20 その任務重大

関東大会決勝。
予定では、立海は無敗の圧勝で優勝するはずだった。

でも相手の青学は、きっとみんなが思ってたよりずっと骨のあるチームで、

丸井・ジャッカルペアが勝ち、仁王・柳生ペアが勝ったあと、

あたしは嫌な予感がした。

みんならしくない勝ち方だったから。

柳の試合が始まったところであたしは弦一郎に呼ばれて、コートから少し離れたとこへ行った。



「部長のとこに?」

「ああ。お前だけ先に行ってくれ。」



なんで?試合終わったらみんなで行くんじゃないの?

そう思ったけど、聞けなかった。

思った以上に手間取ってるみんなを見て、間に合わないこともあり得ると考えた。そしてこれは弦一郎の独断だろう。

手術ではなく、試合を優先。
選手が行けないのだから、せめてマネージャー(仮)のあたしが傍にいろと。

当たり前だけど、少し胸が痛い。

約束したんじゃないの?弦一郎。
勝って、駆け付けるって。



「…わかった。」

「うむ。頼んだぞ。」



くるりと弦一郎は振り返ると、コートに戻っていった。

部長のところへ行くということは、あたしはみんなの優勝に立ち合えない。

テニス部ではないんだから、それはしょうがない。

でも……、
みんなの喜ぶ姿、見たかった。

後ろ髪引かれる思いで、でも弦一郎から託された大事な任務。
あたしは荷物をまとめて出発し、試合会場の出口へ向かった。



「茜…!」



久々に呼ばれた懐かしい声に、振り返る。
弦一郎だ。



「あ、いや…、上野。これを…、」



弦一郎は、自分の着ていたジャージを脱ぎ、あたしに差し出した。



「?」

「これを着て、幸村を応援してくれ。」



これを、着て?応援?



「ま、まぁ正式ではないにしても、幸村にはお前はマネージャー(仮)ということになっているしな。」

「…あ、あたしが着るの?」

「うむ。…し、心配せんでも昨夜洗濯をした。汚くはない。」



あたしがいつまでたってもそのジャージを受け取らないことに、弦一郎は不安になったのか変ないいわけを始めた。

やはりサイズが大きいと女子は好ましくないのか?とかぶつぶつわけのわからないことも言いだし。

そんな弦一郎を笑いそうになりつつ、あたしはなかなか受け取れない。

なんか、重くて。

部長が抜けた日から、弦一郎は部長の代わりに立海を支えてきた。
もう二度と部長は戻ってこないかもしれないと、弦一郎ならそう感じたこともあったかもしれない。

でもくじけることなく、今までやってきたんだ。

そのジャージを、あたしが着ていいのか。



「は、早くしろ!」



仕舞いにはイラッときたんだろう(きっとあたしがこのジャージを汚いと思ってるといまだに勘違いしてる)、弦一郎はあたしの頭からジャージを被せた。…確かに洗剤の香りはする。



「気を付けて行け。」



そして走り去って行った。

見慣れた後ろ姿は見送らずに、
あたしは自分に被せられたジャージを見つめる。

こんなんで仲間に入ったとか、みんなと同等だとか、そんなことは思ってない。

でも、みんなと同じ形になれたこと。

同じ名を、羽織れること。

感動。
任務の重さに、唇を噛み締めた。

あたしは部長の応援。
わざわざこんなところから着る必要はないけれど、あえて、ここから着ていく。
弦一郎とみんなの気持ち、背負ってく。





「部長…!」



走って病室に駆け込むと、ちょうど部長は手術のための準備をしていた。



「やぁ、茜ちゃん。来てくれたんだ。」



にっこり、優しく笑った部長は、こないだ見せたご乱心が嘘のように落ち着いていた。

弦一郎から電話をもらったって、君だけでも来てくれてうれしいって、そう言ってくれたけど…。



「そのジャージ、よく似合ってるね。」



こんな暑い季節に長袖のジャージ着て(そういえば柳は試合中もジャージを着て涼しげな顔してる)、しかも何年ぶりかの全力疾走。あたしのおでこからは汗が吹き出てた。

せっかく昨日、弦一郎は洗濯したみたいだけど、あたしのせいで汗臭くなったに違いない。そしたら最初から臭かったで言い切ろう。



「げ……真田が、これ着て部長を応援しろって。」

「はは、なるほど。心強いな。」



そう言って部長はあたしの手を掴んで、ぎゅっと、握り締めた。



「俺は負けない。」



少し、震えるように感じた。

けど、それはあたしの不安からくる気のせいだ。
部長の目からは、揺るぎない気持ちが伝わってくる。



“またみんなとテニスがしたい”



試合に手術。

祈ることしかできないあたしの前で、今、部長の闘いは始まった。



すぐ弦一郎に電話したけど、出なかった。
そのとき、弦一郎の出番が来ていたとは、思いもしなかった。

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