文字通り、今あたしはうじうじしてる。
ついに言ってしまった。はっきり拒絶してしまった。そして帰ってきてしまった。
夜8時。部屋から外を覗くと弦一郎の部屋に明かりがついてた。だいぶ前に帰ってきてたんだろうけど。何も言われなかった。今までだったら「先に帰るとはたるんどる!」って説教されるはずなのに。
「はぁー…、」
ため息をつきながらベッドに倒れこんで、
しばらくしたらまた起き上がって、窓の外を見る。
カーテンが閉められてるから中の様子はわかんないけど、手前に影があるからきっと机で勉強してんだろうな。部活で疲れてるのに偉いなぁ…。
その後もベッドと窓を行ったり来たりした。相変わらず弦一郎の影は動かなくて、そろそろこっち気付けよ、なんて理不尽なことを思ったりもした。
そろそろ宿題やんなきゃなー…。
ついにベッドと窓以外の場所、教科書類が散乱した机に向かったところで、思いついた。自分の中でかなりいい案。
弦一郎に勉強教わりにいこう。
そんで、今日のことに対する反応を見てみよう。
そう思って弦一郎の家の前まで行ってみた。でもなかなか入れなくて……、
「どうしたの?」
ドッキーン!
みたいな感じで心臓が飛び跳ねた。後ろからかけられた声。振り返ると、
「部長!」
「こんばんは。うろうろしちゃって、後ろから見てておもしろかったよ。」
ニコニコと笑う部長、これはオフな部長。練習で見せる厳しくて強い部長とは違う。
「真田に用があったんだけど…、君もかい?」
「え、い、いや…、あたしは…、」
用といえば用なんだけど、違うといえば違う気もする。ただあたしは弦一郎の様子見に…、
弦一郎を見たら、怒られるにしても心配されるにしても、
安心するような気がしたから。
そしてあたしがその後どうすればいいのか、導いてくれそうだから。
相変わらずあたしは、弦一郎に頼ってばっかなんだな。
でもこーゆうふうに、あたしが困ったときは、弦一郎じゃなきゃだめなんだ、きっと。
「真田じゃなくてもいいかな。」
「…は?」
あたしの心を否定するように、部長は言った。さっきと同じくらい、心臓は速くなる。
「ああ、これね、おいしいハーブティーなんだ。」
そう言って部長はぶら下げていた袋を上げた。
「真田におすそ分けしようかと思ったけど、君にあげようかな。」
にっこり優しく笑う、オフな部長は、あたしの心を読んだわけではなく、
「ついでに、君の話相手にもなれると思うよ。」
あたしの雰囲気を、うじうじした空気を、読んでくれた。
「はい、どうぞ。」
部長はうちに来ると、てきぱきと紅茶の準備をして、あたしに差し出してくれた。まるで自分んちのように、使い勝手がわかってるみたい。
「おいしーいっ。」
「だろ?これ、俺のお気に入りなんだ。」
「部長はよく紅茶とか飲むんですか?」
「そうだね。柳生に勧めてもらったものとか。」
うーん、確かに部長も柳生も紅茶が似合う。
「こないだは蓮二と真田とカフェに行ったんだけど…、真田がやらかしてねぇ。」
部長は困ったように笑いながら弦一郎のことをこれでもかというほどバカにしてる。やっぱりちょっと部長は恐ろしい。うん。
「他のメンバーは、紅茶とかよりまだまだジュースが好きみたいで。」
「…そんな感じですね。」
「うん。だから茜ちゃんが紅茶おいしいって言ってくれてよかったよ。テニス部内で仲間が増えたからね。」
もしかして部長はまだ知らないのかな。今日、あたしが丸井に言ったこと。丸井のことだからすぐにでも他の人に言いまくりそうだけど。
「ねぇ、茜ちゃん。」
「は、はい。」
「なんでテニス部にマネージャーがいなかったと思う?」
マネージャーという言葉にドキッとした。部長はあたしをビックリさせるのが得意らしい。
確か、部長の方針って聞いてたけど、つまりは部長がなんでマネージャーをとらなかったかって話よね。
「俺はね、“副部長の賛成を得ないことは、決断しない”って言ったんだ。」
……副部長のさんせーをえないことはけつだんしない?
…………。
「要するに、真田がマネージャーを入れることを反対してたってこと。」
…なるほど。ですよねー。どう考えてもこんな柔軟そうな部長は、マネージャーを拒否しそうにないもん。
「さて、それはなぜでしょう?」
「弦一郎は女の子に免疫ないから?」
「うん、それもそうだね。でもちょっと違う。」
それから部長は話してくれた。二人の間で話し合ったことを。
もともとマネージャーがいたこともあったらしい。
でもみんな、やっぱり部員の誰かが目当てで、うまく仕事をこなすことはできないし、多忙なスケジュールに耐えかねてやめていってしまうらしい。
そんなときに弦一郎は提案した。
あたしを、マネージャーにしようって。
別にマネージャーがいなくたって問題はないらしかったけど、あたしが毎日ぶらぶらしてて、暇を持て余してるたるんだやつだって弦一郎は思って、
「というより、寂しそうに見えたみたいだよ?毎日、学校と家の往復は。特にご両親のことも真田は心配だったろうね。」
それなりに楽しいこともあったけど、確かに部活ちゃんと入っておけばよかったかなって、ちょっとだけ後悔したりもしたかな。
親のことも、わかったふりしてやっぱり寂しかったし。
弦一郎は鈍感そうに見えて、よく人のことわかってる。
そして部長も。
「それで一度君を、マネージャーやらないかって誘ったらしいんだけど…、」
「え!…全然覚えてないけど。」
「フフ、きっとまったく興味なかったからじゃないかな。」
そういえばそう。あたしはむしろテニス部が嫌いだったから、弦一郎に誘われても間髪入れずに断ったんだろう。
弦一郎のことだ。一度断られたら二度アタックする勇気はない。潔いしね。
「それで最近、君がマネージャー、…まぁ(仮)だけど。なってくれたから、すごく楽しそうにしてるよ。」
もちろん他のみんなも、俺も。
紅茶を飲みながら、心なしかしっとりした声で、部長は教えてくれた。
すごくすごく、うれしいこと。でも熱い胸が、ぎゅうってなる。
かつてのあたしじゃ考えられないぐらい、今、あたしはテニス部が……、
でもあたしは、今日、丸井に言ってしまったんだ。
そして戻れない。こんな中途半端なやつが立海テニス部にいていいわけがない。
部長に言わなくちゃ。
言われたこと、うれしかったけど、あたしはテニス部に戻らないって。
「部長…、あの、あたし…、」
「茜ちゃん、もう一つテニス部の掟、教えてあげる。」
「…はい?」
「“テニス部をやめるには俺の許可がいる。”」
部長はカバンから、プリントを出した。
「合宿のお知らせ。よく読んどいてね。」
このプリントの意味もわからなければ、その前の部長の言葉の意味もわからない。
「あの!部長これって…、」
「ずいぶんと長居しちゃって、悪かったね。」
部長はあたしの言葉をやんわり遮り、ゆっくり立ち上がって出ていこうとした。
どうやらあたしの質問に答えてくれそうもない。
「それじゃ、また明日ね。」
“テニス部をやめるには俺の許可がいる”
やっぱりそれって、今日のことを言ってる?
あたしはテニス部に入ったわけではないと思ってたけど…、
部長にマネージャー(仮)として紹介されたわけだから、しかも弦一郎があたしならマネージャーOKって言ってたんだから、
そりゃそういうことになるよね。
「どーしよ…。」
部長の置き土産、合宿のお知らせを見つめる。
終業式の次の日からあるらしい。
やめるんだったら、これに行ってる場合じゃないけど…、
「…あ、」
プリントの横に3つ、小さな飴が置いてあった。部長が置いてってくれたのかな。
赤と、青と、オレンジ色の飴。
赤は丸井。青は仁王。
オレンジは立海、かな。
1分ほど迷ったあげく、
オレンジの飴を口に入れる。
「…まずい。」
何コレ?オレンジ…のような、トイレの芳香剤のような味が…!
さては部長、まずいから置いてったのか!
口の中で芳香剤のようなオレンジの飴を転がしながら、考える。
このまずさ、まさに立海テニス部。…よくわかんないけど。
残された赤と青の飴を見つめながら、考える。
この二人はどんな味かなーなんて。
二人を連想しちゃうもんだから、
何となく、食べれなかった。
弦一郎の部屋を見たら、電気は消えてた。
明日迎えにくるかな。
期待しながら明日の朝に備えて、早く寝た。
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