22 気になるんです

頑張れ、頑張れ、頑張れ…!
勝手に震えるな!あたしの足!

さらっと、やぁ来ちゃった〜みたいに言えばいいんだから。

だって鍵くれたんだもん。来ていいってことだし…!

自己暗示完了。あとは手の平に『人』を三回…、



「わっ!」

「ぎゃっ!」



二回書いたところで思い切り後ろから脅かされた。

振り返ったら、仁王だった。
ニヤニヤ、大成功って顔。



「び、び、ビックリした〜!」

「はは、驚きすぎじゃろ。」



そりゃビックリするでしょう!予定ではこの扉の向こうにいるはずだったし。



「なんじゃ、シャボン玉の吹き方でも教わりにきたんか?」



お守り代わりにと、あたしは青いシャボン玉を握りしめてた。



「まぁ、入りんしゃい。」



扉を開け、屋上にエスコートされた。まるで自分の部屋のように。

そしてフェンスにもたれて座った。
なんの歌かわかんないけど、仁王は鼻歌なんか歌ってる。相当機嫌がいいらしい。

あたしも仁王の向かい、ちょっと離れて座る。



「今日、いい天気と思わんか?」

「…そーお?」



いいとは言えなかった。多少雲はあって太陽は遮られてるし。昨日に比べて若干涼しい。でも仁王には天気がよく感じられてるみたいで。
やっぱり機嫌がいい。なんかいいことでもあったのかな。



「シャボン玉やけど、今日はちょっと吹けないのう。」

「…へ?」

「シャボン玉は元気ないとき吹くって決めとるんじゃ。」



元気ないとき。そういえばこないだの試合の日。
やっぱり明るくは見せてたけど、元気なかったんだ。

あれ、てことは、

他にもあたしが知ってる限りで二回、仁王は元気なかったんだ。

なんでなんだろう。気になる。



「ねぇ、仁王くん、」

「んー?」



ずいぶん機嫌がいいみたいだから、
聞いちゃっても、大丈夫だよね?



「…その、前シャボン玉吹いてたのは、どーして?」



しかしながら直球では聞けません。

あたしが気になってることはたった一つなのに。

鈴に聞いた、先輩の話。



「前?」

「えっと、ここの鍵くれた日。」



一瞬首を傾げた後、あー、と、仁王は思い出したように声を漏らした。



「あれあれ、あの日は姉貴が悪いんじゃ。」

「…は?」

「めずらしく早起きした俺の飯勝手に食いやがって。」

「はぁ。」

「太るぜよババアってゆうたらものっすごいボディ食らわされて。もーその日一日ブルーじゃ。」



なんか、仁王って変だ。

飄々としてて、何考えてるかわかんないけど、丸井みたいに単純な面もあるんだ。



「じゃ、じゃあさ、」

「ん。」

「始業式の日、は?」



本当に僅かだけど、仁王が止まったような気がした。仁王らしくなく。



「ああ、あの日ねぇ。」



そう言って黙り込んでしまった。
これはしゃべってくれそうもなく、

あー、タブーに触れてしまった。
せっかく機嫌よかったのに。

あたしは激しく後悔した。



「えっと、別に言いたくないなら…、」

「思い出し笑いってあるじゃろ?」



あたしの言葉を遮り、仁王は続けた。下向き加減に。



「それみたいなもんじゃな。“思い出し泣き”。」

「…泣いてたの?」

「心でシクシクとな。」



と言いつつ、ククッと笑ったから、あたしもつられて笑った。

笑ってはいるけど、きっと笑いごとじゃなかったんだと思う。

なんだろう。余計気になる。
やっぱり先輩のことだろうか。聞きたいけど、
それ以上仁王は話してくれそうもなかった。



「あ、そう、始業式といえば、」

「?」

「お前さん、ここで寝とったやろ。」



始業式…?

げ!懐かしの失敗デー!

弦一郎にすんげー朝早くに叩き起こされて眠くなって屋上で爆睡しちゃったんだっけ。おかげで始業式には出れなかったし。



「俺がしばらくここでシャボン玉吹いとってもまーったく起きんかったしの。」



ははっと、おかしそうに仁王は笑った。さっきとは違って、本当に楽しそうだ。

寝相悪すぎじゃ、とか、あと少しでパンツ丸見えで惜しかった、とか、笑ってて。

本当に恥ずかしいけど、でも仁王の機嫌が直ったみたいで、

あたしもうれしくて笑った。



「そういえばさぁ、このシャボン玉、仁王くん忘れてったの?」



あたしは青いシャボン玉を出した。

何の気なしに聞いたことだけに、
やっぱり聞かなければよかったと、少し後悔した。

あたしは今日、地雷を踏んでばかりだ。



「試してみた。」

「試し?」

「お前さんの寝相見て、似とるやつ思い出したから。置いといたら持って帰るんかなーって。」

「似てる、やつって…?」



即、ピンときたんだけど。

古傷を抉ってごめんなさい。

どうしても、シャボン玉は連想させてしまうみたいだね。



「前好きだったやつ。」



すべてつながりました。

始業式の日、仁王がシャボン玉吹いてたわけ。



「そいつもシャボン玉、好きで。」



あたしにとって、シャボン玉は、
ただの縁日玩具にすぎなくて。

中学生にもなれば、吹く人なんていない。

シャボン玉が好きとか嫌いとか、どうでもよくなる。

あたしも始めはただ懐かしいとか、この青色がきれいだって、それしか思ってなかったけど。

次第に、このシャボン玉の持ち主が気になり始めて。

それが仁王だってわかった途端、
このシャボン玉がとてつもなく愛しくなってきて。

理由は簡単。好きな人のものだからだ。
好きな人のものは、それだけで価値がある。特別なもの。



仁王にとってもシャボン玉は、そういう存在だったんだ。

その人の寝相に似てる(寝相が似てるってよくわかんないけど)あたしを見て、切なくなって。

シャボン玉を吹いた。



でもね、仁王は一つ勘違いしてる。

そいつ“も”シャボン玉が好きだったって言ったけど、

あたしがシャボン玉を好きになったのは、

仁王のせいなんだよ。



「…なんか暗い話になっちまったの。忘れて。」



また仁王は笑ったけど、
その笑顔はどっちの笑顔だろう。

目の前の仁王が明るく振る舞おうとしてくれるから、あたしも明るく振る舞おう。

まだきっと、仁王は好きだった人のことを忘れられてない。

けど、あたしに話してくれたこと。
それがすごいうれしい。

頑張っても無理な恋かもしれないけど。

頑張ってみたいって、思った。

今までの偏見とかなしに、仁王は、

女の子が頑張るだけの、魅力的な人に思えたから。

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