎は去ってった。
ちらりと横目で見上げる。
「どうかしたか?」
二人きりにさせんなよ…!気まずいでしょ!あのKYの皇帝め!
ああ周りの目も痛い。そもそもあたしは今、恐れ多くもテニス部敷地内にいる。要は敵陣だ。ここは逃げるに限る。
「えっへっへ…、じゃ〜あたしはこれで…、」
あたしは走り去った。
後ろから聞こえた柳の呼び止める声を無視して。
だってそんな冗談じゃないよ。女子生徒を敵に回すなんて。だいたい、いきなり二人きりでしゃべれるかっての。ボール拾いなんかもやってられるかっての。
あたしはため息をつきながら教室に向かおうとする、けど、
「…教室どこだ?」
そういえば今日から三年生でした。あたし何組だろ?
たぶん新クラスの貼り紙がされるのは8時前とかだろう。それまでどーしよ。
弦一郎は部室にいてもいいって言ってたけどそれは無理。あそこ、女子の間では“聖域”って呼ばれてんですから。
暇つぶす時間、ぱっと思いついたのは、屋上。今のこの季節、絶対あったかくて昼寝に最適だ。行ったことはないけど、もしかしたら開いてるかもしれない。
あたしは屋上に向かった。
「わーい、ぽかぽかしてる。」
あったかい陽気。ごろんと横になると、すぐに眠気が襲ってきた。
どんくらいで起きようとか、そんなこと微塵も考えていない。
―ブーッブーッブーッ…
「……ん?」
ポケットに入れてあった携帯のバイブで目が覚めた。電話かしら。
ディスプレイの名前を見て固まる。どーしよ。出なきゃまずいかな。
「…はい。」
『茜!お前今どこにいる!?』
鼓膜が破れそうなぐらいのでっかい声。弦一郎は本当、お父さんみたいだ。
『聞いているのか?』
「聞いてるって。…あれ?」
ふとあたしは時計を見た。9時半すぎ。
始業式終わってる!?
うわー、最悪。
『始業式もサボってどこに行っていたんだ!たるんど…、』
「ごめんなさい!」
あたしの一発謝罪で誠意が伝わったのか、弦一郎はため息一つつき、それ以上は責めなかった。
『学校にはいるんだな?』
「うん。なんか寝てた。すいません。」
『まったく。もうすぐHRが始まるぞ。教室に戻れ。』
「はーい。」
苦労かける。呟きながら電話を切った。
朝も、弦一郎はあたしが遅刻しないようにって、起こしにきてくれたんだよね。悪いことしちゃったな。…まぁ、だからって朝練にまで連れてくなって感じですが。
「…あれ?」
教室に戻ろうと立ち上がりスカートをパタパタ払うと、目の前に青色のビンのようなものを見つけた。
手にしてわかった。懐かしげな物。縁日かなんかで売ってる、
「シャボン玉だ!うわー懐かしい。」
首から下げるタイプのもの。あたしは思わず首にかけた。誰かの忘れ物かな。
何となく懐かしくなって、誰のものかわからないシャボン玉を吹いてみる。きれいに膨らんだ。
思い起こせば寝る前はなかったよな。
あたしが寝てる間に、誰か来た?
うわっ!恥ずかしい!あたしすんごい格好で寝てたけど!足開いて口開いて…うああああああ……、
「ま、いっか。」
それよりHRに遅れたらまずい。急がねば。
シャボン玉はあたしが頂くよ。
← | →
[戻る]