09 あの日

「来たか。お茶を用意しておいたぞ。」



柳の家に着くと、涼しげな顔でそう言われた。今日辺り来るだろうと踏んでたって。

ああ、得意の確率ですかい。あたしも最近は数学得意だよ。



「これ、何なのよ。」



赤也から奪ったプリントを突き出した。



「上野茜生態調査だ。」

「見ればわかります。じゃなくて、何でこんなの作って!」



今にも飛び掛かりそうなあたしをジャッカルが抑える。



「お前の情報があれば皆も接しやすいと思ってな。」

「それも弦一郎の頼みなわけ?」

「いや、俺の判断だ。弦一郎からは、お前が一人暮らしすることになったから気に掛けてやってほしいと、頼まれただけだ。」

「…ほんとお節介。」

「何分お前は部活にも入っていないので、男子との接触がない。人見知りも激しく男友達もほとんどいないしな。そんな中、女子一人暮らしは非常に心細いだろう。」



心細いのは、当たってる。
構ってもらえるのもちょっとうれしいけどさ…。



「みんなで一緒に守ってやってほしいって、頭下げられたんだよ。」



後ろから丸井が付け足した。

弦一郎が?あたしのために頭を下げた?

長いこと幼なじみやってるけど、初めてだ、そんなの。

なんだか胸が痛いというか、ぎゅうってなった。



「なんで弦一郎はそんなに自分のことを気にするのか、」

「…!」

「そう思ってるのだろう?」



心の中を完璧に読まれた。やっぱこの人、神かも。



「心当たりはないか?」

「…幼なじみだからでしょ。」

「少し補足が必要だな。一年の頃、お前の周りで起きた出来事、だ。」



一年の頃の出来事。

あたしにとって忘れられない、あの日。

そのことを柳は言ってるのだと、すぐ気付いた。



二年ほど前の話。
家がお隣さんの弦一郎とあたしは、仲良く立海に入学した。

嘘です。たまたま、です。

実は小学生の頃、あたしと弦一郎はそんな仲良くなかった。小さい頃は一緒に学校も行ってたけど、学年が上がるにつれて、なんか男の子と一緒にいるのが恥ずかしくなって、

だから、あの弦一郎がテニスに夢中になってること、
ましてや立海を目指してるなんて、ちっとも知らなかった。

合格した日はすーっごく久しぶりに弦一郎んちでご飯を食べた。あたしと、お母さんも一緒に。

そのとき弦一郎は聞いてきたんだ。おじさんはどうした?って。祝いの席なのに…って。たるんどるは、このぐらいの時期から使ってた気がする。

すでにあたしは、小さいながらも覚悟してた。いろいろと。でも弦一郎には言わなかった。

それより弦一郎と久しぶりにいっぱい話したことに、あたしは夢中になってた。テニスのこと、立海大附属がどれだけすごいかってこと、そこで自分は頂点を目指すって、語ってた。うざいぐらい。

あたしもちょっとテニスに興味が出てきて、たまに試合も見に行ったこともあった。こっそり。学校の友達とも仲良く、楽しく過ごしてた。

それで夏休み。あの日。

ついにあの日が来ちゃったんだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「では、行ってきます。」



今日は全国大会決勝戦。相手が前年の覇者だろうがレギュラーに選抜されたからには負けるわけにはいかん。


気を引き締め家を出た。



「弦一郎。」



その直後、後ろから自分の名前を呼ぶ声がした。



「ああ、茜。」



朝からうだるような暑さ。とはいえ、茜の格好はあまりに軽かった。たるんだ格好だ。



「あのね…、」



茜の目は、肩に担がれたラケットバッグに行く。



「…あ、今日、試合?」

「ああ、言ってなかったな。今日は全国大会決勝だ。」

「レギュラー…なんだっけ?」

「そうだ。」



確かめるように話す茜に違和感を感じながら、
そういえばここ1、2ヵ月。練習が忙しくてほとんど茜と会話をしてなかったことに気付く。全国大会真っ最中なことや、一年ながらにレギュラーを勝ち取ったことすら言っていなかった。



「そっかそっか、すごいね弦一郎は。」



笑いながら言ったものだから、微妙な変化に気付けなかった。
それよりも試合に勝つこと。それだけが頭を支配していた。



「まぁ、当然だがな。」

「うわぁ、なにその自信。」

「フン。それより、そろそろ行かねば。」

「あ、あー、そーだね。遅刻したら大変。」

「悪いな。」



帰ってから話せばいいこと。

試合のこともレギュラーのことも。ここ最近練習が忙しかったと、帰ってから話せばいい。

茜に背を向けて歩きだした。

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