17 違う生き物

「では行くか。」

「はいっ。」

「…はぁい。」



弦一郎、鈴と玄関に向かう。

なーんかおかしなことになってるようななってないような。

鈴の顔を見ると、満面の笑み。
あれよね、もしかしなくても、

……い、いかん。笑っちまう…!
だって弦一郎って!ギャグでしょ。



「何笑ってんのよ。」

「…いッ!」



鈴に腕をつねられた。暴力反対!

玄関について思い出した。雨降ってるんだった。途中で降り始めたから傘もなくて…、さっきは止んでたのになぁ。



「ではこの傘を二人で使え。」



弦一郎は古くさい折り畳み傘を差し出した。これは確かおじさんからもらったやつよね。



「でも、それじゃ真田君が濡れちゃう…。」

「俺なら問題ない。帽子がある。」



そう言って鞄から帽子を取り出して被った。それはおじいさんからもらったやつ。弦一郎は人一倍、貰い物を大切にする。義理堅いやつなんだ。

あたしは傍にいすぎて気付けないことも多いけど、確かに鈴の目に狂いはないかもね。彼女とかお嫁さんとか、絶対大切にするタイプ。



「…あー、あのさ、」

「どうした。茜。」

「あたしね、今日用があるんだ。」



弦一郎と鈴。うまくいくかわかんないけど、応援してあげようじゃない。



「用?用とはなんだ。」

「えっと…、や、約束?」

「なんの約束だ。」



しつこい…!つっこむなよパパ。



「えーっと、えっと…、合唱コンのことで呼び出されてて、」

「…仁王にか。」

「そうそう!……ん?」



弦一郎と鈴の視線があたしを通り越して後ろに向いてることに気付き、あたしも後ろを向く。



「なかなかこないから迎えに来たぜよ。」



いつの間にか後ろにいた仁王は、傘に鞄。帰る準備万端といった感じ。
話、合わせてくれたのか。



「…そうか。ならば先に帰る。」

「あ、茜、また明日ねっ。」



せっかく二人なら傘に入れるというのに弦一郎はそのまま外に飛び出した。鈴が古くさい折り畳み傘をさして追いかける。

弦一郎、なんか機嫌悪い?



「あれでよかったんじゃろ?」



仁王はなんて頭の回転が速いんだと感心した。そして速いばかりでなく実行することができる。



「う、うん。ありがとう。」

「いーえ。なんじゃ、あの二人いい感じなんか?」

「…に、なる予定。」

「なんじゃそら。」



ククッと仁王は笑った。

そのままあたしを追い越し、靴を履く。



「なにぼーっとしとるんじゃ。」

「…は?」

「帰るぜよ。」



仁王は透明のビニール傘をバサッと広げた。



「相合傘じゃな。」



今までちっとも気付かなかったけど、仁王はよく笑う気がする。フッとか、ククッとか、

からかうような、悪戯な笑い。



「…真に受けんでも。」

「…え、…あ、」

「あんまからかったらパパに叱られるのう。」



言われて気付いた。あたし、顔が熱い。

そんなあたしを笑った仁王は、さあ行くぜよ、と、
あたしの背中を押し出した。

雨はだんだん強く降ってきて、
小さい傘だから、心配した。仁王が濡れないか。あたしの方に傘を寄せすぎてて、

でも何も言えなくて、
その優しさに、甘えた。



「お前さん、ピアノ習っとるんか?」



ふいにきた質問にどぎまぎする。あまり他人に関心なさそうな彼だけに、興味を持ってくれることがうれしかった。



「えっと、昔、ね。」

「ほーう。でも家にピアノはあるんか?」

「あるよ。小さいけど。」

「そうか。なら、お前さんちで練習できるんじゃな。」



う、うち!?



「今一人暮らしなんじゃろ?」

「え、う、うん。まぁ…、」

「楽しみじゃの。」



またククッと笑った。

いや、あたしは楽しみじゃない。
確かに仁王がうちに来ることはうれしいかもしれないけど…。

家からゆっくり歩いて20分。
本当は普通に帰れば10分で着くけど、

わざとゆっくり歩いた。

弦一郎はいつも、しゃきっとせんか!って、あたしにも速歩きさせようとする。

でも本当はこれがあたしのペース。それで仁王は完全にこのペースに合わせてくれてて。たまに速くなるけど、すぐ元に戻る。

弦一郎と比べるのもおかしな話だけど。

今まで特に他の男の子と交流はなくて、弦一郎はある意味例外だから。

これが、男の子なんだ。
自分とは違う世界にいるような感じ。

妙に意識してる。



「ここか。」



うちに着いた。

でかいお屋敷の真田家とは違って平凡だけど。

見ると、弦一郎の部屋の明かりがついてる。もう帰ってるのか。さては鈴のこと送っていかなかったな。



「じゃ、また明日。」



仁王は玄関まで送ってくれると、また軽く笑ってくるりと後ろを向いた。

やっぱり、逆側の肩が濡れてて。

今まで彼に対して持っていたマイナスのイメージ、苦手な意識が一掃されていくようで、

でもうまくお礼の言葉も出ないもどかしい自分が不思議で、

やっぱり苦手なのかなって思った。



「あ…!」



あたしの変な叫びに仁王は立ち止まり、振り返った。

ただお礼を言いたかっただけなのにとりあえず叫んじゃった。恥ずかしい。

送ってくれてありがとう、また明日ねって言うだけなんだけど…、



「どーした?」



仁王がそんなふうに笑う度に胸が詰まる気がする。
うっ…て、声が出なくなる。

でもためればためるほど言いづらくなることに気付いて、さらに焦ってきた。

どうしよう…。

目線を仁王から外し、固まっていたらいつの間にか仁王はあたしの真前まで戻ってきてた。

あたしのよりはるかに大きい靴はぼろぼろで。
地面すれすれのズボンの裾が、雨で色濃くなってる。

何もかもあたしと違うんだね。



「礼なら、」

「…!」



仁王はあたしの頭をぽんぽんってした。こんなこと弦一郎にすらやられたことない。
ていうかあいつはやんないか。



「今度から麦茶に氷入れてくれると嬉しいのう。」

「氷?」

「うん。俺暑いの苦手じゃき。もっと冷たいほうが好き。」



仁王の苦手その2・暑いの。

心の中にぎゅーっと刻もうとしてる。マジで柳。



「わ、わかった。」

「ありがとな。じゃ。」

「こ、こちらこそ!…ありがとう!」

「おう」



たぶん、力みすぎたあたしをははっと笑って、そして今度こそ去っていった。

ありがとうって先に言われたから言えたんだ。

見えなくなった仁王の後ろ姿を何度も思い浮べながら思った。

こんなに意識したありがとうは今までにない。

頭を触られた手の感触も、でかい靴も、話すとき見上げるせいで負荷がかかるあたしの首も、

すべてはあたしと違う仁王だから。
このよくわかんない違和感。

とりあえず、明日から仕事が増えたんだ。
麦茶に氷入れなくちゃ。

合唱コンのこと、呼び出しくらったこと、丸井のこと、鈴のこと、

今の仁王とのこと。

今日も一日、なかなかハードでした。

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