25 ミッドナイトデート

「ただいまー…って、あれ?」



丸井とコンビニから帰ってきたら、リビングにみんな集まってた。

赤也とジャッカルと部長がゲームやってて、柳と柳生は横で見てる。



「あ!お帰りっス!」

「なんだぁ?お前ら勉強はどーしたんだよ。」

「へっへ〜!一時休息ってことで!ほらほら、丸井先輩もやりましょーよ!」

「ったく、しょーがねぇなぁ。」



とか言いつつ、ノリノリで丸井も加わった。赤也がわざわざ家から持ってきたゲーム。端から勉強する気なかったもんね。

そういえば、仁王がいない。弦一郎と鈴も。



「ねぇ、鈴は?」



あたしの言葉に、赤也たちは一瞬シーンとなった。なになに、どした。



「あー、まだ勉強中じゃないっスかね?ね、ジャッカル先輩。」

「お、おう。たぶん…。」



ジャッカルはちょっと吃って、言葉を濁した。…気になる。



「じゃあ呼んでこよっかな。」

「ああ!それはまずいっス!ね、ジャッカル先輩!」

「お、おう。」



なんなんだ、この二人は。柳や柳生も、うーんって顔してる。



「それより茜ちゃん。」



何となく気まずい空気を、部長は壊してくれた。



「仁王が君の部屋にいるみたいだよ?」

「えぇ!?」



まずい。それは非常にまずい。

とりあえず今日はみんな来るということで、部屋は片付けてはおいたけど、

タンスの中とか机の中とかクローゼットの中とか、中のものがやばい…!

考えるより先に、体は自分の部屋に向かってた。さっきの、鈴のことでの赤也たちの反応、すっかり忘れて。



―ガチャ



廊下からは部屋の物音は一切聞こえなくて、ますますまずい気がしてきてこっそり、扉を開けた。



「仁王く…ん?」



ぱっと見は部屋の中にいなくて、ああ、もうあたしの部屋からは出ていったのかなって、思いかけたら、

入って右のベッドが、ふっくらと。誰かが寝てる。

誰かってもう、一人しか思いつかなかった。

そーっとそーっと、ベッドに近寄って、顔を覗き込むと、



「……ゎ…、」



静かに眠る仁王だった。初めて見る寝顔。ベッドの脇に座ってじっと見つめる。

やっぱり元がいい人はどんなときもカッコいいんだろうか。動いてなくて、ただ目を閉じてるだけなのに素敵に見えてしまう。

ドキドキしてしまう。



「……ん…?」



軽く寝返りをうったかと思うと、仁王はうっすら目を開けた。うーん、残念。ちょっと二人で話したかったけど、まだ寝顔も見ていたかった。

目をゴシゴシ擦りながらむくっと上半身だけを起こした。髪がかなり乱れてる。それもまた、かっこよく見えた。…あたしはバカだ。



「…んー、」

「お、おはよ。」

「…はよ。寝てた。」

「うん。寝てたね。」



頭がまだ働かないらしく、寝呆けてるような仁王。でっかい欠伸もして。貴重だ。



「あ、まだ眠いならここで寝てていいから…、」



そう言ってあたしが立ち上がると、

ガシッと、腕を捕まれた。



「…待っ、」

「え、あ…、」

「もう、起きる。」



今にも閉じかけそうな目で言うもんだから信用性はゼロだけど、仁王が手を離さないから、

ボスッと、そのままベッドに座った。



「寝てていいのに。」

「んー…、せっかくじゃし…、まだ寝とない…。」



なんだか小さい子供のようだ。サンタさんがくるからまだ寝たくないーとか。

でもようやく仁王の言葉ははっきりとしてきた。



「あ、あれあれ、」



仁王はベッドの真正面にあるものを指差した。



「ピアノ。リビングにないからどこかと思ってな、探しとったらここに辿り着いた。」



なるほど。…ますます小さい子供。仁王雅治の探検隊〜みたいな。

仁王は立ち上がり、すたすたとピアノまで歩いていった。

物珍しそうに、じろじろ見てる。ピアノなんてそんな珍しくはないのに。

あたしも仁王の後に続き、ピアノのところまで行った。



「さすがにこんな時間じゃ弾けんよな。」

「だね。弦一郎に怒られちゃう。」



一瞬、仁王はあれって顔したけれど、すぐにフッと笑った。



「これじゃろ?うちのクラスの合唱曲。」



仁王は譜面台に立ててあった楽譜をとった。



「ここにあるってことは、もう練習しちょる?」

「多少ね。仁王くんは?」

「…これからな。」



だと思った。

せっかくだから、ずっと気になってたことを聞いてみよう。



「そういえばさ、仁王くんなんで指揮者引き受けたの?」



あのとき、丸井に推薦されて初めは明らかに怒ってたのに。絶対引き受けないと思った。



「あー、司法取引?」

「はい?」

「二学期、一人ずつその合唱曲歌うテストがあるじゃろ?」



そういえば、毎年そんなテストもあった気がする。



「ただし、指揮者と伴奏者はその歌のテスト、やらんでもいいらしくての、」

「ほんと!?」

「ああ。おまけに音楽の成績は5もらえるってよ。成績はおいといて、歌のテストはどーーしてもしとうなくてな。」



指揮者と伴奏者はいつも成績5もらえるってのは聞いたことあったけど。

なるほどねー、だからOKしたんだ。



「…何笑っとる。」

「え?な、何かおかしくて、」



だって、絶対面倒臭い、というより目立ってしょうがない指揮者を引き受けた理由が、歌のテストが嫌だからなんて。
どっちが恥ずかしいかってゆったら五分五分なのに。

可愛いとこあるんだな、仁王。

知れば知るほど、どんどん素敵なところが見つかってく。

どんどん、好きになってく。



「笑いすぎじゃ。」



ガッと、頭を押しこまれた。優しく。

さっきの丸井みたいに、乱暴にぐしゃぐしゃじゃなくて、

さも怒ってるかのように、でもすごく優しい手で、あたしの頭に触れるんだ。



触れられて、あたしの体は正直にドキドキしてる。優しい仁王の手が、目の前で笑う仁王が、うれしくて。

でも思い出されるのはこないだのこと。

“前好きだったやつ”
忘れられてない人。仁王の心にはまだその人がいる。

今あたしにしてるように、仁王はその人の頭を撫でたり、笑いかけたりしてたのかな。

今はあたしの目の前で仁王は笑ってるけど、きっとその目にあたしは映ってない。



「ん、どした?」



次第に元気のなくなってきたあたしを心配するように、頭を押さえこんでいた手はいつの間にか、あたしの頭を撫でていた。

その動作もやっぱり優しくて、胸が締め付けられる。

あたしはいつの間に、こんなに仁王を好きになってたんだろう。

胸がドキドキして、仁王が笑う度にうれしくて、

これが恋っていうんだ。



「…何でもないよ。」

「そうか?ならいいんじゃが。」



仁王は頭の回転が早いし、きっと恋愛経験も豊富だから、あたしの気持ちに気付くのも時間の問題かもしれない。

でも、あたしはまだ言えない。

まだまだ、先の見えない、恋。



「そ、そういえば、弦一郎たちどうしたのかな?まだ勉強中かな?」

「どうじゃろな。」

「まさかあの二人になるなんてねぇ。」

「参謀が気利かせたんじゃなか?」



あり得る。柳ならすでに知っててもおかしくない。てか、鈴は柳からいろいろ情報を仕入れてるみたいだから、案外あの二人仲良しなのかも。

…と、何でか仁王があたしを見て軽く笑ってる。何かおかしいこと言ったかな。



「な、なに?」

「いや、やっぱお前さんはそっちのが似合っとるよ。」

「…そっち?」

「“弦一郎”ってやつ。」



…あ。あたしうっかり弦一郎って呼んじゃってた。もう、真田で慣れてきたと思ってたけど。



「呼び名なんてそんな気にするもんじゃなか。」

「…うん。」

「自分が呼びたいように呼ぶのが一番、相手も喜ぶってもんやろ。」



呼びたいように、か。

真田って呼びたいわけじゃない。ただ弦一郎って呼び名が特別すぎたから。



「どんな呼び方でも、特別な人からの呼び方は特別に感じられる。」



仁王も、誰かの呼び名に特別を感じてたのかな。

そうでなければ言えない台詞。



「さてさて、そろそろあのお二人さんを邪魔してくるかの。」

「お二人?」

「真田と葛西。さすがにもう勉強は終わっとるじゃろ。」



邪魔。鈴が後で怖いけど、でも二人で何話してるのかちょっと気になるかも。
…でも相手が弦一郎なだけに、まだ勉強してるかも。
でもでもやっぱ気になる…!



「行くっ。」

「おう。…あ、茜、」



あまりにも自然に呼ばれた名前。
15年間、あたしが一番馴れ親しんだ名前。なのに、



“特別な人からの呼び方は特別に感じられる”



初めて聞いた、その声で呼ばれたあたしの名前は、

本当に、特別に感じた。



「携帯持ってくぜよ。」



シャッターチャンスがありそうじゃ。

イタズラを思いついた子供のように笑う仁王に。

少しだけ寄り添って、部屋を出ていった。

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