学校に着くと、玄関口で弦一郎が待ち構えていた。茶髪の生徒を捕まえ、説教をしている。
弦一郎の委員会は風紀委員会。似合いすぎだろう。
とりあえず弦一郎に見つかったらだるいので、こっそり他の生徒を盾にして通り抜ける。
「すみませんが…、」
「は?」
声をかけられ振り向くと、眼鏡をかけたいかにも優等生っぽい男。
あれ、この人…?
「そのスカート丈は少し基準より短いようですね。」
眼鏡を軽く上げながら、注意された。
注意だけど、いやに優しい言い方。嫌味だらけの風紀委員には珍しい。
「少し長くして頂いてよろしいでしょうか?」
「は、はい…!」
優しいのに逆らえないこの空気。
もしかして、もしかして…、
「茜!またお前はスカートを短くしたな!」
「…げ。」
違う生徒を叱ってたはずなのに、すたすたこっちにやってきたパパ。
「柳生。よく引き止めてくれたな。」
「いえ。風紀委員の仕事ですから。」
やっぱり…!やぎゅうだ、やぎゅう。この人もテニス部。どーりで逆らえない。なんかみんなして変な圧力を持ってる。
あたしは本当にテニス部が苦手なのかもしれない。
「とにかく、すぐに長くしろ。」
「ハイハイ…、……?」
あたしが不貞腐れながらスカートを直していると、
校舎の少し上の方で、ふわふわ艶やかなものが見えた。
下がっては上がり、ふんわり、舞う。
シャボン玉だ…!
周りを見渡すけど、それらしき人はいなくて。
思い切り上を見上げると、屋上に人影が見えた。
あの人がシャボン玉を吹いてるの?
「だいたい、女子なら女子らしくきちんと…、」
「さいなら。」
弦一郎の話をパーフェクトに受け流してあたしは玄関に飛び込んだ。あとでくる長たらしい説教を覚悟して。
なんでか慌ててる自分がいた。
始業式の日、屋上にあった青いシャボン玉。
今、そこにいるのがそれの持ち主な気がして。
階段を駆け上がりながら鞄からあのシャボン玉を出す。いつかまた屋上で吹こうと思ってた。でもいつも鍵は閉まってる。本当は生徒は無断で出ちゃいけないから。
思えばなんであの日は屋上の鍵が開いてたんだろう。
それはシャボン玉の持ち主があのとき屋上にきてたから。
学校の規則も鍵も、簡単に破った人。
シャボン玉のように、自由を感じた。
扉の手前、ノブに手をかけ一呼吸。
「…!」
開けてすぐ目に飛び込んできたのは、最近はもう見慣れた頭。
きれいな銀髪、仁王雅治。
まさか、仁王がシャボン玉の人…?
でも仁王はシャボン玉を吹いてないし、パッと見持ってもいない。
ただフェンスにもたれて座ってる。
「ん?どした?」
勢いよく入ってきたあたしに少なからずビックリしたんだろう。
周りを見渡しても、仁王以外誰もいない。
「や、なんか下にいたら、シャボン玉が飛んできたから…。ここかと思って…。」
「追ってきたんか?」
コクリと頷くと、仁王は笑った。
晴れやかな笑顔というわけではなく、ただ軽く笑う感じ。含み笑いのような、でも決していやらしくない。
この人特有の、この微笑み。
「どこからだったんかのう。」
違うとこから…だったのかな。
でもそうだよね。
だいたい、仁王がシャボン玉なんて絶対吹くはずない。似合わなさすぎ。
「それ、」
仁王はあたしの右手が握り締めているものを指差した。
指すらきれいに見えた。
「シャボン玉か?」
「う、うん。こないだここで拾ったの。」
「ほーう。じゃあ、吹いてたのはそれの持ち主かもな。」
少し楽しそうな仁王の声。そんな聞き分けができるほどしゃべってるわけじゃないけど。
「な、なんで?ここにいるの?」
自分こそ、なんで話題を繋げようとしてるんだろ、なんて思った。でも今、仁王という人物にあたしは興味があって。こないだまでとは明らかに違う自分がいる。
「今日は風紀委員立っとる日じゃろ。面倒じゃき、その前に来てここで寝とった。」
なるほど。仁王のその髪なら100%引っ掛かる。
「お前さん引っ掛かったじゃろ。」
「え?なんで…?」
「スカート。いつもより長いぜよ。」
慌ててスカートの丈をまた短くした。長くてダサいのを見られて恥ずかしくて。
でもそれより、いつものあたしのスカートを見られてたようで、そっちの恥ずかしさのが強かった。
あたしの行動にまた仁王は笑うと、ゆっくり立ち上がった。鞄を持ってこっちに歩いてくる。
「よし、いいもんやろう。」
ニヤっと笑いながら、仁王は鍵を差し出した。
「なにこれ?」
「ここの鍵。」
「屋上の鍵!?な、なんで持って…!」
「ヒミツ。それ使ってここで吹いたらいいぜよ。シャボン玉、好きなんじゃろ?」
なんで鍵なんかくれるのかとか、そんなことよりあたしの頭にいっぱいだったのは、
シャボン玉より、仁王のほうがシャボン玉だ。
「もう一個持っとるき、返さんでいいよ。」
だって、唖然としてるあたしをふんわり笑ったかと思うと、あっとゆう間にいなくなってしまったから。
鍵を握りしめながら思った。やっぱりシャボン玉は、仁王が吹いてたんじゃないかって。
学校の規則もここの鍵も簡単に破った彼は、自由で。
前に丸井が言ってた、仁王はすぐいなくなるってやつ、彼らしくて。
あたしが仁王に持つこの興味が、
憧れなんじゃないかって。
一瞬、感じた。
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