予定では、立海は無敗の圧勝で優勝するはずだった。
でも相手の青学は、きっとみんなが思ってたよりずっと骨のあるチームで、
丸井・ジャッカルペアが勝ち、仁王・柳生ペアが勝ったあと、
あたしは嫌な予感がした。
みんならしくない勝ち方だったから。
柳の試合が始まったところであたしは弦一郎に呼ばれて、コートから少し離れたとこへ行った。
「部長のとこに?」
「ああ。お前だけ先に行ってくれ。」
なんで?試合終わったらみんなで行くんじゃないの?
そう思ったけど、聞けなかった。
思った以上に手間取ってるみんなを見て、間に合わないこともあり得ると考えた。そしてこれは弦一郎の独断だろう。
手術ではなく、試合を優先。
選手が行けないのだから、せめてマネージャー(仮)のあたしが傍にいろと。
当たり前だけど、少し胸が痛い。
約束したんじゃないの?弦一郎。
勝って、駆け付けるって。
「…わかった。」
「うむ。頼んだぞ。」
くるりと弦一郎は振り返ると、コートに戻っていった。
部長のところへ行くということは、あたしはみんなの優勝に立ち合えない。
テニス部ではないんだから、それはしょうがない。
でも……、
みんなの喜ぶ姿、見たかった。
後ろ髪引かれる思いで、でも弦一郎から託された大事な任務。
あたしは荷物をまとめて出発し、試合会場の出口へ向かった。
「茜…!」
久々に呼ばれた懐かしい声に、振り返る。
弦一郎だ。
「あ、いや…、上野。これを…、」
弦一郎は、自分の着ていたジャージを脱ぎ、あたしに差し出した。
「?」
「これを着て、幸村を応援してくれ。」
これを、着て?応援?
「ま、まぁ正式ではないにしても、幸村にはお前はマネージャー(仮)ということになっているしな。」
「…あ、あたしが着るの?」
「うむ。…し、心配せんでも昨夜洗濯をした。汚くはない。」
あたしがいつまでたってもそのジャージを受け取らないことに、弦一郎は不安になったのか変ないいわけを始めた。
やはりサイズが大きいと女子は好ましくないのか?とかぶつぶつわけのわからないことも言いだし。
そんな弦一郎を笑いそうになりつつ、あたしはなかなか受け取れない。
なんか、重くて。
部長が抜けた日から、弦一郎は部長の代わりに立海を支えてきた。
もう二度と部長は戻ってこないかもしれないと、弦一郎ならそう感じたこともあったかもしれない。
でもくじけることなく、今までやってきたんだ。
そのジャージを、あたしが着ていいのか。
「は、早くしろ!」
仕舞いにはイラッときたんだろう(きっとあたしがこのジャージを汚いと思ってるといまだに勘違いしてる)、弦一郎はあたしの頭からジャージを被せた。…確かに洗剤の香りはする。
「気を付けて行け。」
そして走り去って行った。
見慣れた後ろ姿は見送らずに、
あたしは自分に被せられたジャージを見つめる。
こんなんで仲間に入ったとか、みんなと同等だとか、そんなことは思ってない。
でも、みんなと同じ形になれたこと。
同じ名を、羽織れること。
感動。
任務の重さに、唇を噛み締めた。
あたしは部長の応援。
わざわざこんなところから着る必要はないけれど、あえて、ここから着ていく。
弦一郎とみんなの気持ち、背負ってく。
「部長…!」
走って病室に駆け込むと、ちょうど部長は手術のための準備をしていた。
「やぁ、茜ちゃん。来てくれたんだ。」
にっこり、優しく笑った部長は、こないだ見せたご乱心が嘘のように落ち着いていた。
弦一郎から電話をもらったって、君だけでも来てくれてうれしいって、そう言ってくれたけど…。
「そのジャージ、よく似合ってるね。」
こんな暑い季節に長袖のジャージ着て(そういえば柳は試合中もジャージを着て涼しげな顔してる)、しかも何年ぶりかの全力疾走。あたしのおでこからは汗が吹き出てた。
せっかく昨日、弦一郎は洗濯したみたいだけど、あたしのせいで汗臭くなったに違いない。そしたら最初から臭かったで言い切ろう。
「げ……真田が、これ着て部長を応援しろって。」
「はは、なるほど。心強いな。」
そう言って部長はあたしの手を掴んで、ぎゅっと、握り締めた。
「俺は負けない。」
少し、震えるように感じた。
けど、それはあたしの不安からくる気のせいだ。
部長の目からは、揺るぎない気持ちが伝わってくる。
“またみんなとテニスがしたい”
試合に手術。
祈ることしかできないあたしの前で、今、部長の闘いは始まった。
すぐ弦一郎に電話したけど、出なかった。
そのとき、弦一郎の出番が来ていたとは、思いもしなかった。
← | →
[戻る]