11 二つのケーキと一つの興味

今日は初めて朝練を見にきた。丸井と約束したし。ちょっと弦一郎がうれしそうで気持ち悪かったけど。



「茜、ボーッとするな!ボール拾いせんか!」



ほら、すーぐ調子に乗る。そのちょっとうれしそうな声のトーンやめてってば。
不貞腐れながらもボールを拾ってると、柳と目が合った。

そのニヤって顔、やな感じね。
全部お見通しなんでしょ。



「おーい、茜。」



最近聞き慣れた声で聞きなれない言葉を耳にした。
徐に振り向いたら丸井だった。



「無視すんなよ。」

「あたし?」

「へ?お前、茜だろ?何、自分の名前も忘れたの?」



思いっきしバカにするよーな目で見られた。だって今まで名字で呼んでたから、なんか違和感ある。



「ま、いいや。てかお前、なんか忘れてねぇ?」



忘れ物?

ジャージ着てるし、運動靴履いてるし、ちゃんとボールも拾って…、

てかなんであたし部員みたいなことしてんだろ。弦一郎にちゃんと着替えてこいコート内は運動靴必須だって言われて、思わず着替えちゃった自分が恨めしい。



「バーカ、差し入れだよ差し入れ!」

「…お前の頭は食うことしかないのか。」

「なんか言った?」

「いえ。」

「んじゃ、ケーキ、頼んだぜ!あ、ガムも忘れずに。」

「ちょ…、」

「シークーヨーロ!」



でたよシクヨロ。満面の笑み。これ出されたらあたしに拒否権はなくなる。

ダメだ。まずすぎる。このままだとテニス部連中にこき使われてしまう。



「茜先ぱーい!ポカリもよろしくっス!」



遠くから叫ぶ赤也。元気いっぱいでかわいいが、かわいくない。

あたしはこのままどんどんテニス部ペースにはまっていく気がする。

ちらりと柳を見ると、またニヤっと笑われた。
やっぱテニス部嫌いだ…!



とりあえず逆らえなかったので、近くのコンビニでケーキとガムとポカリを買ってきた。



「先輩ありがとっス!」



戻ってきた途端走り寄ってきた赤也はかわいいが、……かわいいな。

よしよし、と頭を一撫ですると、ムッとした顔をして、笑ってしまった。弦一郎が可愛がる気持ちもわかる。本人たちは否定するだろうけど。

丸井にも届けないと……、
すぐに見つかった赤い髪に近寄ると、女の子数人に囲まれてた。その手には、ケーキを持ってる。きっとその女の子たちからもらったんだろう。うれしそうに食べてる。
あたしのケーキはいらない…のかな。

…なんだこの気分。あたし、落ち込んでる?まさか、…ねぇ? あれだ、ケーキが無駄になっちゃったからだ、うん。自分で食べよう、うん。ここじゃ気まずいから向こうで、うん。



あたしは少し離れた水飲み場までやってきて座った。
袋から2つのチョコケーキを出す。

何が好きかわかんなくて、とりあえず万人受けのものを買ってきた。ついでにあたしのも。こんな朝からケーキ2つはきついんだけどなー…、



「マネージャーはおやつタイムか?」



口をあんぐり開けたところで、聞き覚えのあるようなないような声と独特の空気を感じた。

振り向くと、仁王。

ビックリしすぎて一瞬心臓が止まって、いや止まりはしないけど、ツッコミを忘れた。マネージャーという単語に。



「あ…、えーっと、丸井にケーキ頼まれたんだけど…!あいつ、今他のケーキ食べてるから、もういらないと思って!」

「あいつはいつも餌付けされとるからのう。」



仁王は水をごくごく飲んだ。今日はちょっと暑いから、汗いっぱいかきそう。



「あ…、よ、よかったら仁王くん、食べる…?」



あたしがこんな自然に話せるなんて。この仁王相手に。…ちょっとカミカミだけど。
さっきからうるさい心臓に、自分が一番ビックリ。



「んー、俺甘い物苦手じゃき。」

「そ、そっか。」



甘い物が苦手。なるほど。プチデータ入手。
…って、柳じゃないんだから。



「ありがとな。」



初めて向けられた笑顔に、顔が熱くなるのがわかった。女子生徒諸君はみんなこんな気持ち?

きれいな銀髪を揺らして走り去る姿は相変わらず見惚れる。

仲良くなりたくなかった人のはずなのに。うまくもしゃべれないのにまだいてほしかったと思ってしまってる自分がいて、しばらく立ち尽くした。

たぶんあたしは仁王という人に興味があるんだ。
丸井にしてもジャッカルにしても赤也にしても、わかりやすいし、話しやすい。柳だって、あの頭ん中を覗いてみたいぐらいだけど、だいたい考えてること、性格は掴める。

でも仁王はわかんない。ミステリアスというか、そこまで話してないからかもしれないけど。
理由はどうあれ、今までと違って興味が出てきたのは事実。

ようやくあたしの身体が自由になったところでケーキを食べようとすると、



「あー!!」



最近聞き慣れた声で、叫ばれた。
その声のほうを向くと、今度は丸井がいた。



「お前!それは俺んだぞ!」



…あたしが買ってきたんですけど。
つっこむ暇もなく、瞬時にケーキを奪われた。



「…丸井はやっぱ鼻利くんだね。」

「なんだその動物的扱い。仁王が、こっちでマネージャーが俺のケーキ独り占めしてるって言ってたんだよ。」



ま、俺は鼻も天才的だけどなーってもぐもぐ言う言葉を遮り、あたしはマネージャーじゃないと叫んだ。さっき仁王につっこめなかった分も含め。

丸井のこと、仁王が呼んでくれたんだ。
彼はあたしが考えてたよりずっと、いい人なのかも。



「なればいーじゃんマネージャー。」

「いやだ。」



今んとこね。
マネージャーって響きがいいからだよ、
悪くないかもって思ったのは。

結局丸井はあたしの分までケーキを食べた。食いすぎだ。

その後、丸井もごくごく水を飲んでるのを見て、今度でかいポットに麦茶でも用意してやろうかなって思った。



「そういや、テニス部ってなんでマネージャーいないの?希望者いっぱいいそうだけど。」

「んー、なんか部長の方針らしいけど。」

「じゃああたしも無理じゃん。」

「いや、お前は大丈夫だろぃ。」

「何、その自信。」

「だって俺らもう友達じゃん。」



いきなり何言ってんだって思いつつ、はっきりと友達だと言われたことに擽ったくなった。

友達ってそんなはっきり言うもんじゃないし、第一、答えになってない。

でも喜んでるあたしがいる。



「さーて、早く戻んねーと真田がうるせーぞ。」

「あたしも?」

「当然。コートまで競争!負けたらプリン!」



そう言って丸井は走りだした。

揺れる赤い髪は、さっきの彼とはまた違うきれいさがあった。



「…はっ!ずるい!」



完敗でした。

ケーキ×2、ガム、プリン。
本日の餌付け。

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