14 秘かな願い

試合も圧勝に終わり、みんなが着替えたところで会場を後にする。
このあとどうするのかな。また練習かな?



「こないだ何買ったっけ?」

「ショートケーキっス。」

「その前は花じゃな。」

「では、今回は果物でどうでしょう?」



…なんの話だろ?
弦一郎は珍しく、携帯で電話しながら歩いてる。あたしがしたら注意するくせに。



「ね、柳、」

「このあとのことか?」

「さすが。」



もしかしてテニス部の中で柳が一番話しやすいかも。話しやすいってゆーか話さなくてもわかるってゆーか。



「部長の見舞いに行く。」

「部長…。」

「お前も行くことになるだろう。紹介せねばな。マネージャー(仮)として。」



テニス部部長、幸村精市。二年の冬、倒れた。あたしは直接の面識はなかったけど、どれだけ強いか、聞いていた。そんな人が抜けるなんて大変だなーなんて思ってたけど。

それよりもその時の弦一郎のほうがあたしにとっては大変なことだった。見た目には全然出さなかったけど…、あたしは知ってる。



「茜、」



電話を切った弦一郎があたしを呼んだ。



「これから部長の見舞いに行く。お前はどうする?」



あたしよりみんなの方がビックリしてた。特に柳。だってあたしに“いいえ”の選択肢があるなんて。

これは、弦一郎はあんまあたしに来てほしくないってこと?



「何言ってんだよ。茜も行くに決まってんだろ。な。」



え、え、……どーしよ。行っていいのかな。



「幸村部長も茜先輩ならマネージャーで喜ぶっスよ!」



赤也の一言で気付いた。弦一郎があたしにあんま来てほしくないわけ。

今まで決してマネージャーを受け付けなかったテニス部なのに、まさか部長の居ぬ間に(仮)とはいえできちゃうとは。まずいよね。それが突然挨拶にくるなんて。しかも丸井によれば、部長の方針でマネージャーをおいてないんだから。



「あー、あたしは帰ろうかなーなんて。」

「なんでだよ。マネージャーとしてじゃなくてもいーから幸村君んとこ一緒に行こうぜ。そんで飯食いに…、」

「え、でも。」

「いや、」



少し考えていた弦一郎が口を開いた。



「やはりお前にも来てもらわないと困るな。行くぞ。」



…なんなんだ。じゃあなんで最初からそう言わないの。
って、聞きそびれたまま、部長の病院に向かった。





「屋上にいるはずだ。」



弦一郎の言葉に従い、みんなで屋上に。



「お、いたいた。」

「幸村部長!」



夕日をバックに、ゆっくり振り返った部長は、女の子のようにきれいだった。

みんなと目が合うと、うれしそうにニッコリ微笑んだ。

そしてあたしは思い出す。そうだ、この一見儚げな人がテニス部部長。弦一郎と一緒にいるところや、試合を見たこともあった。

人気の高いテニス部の中でもこの部長はバレンタインチョコランキング一位。そのモテっぷりは、半端じゃない。

も一個思い出した。この部長のせいで…、
いや、せいってわけではないけど、柳と弦一郎とこの人の三人は一年の頃からレギュラーで、
それに伴って人気もすごかったんだ。特にこの人。そんな人がいつも弦一郎といるもんだから、ちょっと気が引けた。

だから、テニス部に近づきたくなくなった。丸井とか仁王の人気が出たのはその後だから、
あたしがテニス部苦手になったきっかけはこの人だといっても過言ではない。

そのきっかけと、今対面。



「やあ、みんな。試合お疲れさま。」

「おう!ほら、幸村君にお見舞いのケーキ!」



丸井たちが買ってきたお見舞い品。結局、ケーキにしたんだ。



「調子はどうだ?精市。」

「幸村君、このケーキ食ってええ?」

「まったく丸井君、早速ですか?」

「ずるっ!丸井先輩!俺も俺も!」

「はは、いいよ。分けて食べなよ。」



みんな一気に部長の元へ。なんか、なんかあたし蚊帳の外?

ていうか、みんな部長大好きなんだな。なんだこの懐きよう。



「…あれ?彼女は…、」



部長の目があたしに向いた。

目が合ってドキッとした。
やっぱりテニス部特有の圧力みたいなのを感じたし、それ以上に彼は“きっかけ”なわけだから、変に緊張してしまって。

プラス、ものすごい美男子です。



「真田、先に紹介しんしゃい。」



真横から、仁王の声がした。
みんな部長に群がる中、仁王は行かなかったんだ。
あたし一人になったわけじゃなかったんだ。

仁王って、ほんとにさりげなーく、優しい。



「ああ、そうだったな。実はだな、幸村…、」



そこまで言うと弦一郎は黙ってしまった。

…ちょっとちょっと、あたし気まずいじゃない。どーすんのよ。
みんなも弦一郎の言葉を待ってるのか、黙ってる。

そんな中、部長はあたしと弦一郎の顔を何度か見比べると、
すべてを理解したかのように笑った。



「ふーん、なるほどね。真田、よかったな。」

「…まぁ、他の女子よりは使えるだろう。」



あたしを含め、みんな状況が掴めてないようだった。



「やはりな。」

「そういうことでしたか。」



一呼吸おいて、柳、続いて柳生が口を開く。

ぜーんぜん話が見えない。



「どーゆう意味かわかんないっス!」

「そーだそーだ。説明しろぃ。」



お、ナイスだ、愛すべきバカコンビ。こーゆうとき便利だね。



「ふふ、それはいつか話すよ。ところで、俺も自己紹介をしなくちゃね」



部長はあたしの前まで歩いてきた。なんてゆうか、すごい迫力。こんなか弱そうな人なのに。パジャマ姿なのに。
さすが王者立海大のトップ。



「俺は部長の幸村精市だ。よろしく。」



白いきれいな手を差し出してきた。ちょっと前の柳を思い出した。そのときよりはるかに緊張してる自分がいる。



「上野茜です…!よ、よろしく!」



自分の今出来る限りの笑顔だった。というか、思わず笑ってしまった。
部長が、笑顔だったから。とってもきれいな。

受け入れてもらえないかもしれないという不安がたぶんあった。部長はマネージャーを受け付けない方針のはずだし。せっかくみんながマネージャー(仮)を勧めてくれたのに、もし拒否されたらどうしようって。

でも部長のこの笑顔からは、受け入れてもらえるような、むしろ歓迎してくれてるような空気を感じた。



「うん。いい笑顔。君、癒し系だね。」

「へ?」



癒し系なんて初めて言われたけど、赤也は思い切り賛同してた。丸井はかわいいかどうかは別って強調してた。

仁王は…、

目が合って、フッと笑った。
それは肯定の意味でとっていいの?



「退院がまた楽しみになったよ。」



初めて会った人だけど、
強く、この人の復帰を願った。

まだマネージャー(仮)だけど、
強く、立海の三連覇を願った。



「じゃさ、今日幸村君退院しちまえよ。」

「おいっ、そんな簡単に言うな。」

「幸村部長!復帰戦第一号予約っス!…勝てるかも。」

「無理じゃろ。」

「赤也はまだまだ基礎トレーニングが足りん。」

「まーたそれっスか…。」



なんてゆうか、テニス部って、あたしが思ってたよりずっと、あったかい。

これが苦しいときを共に頑張ってきた絆で、

仲間って、言うんだろうか。



「騒がしくてすまないね、茜ちゃん。」

「い、いえ…!」

「君もケーキ食べなよ。」



結局、部長のために買ってきたケーキは、みんなで分けて食べた。
…みんなってゆーか、丸井と赤也とジャッカルとあたしと部長で。

ジャッカルの分はほぼ丸井に取られてたけど。

あたしは、このケーキを食べれてうれしかった。

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