16 元気

「よかったね〜茜、伴奏できて。」

「…別に。」



さっきから鈴はニヤニヤしながらつっかかってくる。

確かにうれしいのはうれしいけど、
なんで鈴にばれちゃってんだろ。



「隠すなって〜。」

「何が。」

「さっきから茜、顔ニヤけすぎだよ?」



慌てて顔を押さえると、確かに笑ってる口元のような…。ニヤニヤしてるのは鈴じゃなくてあたしだったのね。

自分で思ってた以上に浮かれてんだ。



「で、どっち?」

「は?」

「だから、そのだらしない笑顔の理由よ。指揮者?リーダー?」



だらしないは余計でしょう。
てゆうか、これじゃあまるであたしがどっちかに恋してるみたいじゃん。

どっちって言われたら決まってるけど、でも恋じゃないよ。ちょっと憧れてるだけで…、



「それより、鈴は?」

「あーごまかした!」

「違うっ。あたしのは気のせい気のせい。」

「はぁ?」

「教えなさい。マネージャー(仮)が協力するって言ってんのよ。」

「…そーお?…じゃあ、」



鈴がその名を言おうとしたところで、邪魔が入った。



「上野さん、ちょっといい?」



見慣れない女子が1、2、3。違うクラスの人だ。

あたしに用?



「こっち、付いてきてくれるかな。」

「は、はぁ…。」

「あたしも行…、」

「葛西さんには用はないから。」



なるほど。わかりやすい人たちだ。

小声で鈴に、心配しないでと言い、あたしはそのお姉様方についてった。

無謀だとは思ったけどね。



連れて行かれたのは体育館裏。いつの不良だよ。



「ブン太君に聞いたんだけど、上野さんさぁ、テニス部に入ってるわけじゃないんでしょ?」

「…はい。」

「じゃあなんでマネージャーみたいなことしてんの?出しゃばりすぎ。」

「レギュラーの人たちが喜ぶと思ってるわけ?」

「勘違いだから。恥ずかしー。」



な、な、な、なんなのこの人たち…!
あたしが好きでマネージャーみたいな雑用やってると?

あたしだってやりたくなかった。
朝だってもっと寝坊したい。日曜だってゆっくりしたい。麦茶作るのめんどいし、差し入れ買ってくるのもだるい。

だいたい、こんなことに巻き込まれるのが一番、いやだ…!

だからテニス部なんて嫌いだったんだ。本人たちが表で輝いてるおかげで、裏ではこんな泥臭いことばかり。気付きもしない。

そのくせみんな強引なんだ。何も知らないから。自分たちがどんだけ周りに影響あるか、知らないから。そのせいで傷つく人がいることすら。



「わかったらもうしゃしゃってくんじゃねーよ。テニス部はみんな理想高いんだから。」

「あんたなんかマネージャーになれっこないし。自分、かわいいとでも思ってんの?」



“退院がまた楽しみになったよ。”



部長の言葉が頭を過った。

こんなことで泣くほどあたしは柔じゃない。傷ついてるわけでもない。

ただ、みんなに謝りたくなった。

何も反論せず。ただただ、あたしだって不本意だった、それしか思おうとしなかった自分でごめんって。それぐらいあたしは弱くて、卑怯。

でもこれだけはわかる。

みんなは、お姉様方が考えてる以上に、テニスのことしか考えてない。

あたしが近くにいようがいまいが、
みんなは、ただテニスを頑張るだけ。ただテニスが好きで、
勝つことしか考えてない。

そんなみんなのファンがこんなんだなんて、

みんなのほうこそ、傷つくよね。



「お前ら何やってんだよ。」



後ろから声がした。

誰の声かはすぐわかる。もう聞き慣れた。



「ブン太君…!」


「何やってんだって聞いてんだよ。」



振り向けない。けど、丸井の声はいつもと違って太く、鋭い。
怒ってる。

正面に立つお姉様方の顔はみるみる青ざめていって、
どれだけ丸井の気迫がすごいのか、伝わってきた。



「茜…!」



後ろから、抱きつかれた。
一瞬ビックリしたけど、よく見たら鈴だった。



「お前ら帰れ。」



丸井の力強い一言に、三人は逃げるように去っていった。
あたしは力が抜けて、その場に座り込む。



「茜大丈夫だった!?」



鈴はあたしの肩を掴み前後に激しく揺すった。

ちょっとちょっと揺すりすぎ。頭が…!



「あー…、…茜。」



丸井もあたしの方に来て、真ん前でしゃがんだ。
申し訳なさそうに、俯いてる。



「なんつーか、」

「……。」

「お前、なんだかんだ……か、かわいいぜ。」



そこかい。
しかも照れるなよ。あたしまで照れちゃう。

それにもっとさ、俺のせいでごめんねとか怪我はないかとかかける言葉あんでしょーが。

隣から鈴が丸井の頭にげんこつを食らわせた。丸井も言葉の選択ミスに気付いたらしい。



「ま、まぁ要するに、だ。」

「…なによ。」

「俺、お前のこと好きだぜ。」



あたしだけじゃなく、鈴もぽかん。
わ、わかってるよ、Likeでしょ…!

こんなムードもクソもない場所でさらりと言われた言葉なのに、身体中熱くなる。
こーゆう台詞こそ照れなさいよ。



「最初はなんだこのノリのわりぃやつって思ったけど。でもちゃんと差し入れもくれるし、麦茶うまいし。ケーキくれるしガムも、それから…、」



結局は食い物なんですね。
ときめいちゃった自分が恥ずかしい。



「真田にお前のこと頼むって言われたときは、正直どうすりゃいいかわかんなかったけどな。」

「……。」

「なんつーか…、自分の好きなよーにやってたら、こう…、なってた。」



好きなように。ご飯奪ったり差し入れ強要したり振り回したり。

きっと最初はこの丸井でさえ、あたしの扱いに困ったに違いなかった。
でもあたしは、ただ丸井はワガママな自己中としか見てなくて。でも関わってると楽しくて。



「たぶん他のやつらもそうだぜ。適当にお前に構ってたら…、まぁお前はうざがってたけどな。」



丸井は苦笑いした。

あたしがうざがってるの知ってて構ってきたことに呆れつつ、
それでも構ってくれたことに感謝しつつ、

あたしも笑う。



「こないだ赤也も言ってたけど…、怒ってるより笑ってたほうがいいぜ。」



そう言って、またクシャっとあたしの頭を撫でた。加減を知らないこの男は容赦なくあたしの髪をボサボサにして、まったく。



「俺ら友達なんだからな。」



念を押されるように言われて、少し前の自分のことを思い出した。

テニス部は苦手で、関わりたくなくて、ファンだと思われるのも、こんなふうに呼び出されるのも避けたくて。

それでも突き放さなかったのは、本当はみんな普通の人だって、知ってたから。
ただテニスが好きで一番になりたくて頑張ってるだけの、普通のテニス部。

自分たちがどんだけ影響あるかなんて、考えなくていい。
巻き込まれたくないから関わりたくないだなんて、絶対に言っちゃいけないことだった。

まだまだ、丸井と、みんなと一緒にいたいかも。





「鈴、丸井とラブラブだねっ。」



帰り際、鈴に続きを振ってみた。
さっきのやり取りで、鈴→丸井、確信したよあたしは。
真っ先に丸井に助けを求めるなんて。



「…何言ってんの。」

「へ?」

「あたしが丸井を好きなわけないでしょ〜?」

「う、うっそー!?」

「やだ、あんな食いしん坊。」

「じゃあ誰なの!?」



やっぱり仁王……!?

あたしの心配を嘲笑うかのように、
鈴はあたしの真後ろを見て固まった。

振り向くと、弦一郎がいた。



「茜、今日は雨なので練習は休みだ。」

「マジで!やたっ!」

「喜ぶな!お前も用がないならば一緒に帰るか。」

「ああ…、」

「あたしもご一緒してよろしいですか!?」



鈴が叫んだ。

え…………?ま、ま、ま、ま、
まさか………!!



「…ん?構わないが…、」

「ありがとうございます!」



頬を染める鈴。
恋はハプニング。
その一言に尽きます。

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