12 シャボン玉とんだ

朝練が休みの今日、弦一郎は委員会の仕事で早く学校に行ったらしい。あいつまだ委員やってんだ。

学校に着くと、玄関口で弦一郎が待ち構えていた。茶髪の生徒を捕まえ、説教をしている。

弦一郎の委員会は風紀委員会。似合いすぎだろう。

とりあえず弦一郎に見つかったらだるいので、こっそり他の生徒を盾にして通り抜ける。



「すみませんが…、」

「は?」



声をかけられ振り向くと、眼鏡をかけたいかにも優等生っぽい男。
あれ、この人…?



「そのスカート丈は少し基準より短いようですね。」



眼鏡を軽く上げながら、注意された。
注意だけど、いやに優しい言い方。嫌味だらけの風紀委員には珍しい。



「少し長くして頂いてよろしいでしょうか?」

「は、はい…!」



優しいのに逆らえないこの空気。

もしかして、もしかして…、



「茜!またお前はスカートを短くしたな!」

「…げ。」



違う生徒を叱ってたはずなのに、すたすたこっちにやってきたパパ。



「柳生。よく引き止めてくれたな。」

「いえ。風紀委員の仕事ですから。」



やっぱり…!やぎゅうだ、やぎゅう。この人もテニス部。どーりで逆らえない。なんかみんなして変な圧力を持ってる。
あたしは本当にテニス部が苦手なのかもしれない。



「とにかく、すぐに長くしろ。」

「ハイハイ…、……?」



あたしが不貞腐れながらスカートを直していると、


校舎の少し上の方で、ふわふわ艶やかなものが見えた。
下がっては上がり、ふんわり、舞う。

シャボン玉だ…!



周りを見渡すけど、それらしき人はいなくて。

思い切り上を見上げると、屋上に人影が見えた。

あの人がシャボン玉を吹いてるの?



「だいたい、女子なら女子らしくきちんと…、」

「さいなら。」



弦一郎の話をパーフェクトに受け流してあたしは玄関に飛び込んだ。あとでくる長たらしい説教を覚悟して。

なんでか慌ててる自分がいた。
始業式の日、屋上にあった青いシャボン玉。

今、そこにいるのがそれの持ち主な気がして。

階段を駆け上がりながら鞄からあのシャボン玉を出す。いつかまた屋上で吹こうと思ってた。でもいつも鍵は閉まってる。本当は生徒は無断で出ちゃいけないから。

思えばなんであの日は屋上の鍵が開いてたんだろう。
それはシャボン玉の持ち主があのとき屋上にきてたから。

学校の規則も鍵も、簡単に破った人。
シャボン玉のように、自由を感じた。

扉の手前、ノブに手をかけ一呼吸。



「…!」



開けてすぐ目に飛び込んできたのは、最近はもう見慣れた頭。

きれいな銀髪、仁王雅治。

まさか、仁王がシャボン玉の人…?
でも仁王はシャボン玉を吹いてないし、パッと見持ってもいない。

ただフェンスにもたれて座ってる。



「ん?どした?」



勢いよく入ってきたあたしに少なからずビックリしたんだろう。

周りを見渡しても、仁王以外誰もいない。



「や、なんか下にいたら、シャボン玉が飛んできたから…。ここかと思って…。」

「追ってきたんか?」



コクリと頷くと、仁王は笑った。

晴れやかな笑顔というわけではなく、ただ軽く笑う感じ。含み笑いのような、でも決していやらしくない。
この人特有の、この微笑み。



「どこからだったんかのう。」



違うとこから…だったのかな。

でもそうだよね。
だいたい、仁王がシャボン玉なんて絶対吹くはずない。似合わなさすぎ。



「それ、」



仁王はあたしの右手が握り締めているものを指差した。
指すらきれいに見えた。



「シャボン玉か?」

「う、うん。こないだここで拾ったの。」

「ほーう。じゃあ、吹いてたのはそれの持ち主かもな。」



少し楽しそうな仁王の声。そんな聞き分けができるほどしゃべってるわけじゃないけど。



「な、なんで?ここにいるの?」



自分こそ、なんで話題を繋げようとしてるんだろ、なんて思った。でも今、仁王という人物にあたしは興味があって。こないだまでとは明らかに違う自分がいる。



「今日は風紀委員立っとる日じゃろ。面倒じゃき、その前に来てここで寝とった。」



なるほど。仁王のその髪なら100%引っ掛かる。



「お前さん引っ掛かったじゃろ。」

「え?なんで…?」

「スカート。いつもより長いぜよ。」



慌ててスカートの丈をまた短くした。長くてダサいのを見られて恥ずかしくて。

でもそれより、いつものあたしのスカートを見られてたようで、そっちの恥ずかしさのが強かった。

あたしの行動にまた仁王は笑うと、ゆっくり立ち上がった。鞄を持ってこっちに歩いてくる。



「よし、いいもんやろう。」



ニヤっと笑いながら、仁王は鍵を差し出した。



「なにこれ?」

「ここの鍵。」

「屋上の鍵!?な、なんで持って…!」

「ヒミツ。それ使ってここで吹いたらいいぜよ。シャボン玉、好きなんじゃろ?」



なんで鍵なんかくれるのかとか、そんなことよりあたしの頭にいっぱいだったのは、

シャボン玉より、仁王のほうがシャボン玉だ。



「もう一個持っとるき、返さんでいいよ。」



だって、唖然としてるあたしをふんわり笑ったかと思うと、あっとゆう間にいなくなってしまったから。


鍵を握りしめながら思った。やっぱりシャボン玉は、仁王が吹いてたんじゃないかって。

学校の規則もここの鍵も簡単に破った彼は、自由で。

前に丸井が言ってた、仁王はすぐいなくなるってやつ、彼らしくて。

あたしが仁王に持つこの興味が、
憧れなんじゃないかって。

一瞬、感じた。

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