26 げんいちろう

弦一郎と鈴が勉強してたのは和室。だからたぶん今も和室にいるだろう。あたしと仁王は和室に向かった。

隣の仁王は何だか物凄く楽しそうだ。きっと弦一郎の弱味を握れるシャッターチャンスを期待してるんだろう。



「ここ、」



和室の前に着き、とりあえず仁王は入り口の襖に耳をつけた。

あたしもつられて耳をつける。



「「……。」」



何も聞こえない。



「ここであーんとか聞こえてきたら爆笑だったんじゃが。」



いや、あたしは笑えない。弦一郎がそんなことになってしまうなんて気持ち悪すぎる。

続いて仁王は、ほんの1cmほど、襖を開けた。中を片目で覗き見る。



「どう?何か見えた?」



あたしの言葉には何も答えず、次の瞬間、仁王はガラッと襖を全開にした。



「ちょ、にお…!」

「しー。」



口を塞がれた。見ると、

二人は机に伏せて、寝ている。



「珍しいこともあるもんじゃな。」



笑いながら、すかさず仁王はパシャッと写メを撮った。シャッター音はけっこうでかかったのに、二人とも起きなかった。

確かに珍しい。弦一郎が人前で寝るなんて。



「な、賭けようか。」

「何を?」

「これ、どっちが先に寝たと思う?」



二人ともいつの間にか寝ちゃったって感じだけど、どっちかが先に寝たのは間違いない。どっちって…、



「弦一郎、だね。」

「ほーう。やけに自信あるのう。じゃ、俺は葛西で。」

「ふふ。弦一郎のことなら任せてよ。何賭ける?」

「そうじゃな…、」



仁王はうーんと考え込んだ。



「何か秘密を暴露ってのはどうじゃ?」

「秘密?」

「そうそう、知られたくないこと。」



秘密か…。あたしの秘密っていったら、きっと数えられる程度だけど。

仁王の秘密なら、知りたい。きっとわんさかある。



「いいよ。おもしろそう。」

「決まりじゃな。とりあえず起こさんように違う部屋行くか。他のやつらどこいる?」



こっそり、和室を後にした。二人ともまだまだ起きる気配はない。きっとお互い緊張して疲れたんだろうな。

ごめん、仁王。あたしこの賭け絶対勝つよ。
だってあたし、何年弦一郎の幼なじみやってると思う?
もし鈴が先に寝たなら、弦一郎なら絶対、

鈴に布団かけるもん。あいつはそーゆうとこバカみたいに気がきく。

それにあたしはあーゆう場面、一回遭遇したことある。去年…だったかな。あたしの危険な成績を嗅ぎつけて初めて、弦一郎が勉強教えにきた日。(あたしは頼んでない。)

いつもの責任感からか、あたしの出来が悪かったからか、妙に疲れたんだろう。弦一郎は今みたいにいつの間にか寝ちゃってた。

それまでは弦一郎はあたしに寝顔を見せることはなかった。あたしより早く起きるし、寝るときは部屋を締め切るから。

だから初めて寝顔見たときは……、落書きしたっけ。そんで説教されたっけ。まぁいいや。おもしろかったし。

とにかく、弦一郎が間違いなく先に寝た。

仁王の秘密、何聞かせてくれるんだろう。

楽しみだけど…、ちょっと怖い。



リビングに行ったら、さっきの二人同様に、ゲームをしてた人たちも寝てた。



「あれま。」



みんな体力ないのうって仁王はため息をついたけど、あなた自分も寝てたこと忘れてるでしょ。



「みんな寝ちゃったよ。」



後ろから声がして振り返ったら部長だった。



「幸村は寝ないんか?」

「夜はこれからじゃないか。」



そう言って部長は、缶ジュースのようなもの三本とお菓子を差し出した。…缶ジュース、だよね。

三人でテーブルにつき、小さく乾杯をした。



「真田たちはどうしてた?」

「二人そろって寝てたよ。」

「これが皇帝の寝顔じゃ。」



仁王は自慢気に写メを部長に見せた。しかもよく見るとモザイクとかかかっててちょっと加工してある。仕事早いぞ仁王…!



「はは、面白いね。それ、俺にも送ってよ。」

「はいよ。」



ああ、こうして弦一郎はみんなに遊ばれてんだな。かわいそうだけど、おもしろいからしょうがないね。



「ついでに柳生の写真も撮っとくかの。」



またもや仁王はルンルンで写真を撮りにいった。何かさっきから仁王はただのいたずらっ子だ。いつものクールさはどこいった。

でもこれが本当の仁王なのかもしれない。一緒にいればいるほど、いろんな仁王が見えてくる。



「ねぇ、茜ちゃん。」

「は、はい?」



部長に話し掛けられると何だか畏まってしまう。敬語になってしまう。



「君、真田のこと好きなのかい?」

「……は?」

「いや、赤也とジャッカルが絶対そうだってきかなくて。でも蓮二は、それは茜ちゃんじゃなくて葛西さんだって言うんだ。だからその三人は三角関係じゃないかって、みんなで話してたんだ。」



柳口軽っ……、てゆうか、



「ち、ち、違います!」



思わずでかい声を出してしまって、部長に静められる。

って、いつの間にそんな話に!?

うーわー!最悪!確かにあたしは誰よりも弦一郎と一緒にいるけど…!

もしかして、名前呼びのこととか、急に名字になったこととかも変にみんなの想像を駆り立ててたのかも…。



「違うの?」

「全然違います!あり得ない!嫌です!てゆうかあれはあたしのオヤジです!」

「そうなんだ。じゃあ…、今君は好きな人、いないの?」



好きな人……は、いる。けど、

ちらっと見ると、仁王がすぐそこにいた。今度は赤也の写真を撮ってる。ズボン脱がして。(やりすぎな気が…。)

いるって言って、変に突っ込まれたら嫌だしな。



「…い、いません。」



嘘ついちゃった。
この嘘が、部長に通じるかちょっと不安。



「ふーん、そっか。」

「そ、そうですそうです。あはは…。」

「よかった、いなくて。」

「……は?」



部長はにっこりと、さも意味ありげに笑った。

あたしには意味がわからず不思議な顔をしてると、気にしないで、とだけ言って、またにっこり笑った。余計気になるし。


ようやく写真に満足した仁王も席につき、残りの時間は三人で他愛もない話をした。弦一郎はここがおかしいとか、赤也のバカエピソードとか、柳生がこないだ女の子と一緒に帰ってたとか、

この二人を敵に回したら怖いんだろうなって思うほど、いーっぱいみんなの秘密を知ってた。みんな平和にぐーすか寝てるけど、かなり暴露されちゃったよ。恐ろしや。

だんだんとうとうとしてきたあたしに気をきかせて、この暴露会はお開きになった。

部屋のベッドで遠退く意識の中、今日はいっぱいいいことがあったと思った。久しぶりにこの家も騒がしくて。

何だかみんなが家族みたいに感じた。あたしには今いない、家族。

あったかかった。



そして翌日。



「おはよう。」

「あ、おはよ。」



あたしが洗面所で顔を洗ってると、弦一郎がやってきた。日曜の朝、6時。弦一郎にしては寝坊だ。

あたしは何でか早く目が覚めちゃった。たぶん昨日騒ぎすぎて逆に興奮してたんだろう。リビングのみんなは誰も起きてなかった。



「昨日はいつの間にか寝てしまった…。皆はどうした?」

「他のみんなはまだ寝てるよ。あっちの部屋。」



そうか、と小さく返事をし、マイタオルを片手にあたしの後ろに並ぶ。



「あー…弦一郎、」

「なんだ?」

「昨日どっちが先に寝た?鈴と。」



顔を洗い終わったあたしに、弦一郎は傍にあったタオルを手渡してくれて、少し悔しそうに答えた。



「…俺だ。」

「ほんと!?やった!」

「な、何がうれしい!?」

「仁王とね、賭けしてたの。弦一郎と鈴どっちが先に寝たのかって。」

「む!賭け事とは、たるんどる!」

「いーじゃんいーじゃん。勉強教えてて寝ちゃう弦一郎もたるんどるよ?」



そう言うと、弦一郎は何も言えなくなってしまった。

そんな弦一郎はほっといて、あたしは賭けに勝ったうれしさに、スキップしそうな勢いで洗面所を出てきた。これは仁王が起きたら楽しみだ。

廊下半分、過ぎたところで、



「茜!…あ、上野!」



いつもにも増してうるさい弦一郎の声に呼び止められた。



「ちょっと、みんな寝てんだから静かに…、」

「お前今、弦一郎と、呼んだな?」



…まぁ、さっきから何回か呼んでたけどね。気付くの遅いよパパ。



「あー、やっぱ“げんいちろう”のほうが呼びやすいってゆーか、」

「…!」

「だから弦一郎もあたしのこと、茜って呼んでいいよ。」

「そ、そうか…!」



そこまで言うと、弦一郎はいつものむっつり顔を崩して笑った。



「俺もお前を名字で呼ぶのには違和感を覚えていてな…!茜。…うむ、やはり名前のほうがしっくりくる!」

「そーですか。」

「茜。…うむ。」

「用もないのに呼ぶなっ。」



てゆうか、結局弦一郎はあたしの名字を一発で言えたことなかったのに。

妙に張り切っちゃってる弦一郎を見たら、今までのこと、激しく後悔した。あたしの気まぐれで振り回しちゃってごめんねって。

ついでに昨日、仁王のイタズラ、止めなくてごめんよって。あの写真、どーなることやら。

頑張れ、パパ。

あたしパパのこと、
嫌いじゃないからね。

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