「もちろん。」
「もう顔が笑ってんぞ。」
「ごめんごめん。」
ブン太があまりに一生懸命だから、そんな必死なところ、見たことなくて。うれしくって、笑っちゃうんだ。
今日は、ガム噛んでないね。ガム噛んでないと集中できないんじゃなかったっけ。
でも変なの。ガム噛んでないのに、あの甘い匂いがする。雨の湿気臭い匂いの中に、ブン太の、やさしい匂いがする。
「俺さ、」
しゃがんでる二人は同じぐらいの目の高さ。立ち上がったら、ちょっとブン太のほうが高い。もっとでかくなりてーってブン太は言うけど、あたしはブン太には、そのままでいてほしい。
今がちょうど、一緒に呼吸できる高さ。同じものを見れる高さ。ブン太と、同じものを感じたい。
「お前のこと、すげー好き。」
最後まで聞く前に、あたしは膝に顔を伏せてしまった。
ブン太の、真剣な表情も見たかったけど、涙で見えなくなるから。こうして耳だけで、ブン太の声を、いつもはガキ臭いのに今日だけはカッコイイ声を、感じたかった。
「ほんと泣き虫だよな。」
「あたしは虫じゃありません。」
「ヒロシかよ。」
今度はあたしの番。赤也くんも、仁王くんも、そしてブン太も、みんなみんな、自分の気持ちは自分で伝えたから。
さぁあたしも、伝えよう。
「笑わないで聞いてね。」
「ちゃんと聞くよ。」
「もー笑ってるしー。」
「いや笑ってねーよ!真顔だろい!」
だんだん雨が上がってきた。この季節は一度降り出したら止まらないのに。薄日が射して、さぁ、早く言いなさいって言われてるみたいだ。
「あたしは、仁王くんのことが好き、でした。」
知ってたはずなのに、しっかり落ち込んじゃうブン太が可愛くて。笑いそうになる。意地悪してごめんね。
「それが仁王くんに対する気持ち。」
「…そっか。俺は?」
「ブン太は、気も合うし、一緒にいてすごい楽しくて、落ち着くし。」
「うん。それは俺も思う。」
「でも何だか最近、落ち着かなくて、」
「えぇ!?」
あからさまにうろたえるブン太がまたおかしくて。さっきから意地悪してばっか、ごめんね。
でもね落ち着かないんだよ、今君といると。
「そわそわして、落ち着かなくて、息ができないぐらい、心臓も速くなって。」
「……。」
「でも、ブン太の声聞くと安心して、ブン太の甘い匂いがすると居心地よくて、ブン太の後ろ姿を見るのは寂しくて。」
「お前…、それって!」
ブン太はいきなり立ち上がった。いきなりだから一瞬立ちくらみがしたんだろう、よろめいた。
見上げたブン太の顔は、喜々として輝いてて、子供のように可愛くてかっこよかった。
「お前俺のこと、好きなんだろ!?」
普通そーゆうこと聞く?相変わらずポジティブというかねぇ。何より、人の告白の最中ですよ?話ちゃんと聞くって言ったのにさ。ほんとにもー……、
「…………好き。」
あたしが小さく呟くと、ブン太は何も言わずに上がりかけの雨の中、屋上を駆けていって、フェンスにしがみついた。…え?え?どーした?
「やったぁぁーぃ!!」
両手を上に突き上げ、空に叫んだ。校庭どころか、付近の住宅にも響き渡るほどのバカでかい声で。
「両想いぃ!やっほぉい!!」
ブン太の突然の行動に、あたしはア然。でも少しずつ、頬が緩んできたのがわかった。
あんなふうに叫ぶ姿はほとんど子供。学校中聞こえてるんじゃない?もう授業始まる時間なのに。ほんと、バカだねー。
なのに愛しくて、たった十数メートル離れただけなのに、寂しくなって、あたしも雨の中、走った。ブン太の元へ。
軽く体に当たる程度の雨。薄日が徐々に広がって、もうすぐ雨が止みそうだった。
「ブン太っ。」
「…うぉ!?」
走って、後ろから抱き着いた。
今ならわかるよ。抱きしめたい気持ち。
ブン太はくるりと振り返り、あたしを正面から抱きしめた。
「好きだ。大好き。」
「知ってるよー。」
「知ってても、何回も言ってやる。千夏が好きだ。」
お互いぎゅーって、負けないぐらいに抱きしめあった。
何だか信じられない。出会った日は、たしか試合の帰り道のミスド。ブン太、赤也くん、仁王くん、柳生くんに桑原くんがいて。赤也くんに、ブン太よりドーナツ食べてるって言われて。気合いそうだなって。
やっぱり仲良くなれて、あたしは仁王くんを好きになったけど、いつも傍にいてくれて。
「ブン太、これからもよろしくね。」
「おう!シクヨロ!」
眩しいぐらいのこの笑顔とあったかい優しさに、次第に惹かれていった。好きになっていった。
こんな、中学生の中のたった数ヶ月。その間の、小さなことかもしれない。このとき何が起こったのか、大人のあたしは覚えてないかもしれない。
「…なーんか、さっきから変な感じがしてたんだけどよ、」
「?」
「俺、ガム噛んでなかった。」
気付いてなかったの?あたしでさえ気付いてたのに?そう思って思わず噴き出したら、何笑ってんだよって、拗ねるブン太がまた可愛かった。
それぐらい必死だったってことだよね。ありがとう。
ブン太はポッケをガサゴソ漁ると、ガムを一個取り出した。いつものグリーンアップル味。それをじっと見つめるブン太。
「一個しかねーな。」
「ブン太食べなよ?」
「いや、」
ブン太はガムの包み紙を開けると、半分にちぎった。
「ほら、食いなさい。」
「え?いいの?」
「うん。お前この匂い好きなんだろ?居心地いいって。」
いやぁ、そーゆう意味じゃなかったんですが。
おいしそうにもぐもぐガムを噛むブン太。半分しかないのに、それはそれはきれいに風船が膨らんだ。それを見てあたしもガムを頬張る。ブン太の味が、口に広がる。
このときのことを、大人のあたしは覚えてないかもしれない。あたしの人生の、すんごくちっぽけなことかもしれない。
でもあたしには、かけがえのないもの。隣にいるブン太と、このガムみたいに気持ちを分け合って、仁王くんや、赤也くんたちとも、新しい思い出を作っていく。
あたしたちの日々は、まだまだ続くんだ。
[戻る]