―チュン…チュンチュン…
遠くから聞こえる小鳥の囀り。全身を包み込むあったかい布団。
春って何でこんなに眠いんだろう。身動き一つできない。
うとうと、目覚ましの鳴る時間がまだこないことを祈りながら、わずかな至福のときを味わっていた。
―バタン!
突然、扉の開く音。ビックリして顔を上げそうだったがグッと堪えてみせた。
だって誰が来たかなんてわかってる。次の瞬間、目覚ましより百倍うざうるさい声が響いた。
「起きんか!茜!」
頭に響くのよね、こいつの声。まったく。
叫ぶ声を無視してると、ドスドスとベッドに近寄る音がした。
「茜!」
ガバッと、布団をはぎ取られる。あたたかさが一気に逃げた。いきなりそんな、寒いって。
「今朝は6時にそこの角に集合だと言っただろう。一体いつまで待たせる気だ!」
いつの間にかつけられた部屋の明かりの眩しさにしかめっ面をする。ああ、決して彼を睨んでるわけじゃなくてよ。眩しいからね。
「弦一郎サン…、もっちょい音量、絞っ…。」
「む、お前、まだ寝る気だな?起きんか!」
寝る気だなもクソもねーよ。まだ6時30分。あたしんちから学校までわずか10分。予鈴は8時25分。あと一時間も寝られる。
「それに今日は始業式だぞ。今日から三年生だ。初日から遅刻する気とはたるんどる!」
完全に無視し続けるあたしの横で、延々と説教が始まった。ボーっとしている頭が徐々にはっきりしていく。
あーもうっ!弦一郎は絶対生まれてくる時代間違ってるって!
「ん?何か言ったか?」
「いえ何も。」
「そうか。…とにかくさっさと学校へ行く支度をしろ!俺はお前の母親からお前の世話をするようにと頼まれているのだ。」
彼、さっきから鋭い眼光で腕を組みながらあたしに説教をするこいつは、
真田弦一郎(45)。…あ、(14)だっけ?
家がお隣さんの、あたしのお父さん。…違った、幼なじみ。
幼稚園の頃からの付き合いだけど、ほんっとに堅苦しいやつ。見た目も言葉遣いも考え方も+30歳上のようなやつ。
絶対、戦国時代に生まれてきたほうがよかったよ、君。
将軍様にでもなれたかもしれないよ。
「じゃあ着替えるから出てってよ。」
「うむ、わかった。」
「それともあたしの下着姿見たいの?やだ変態。」
「な、何を…!」
顔を真っ赤にした弦一郎を蹴って部屋の外へ追い出した。
オッサン臭いが故に純情ボーイな彼をからかうことが趣味だったりもする。
それにしても、弦一郎があたしの世話なんてやめてほしいわ。
あたしの親は、こないだから仕事の都合で関西のほうに行っている。本来ならば中学生のあたしも行くはずだけど、
『だってぇ、たまには一人旅気分味わいたいじゃない?』
ネジ5本外れた母親の一言によりあたしの神奈川残留が決まった。
中学生の女の子一人置いてくってどーゆう神経してんのよ。
『弦一郎君のお母さんにもよろしく頼んでおいたから大丈夫。弦一郎君だってあんたよりずーっと大人だしね。』
大人じゃない、あいつは老けてるだけだ。まぁ、目覚まし代わりにはなるかな。うるさいしスイッチとかないけど。
「では行くぞ。」
「…はいはい。」
支度が終わって7時。あたしたちは仲良く学校へ向かう。
…おいおい、7時って早すぎですけど。
「ねぇ、こんな早く学校行ってどーすんの?」
「ん?…ああ、言っていなかったか。今日は朝練の日だ。」
「あーハイハイ、朝練ね。………………あされん?」
あたしは一年の頃から読書部と言う名の帰宅部所属だ。朝練なんてあたしの世界にはない。
「俺が見張っていないとお前はいつまでも眠りこけているだろう。」
「はぁ。あってるけど。」
「なので今日からお前を朝練に連れて行くことにした。」
「はぁ!?」
「朝練中は練習を見るなり部室で予習をするなり好きに過ごして構わん。」
前者も後者もすっげ嫌なんですけど。
それに本人目の前にして悪いけど、あたしはテニス部に興味はない。
こんなこと、立海大附属中学の女子生徒で言うのはマイナーどころじゃないだろう。
立海では、テニス部が毎年全国大会の常連なせいか、なぜかアイドルグループのような存在。この弦一郎も、そのテニス部一員。
…わ、笑っちゃ悪いよ。ププッ。
「む、何を笑っているんだ。」
「やだな、笑っただけで怒んないでよパパ。」
「パパと呼ぶな!」
理由言ったら叩かれちゃうと思って言わなかったけど、パパ発言でバッチリ叩かれた。
テニス部、あたしは苦手だ。
弦一郎は幼なじみなだけあって仲良いけど。たぶん幼なじみじゃなかったら、三年間視線すら合わせずに終わるだろう。
なんかとりあえず苦手。みんな女の子に人気だし、有名すぎて近寄りがたい。どことなく性格悪そうだしね、何より。
そしてあたしは人見知りだ。態度はでかいけど。男の子は特にうまくしゃべれない。仲のいい男子だって特にいないし。かっこいい男の子なら尚更だよ。そんな思春期。
そうこうしてるうちに、学校へ着いた。
あたしの世界が少しずつ変わり始めた朝。
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