「…別に。」
さっきから鈴はニヤニヤしながらつっかかってくる。
確かにうれしいのはうれしいけど、
なんで鈴にばれちゃってんだろ。
「隠すなって〜。」
「何が。」
「さっきから茜、顔ニヤけすぎだよ?」
慌てて顔を押さえると、確かに笑ってる口元のような…。ニヤニヤしてるのは鈴じゃなくてあたしだったのね。
自分で思ってた以上に浮かれてんだ。
「で、どっち?」
「は?」
「だから、そのだらしない笑顔の理由よ。指揮者?リーダー?」
だらしないは余計でしょう。
てゆうか、これじゃあまるであたしがどっちかに恋してるみたいじゃん。
どっちって言われたら決まってるけど、でも恋じゃないよ。ちょっと憧れてるだけで…、
「それより、鈴は?」
「あーごまかした!」
「違うっ。あたしのは気のせい気のせい。」
「はぁ?」
「教えなさい。マネージャー(仮)が協力するって言ってんのよ。」
「…そーお?…じゃあ、」
鈴がその名を言おうとしたところで、邪魔が入った。
「上野さん、ちょっといい?」
見慣れない女子が1、2、3。違うクラスの人だ。
あたしに用?
「こっち、付いてきてくれるかな。」
「は、はぁ…。」
「あたしも行…、」
「葛西さんには用はないから。」
なるほど。わかりやすい人たちだ。
小声で鈴に、心配しないでと言い、あたしはそのお姉様方についてった。
無謀だとは思ったけどね。
連れて行かれたのは体育館裏。いつの不良だよ。
「ブン太君に聞いたんだけど、上野さんさぁ、テニス部に入ってるわけじゃないんでしょ?」
「…はい。」
「じゃあなんでマネージャーみたいなことしてんの?出しゃばりすぎ。」
「レギュラーの人たちが喜ぶと思ってるわけ?」
「勘違いだから。恥ずかしー。」
な、な、な、なんなのこの人たち…!
あたしが好きでマネージャーみたいな雑用やってると?
あたしだってやりたくなかった。
朝だってもっと寝坊したい。日曜だってゆっくりしたい。麦茶作るのめんどいし、差し入れ買ってくるのもだるい。
だいたい、こんなことに巻き込まれるのが一番、いやだ…!
だからテニス部なんて嫌いだったんだ。本人たちが表で輝いてるおかげで、裏ではこんな泥臭いことばかり。気付きもしない。
そのくせみんな強引なんだ。何も知らないから。自分たちがどんだけ周りに影響あるか、知らないから。そのせいで傷つく人がいることすら。
「わかったらもうしゃしゃってくんじゃねーよ。テニス部はみんな理想高いんだから。」
「あんたなんかマネージャーになれっこないし。自分、かわいいとでも思ってんの?」
“退院がまた楽しみになったよ。”
部長の言葉が頭を過った。
こんなことで泣くほどあたしは柔じゃない。傷ついてるわけでもない。
ただ、みんなに謝りたくなった。
何も反論せず。ただただ、あたしだって不本意だった、それしか思おうとしなかった自分でごめんって。それぐらいあたしは弱くて、卑怯。
でもこれだけはわかる。
みんなは、お姉様方が考えてる以上に、テニスのことしか考えてない。
あたしが近くにいようがいまいが、
みんなは、ただテニスを頑張るだけ。ただテニスが好きで、
勝つことしか考えてない。
そんなみんなのファンがこんなんだなんて、
みんなのほうこそ、傷つくよね。
「お前ら何やってんだよ。」
後ろから声がした。
誰の声かはすぐわかる。もう聞き慣れた。
「ブン太君…!」
「何やってんだって聞いてんだよ。」
振り向けない。けど、丸井の声はいつもと違って太く、鋭い。
怒ってる。
正面に立つお姉様方の顔はみるみる青ざめていって、
どれだけ丸井の気迫がすごいのか、伝わってきた。
「茜…!」
後ろから、抱きつかれた。
一瞬ビックリしたけど、よく見たら鈴だった。
「お前ら帰れ。」
丸井の力強い一言に、三人は逃げるように去っていった。
あたしは力が抜けて、その場に座り込む。
「茜大丈夫だった!?」
鈴はあたしの肩を掴み前後に激しく揺すった。
ちょっとちょっと揺すりすぎ。頭が…!
「あー…、…茜。」
丸井もあたしの方に来て、真ん前でしゃがんだ。
申し訳なさそうに、俯いてる。
「なんつーか、」
「……。」
「お前、なんだかんだ……か、かわいいぜ。」
そこかい。
しかも照れるなよ。あたしまで照れちゃう。
それにもっとさ、俺のせいでごめんねとか怪我はないかとかかける言葉あんでしょーが。
隣から鈴が丸井の頭にげんこつを食らわせた。丸井も言葉の選択ミスに気付いたらしい。
「ま、まぁ要するに、だ。」
「…なによ。」
「俺、お前のこと好きだぜ。」
あたしだけじゃなく、鈴もぽかん。
わ、わかってるよ、Likeでしょ…!
こんなムードもクソもない場所でさらりと言われた言葉なのに、身体中熱くなる。
こーゆう台詞こそ照れなさいよ。
「最初はなんだこのノリのわりぃやつって思ったけど。でもちゃんと差し入れもくれるし、麦茶うまいし。ケーキくれるしガムも、それから…、」
結局は食い物なんですね。
ときめいちゃった自分が恥ずかしい。
「真田にお前のこと頼むって言われたときは、正直どうすりゃいいかわかんなかったけどな。」
「……。」
「なんつーか…、自分の好きなよーにやってたら、こう…、なってた。」
好きなように。ご飯奪ったり差し入れ強要したり振り回したり。
きっと最初はこの丸井でさえ、あたしの扱いに困ったに違いなかった。
でもあたしは、ただ丸井はワガママな自己中としか見てなくて。でも関わってると楽しくて。
「たぶん他のやつらもそうだぜ。適当にお前に構ってたら…、まぁお前はうざがってたけどな。」
丸井は苦笑いした。
あたしがうざがってるの知ってて構ってきたことに呆れつつ、
それでも構ってくれたことに感謝しつつ、
あたしも笑う。
「こないだ赤也も言ってたけど…、怒ってるより笑ってたほうがいいぜ。」
そう言って、またクシャっとあたしの頭を撫でた。加減を知らないこの男は容赦なくあたしの髪をボサボサにして、まったく。
「俺ら友達なんだからな。」
念を押されるように言われて、少し前の自分のことを思い出した。
テニス部は苦手で、関わりたくなくて、ファンだと思われるのも、こんなふうに呼び出されるのも避けたくて。
それでも突き放さなかったのは、本当はみんな普通の人だって、知ってたから。
ただテニスが好きで一番になりたくて頑張ってるだけの、普通のテニス部。
自分たちがどんだけ影響あるかなんて、考えなくていい。
巻き込まれたくないから関わりたくないだなんて、絶対に言っちゃいけないことだった。
まだまだ、丸井と、みんなと一緒にいたいかも。
「鈴、丸井とラブラブだねっ。」
帰り際、鈴に続きを振ってみた。
さっきのやり取りで、鈴→丸井、確信したよあたしは。
真っ先に丸井に助けを求めるなんて。
「…何言ってんの。」
「へ?」
「あたしが丸井を好きなわけないでしょ〜?」
「う、うっそー!?」
「やだ、あんな食いしん坊。」
「じゃあ誰なの!?」
やっぱり仁王……!?
あたしの心配を嘲笑うかのように、
鈴はあたしの真後ろを見て固まった。
振り向くと、弦一郎がいた。
「茜、今日は雨なので練習は休みだ。」
「マジで!やたっ!」
「喜ぶな!お前も用がないならば一緒に帰るか。」
「ああ…、」
「あたしもご一緒してよろしいですか!?」
鈴が叫んだ。
え…………?ま、ま、ま、ま、
まさか………!!
「…ん?構わないが…、」
「ありがとうございます!」
頬を染める鈴。
恋はハプニング。
その一言に尽きます。
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