10 パパと娘

「茜の両親が…?」



決勝戦、見事勝利を収めた我が立海大附属。打ち上げもそこそこに、帰宅したのは8時を過ぎていた。

疲れて眠気も襲ってきているところに、母親から聞かされた衝撃的な今日の出来事。



「それでね、茜ちゃんがまだ家に帰ってないらしくて。」



駅前にいる、もう少ししたら帰る、との連絡も入ったらしいが、

疲れ切った足を動かし、家を飛び出た。

ただ今朝のこと、それの後悔ばかりをしながら走った。



駅に着く手前、

歩道橋に、茜はいた。



「あ、弦一郎ー!」



元気よく手を振ってみせるのは、精一杯の強がりだろうか。



「何を…しているのだ?」

「電車見てるんだよ。」



確かにこの位置からなら電車はよく見える。そんなに電車好きだったとは、知らなかった。

どんな言葉をかければいいかわからず、しばらく沈黙が続く。

先に口を開いたのは茜だった。



「昔よく、ここで会社から帰ってくるお父さん待ってたんだ。」

「…!」

「今日もここから見送った。」

「そ、そうか…。」



うまく慰めの言葉一つでもかけられればいいのだが、何も言えずにいた。そんな自分が悔しく、情けない。

茜の顔は、よく見ると泣き腫らしたような跡があった。笑ってはいてもきっと大泣きしたに違いない。

思えば、俺は今まで茜が泣いているところを見たことがない。小さい頃から、女子にしては我慢強かった。俺とは違い、いつもへらへらしていい加減でいて、でも意地っ張りな面のある、強いやつだった。



「弦一郎、ありがとね。」

「いや、俺は礼を言われることなど何も…、」



不器用な自分を激しく恨んでいるというのに、茜は実にうれしそうに笑う。それこそがこいつの、一番の強みだと思った。



「お迎えご苦労さんってこと。帰ろ。今日の試合の話、聞きたい。」



圧倒的強さを見せつけ試合に勝ち、立海大附属は王者に返り咲いた。その喜びの間、茜が一体どれほど悲しみに打ち拉がれていたのか、想像もできず。

今朝の茜。あれは、助けを求めていたのでは。あのときすでに茜は追い詰められた状況にいたのでは。

何故ほんの少しでも話を聞いてやらなかったのか。自分のことだけを考えてしまったのか。友人失格かもしれない。



「茜。」

「ん?」

「その…、お前は一人っ子だ。」

「うん。」

「つまり、明日からは母親との二人暮らしなのだな。」

「そーなるね。」

「うむ。しかしこの世の中だ、母子二人暮らしは何かと不便さがあるように思う。」

「あ、確かに。」

「お、お前もそう思うな?」

「電球換えるのとか、窓拭きとか、草むしりとかトイレ掃除とか、今まで全部お父さんがやってた!どうしよう。」



何か違う気もするのだが…。いや、やはり母子家庭では大変なことばかりのはずだ。



「そ、それでだ。その…、」

「うん。」

「つまりだな、」

「何。」

「よ、要は…、」

「だから何よ?はっきり言え。」

「お、…俺を、頼ってほしい。」



普段口にすることのない言葉とその意味なだけに、羞恥心が込み上げる。まだまだ精神修行が足りんな…。



「さ、幸い、うちの家族には男子が多い。」

「……。」

「その、…なんだ、電球の付け替えぐらいならば、すぐに駆け付けることができるぞ。い、家も隣だしな。」

「……ぷっ…、」

「む?」

「あっはっはっは!」



固まったままの茜だったが、いきなり吹き出して笑い始めた。爆笑の類いに入るだろう。
いつになく早口な俺を笑っているのか?



「な、何がおかしい!」

「いやいや、なーんにも!ははっ。」



茜は後ろに回り込み、背中をぐいぐい押す。



「さ、早く帰ろ!お父さん!」

「お、お父さんではない!」

「えー?見た目もバッチリ父親っぽいよ。」

「違う!お前は何か勘違いを…!」

「うっさい!早く行くよ。今日はトイレ掃除の日!」

「ト、トイレ掃除!?」

「頼りにしてるよ?おとーさんっ。」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



これが一年の頃の出来事。あのときは弦一郎が迎えに来てくれてうれしかったな。

あのときだけじゃない。朝迎えにきてくれること。めんどくさいはずなのに。部活忙しいはずなのに。



「弦一郎はそのときのことを今でも忘れられないそうだ。」

「そっか…。」

「そのときのことってなに!?」

「気になるっス!」



後ろから丸井と赤也が割り込んできた。
忘れてた。いたんだよね。ついつい弦一郎主演回想シーンに夢中になってしまった。



「お前も少し甘えてみてはどうだ?“娘”らしくな。」



あいつは頼られると喜ぶぞって教えてくれたけど、
そんなの幼なじみのあたしが一番知ってるもん。

あたしもすっかり忘れてたけど、あのときから弦一郎のこと、お父さんとか呼んだりするようになったんだっけ。
まぁ確かに老けてるからってゆう理由もあんだけどさ。

大切な約束、忘れてた。
思い出させてくれてありがと。柳。



帰り道、丸井にこっそり打ち明けた。あたし、テニス部が苦手だったって。
言わないつもりだったけど、ここまできたら言わざるを得ない。



「そーなの?まぁでも今は仲良くなったし平気だろい!」



その理由も聞かなければ嫌な顔一つもせず、さらっとポジティブな励ましをもらった。だからか、あたしは否定できない。

丸井たちと知り合えたこと、今はちょっとうれしい。



「明日練習見にいこっかな。」

「おう!待ってるぜ。」



可愛らしい笑顔で言ってくれた。

その顔にキュンときたのは内緒。

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