たぶんまだ、屋上にいるんじゃねーかなと思って、俺は屋上に駆け登った。そして、勢いよく扉を開けた。
「…れ?千夏?」
誰もいなかった。威勢良く飛び込んだのにかなりマヌケだ。どこ行ったんだ?昼休みがもーすぐ終わっちまうのに。とりあえず電話…、
がねぇ!なんで!鞄だっけ?もしかして落とした?クッソーこんなときに…!でも探してる暇はねーし。
待て待て、落ち着け俺。冷静に考えたらあいつは教室に戻ったんじゃねーか?そうに違いない。よし、んじゃA組に戻る…、いやそれもだめだ。A組には真田がいる。どーしよ…。
―キーンコーンカーンコーン…
迷ってるうちにチャイムが鳴った。タイムアウトだ。教室戻るしかねーか…。
せっかく告白するぞって気合い入れたのに。その気合いが空回り、俺は意気消沈して階段を下りていった。
あー、アホらし。そういや赤也が辞書返せっつってたな。早く戻らねーとあとでうるさいからな……。
「ぎゃっ!」
「ってぇ…、」
走って戻ってる途中、廊下の曲がり角でぶつかった。俺は尻餅をついて、でも頭ん中はスローモーションみたいに。おとといのことを思い出した。
あれ?これデジャヴ?…じゃねーな。目の前に、俺同様尻餅をついて、見えそうになったパンツを必死で隠そうとしてるやつがいた。
俺の探してたやつだった。
「…あ、ブン、ブン太…、ごめん、またぶつかっちゃったね。」
恥ずかしそうに笑って頭を掻きながら謝る声は、すげー久々に聞いた感じ。
探してたやつで、こいつに話があるわけで、なんか言わねーとって思っても、なんか言葉が出てこねーの。
さっき見たショッキングなこととか、こないだ失恋したーって泣いてたこととか、そんなんは頭からスーッて、消えてく感じで。
それよりも、二人でバイキング行ったこととか、プリクラのこととか、出会った日に行ったカラオケでのこと、ドーナツのこと、かくれんぼしたときのこと、遊園地で手つないだこと、帰り道、抱きしめたこと。
そんな、俺が今まで大切にしてきたこいつとの思い出が、ワァーって、蘇ってきて。こいつのことが、すごいすごいすごい好きだって、ガーッて感じで、胸のあたりに込み上げてきたんだ。
今なら言える。叫べる。予鈴は鳴ったけど、そんな学校のルールは置いといて。
俺の中のルールは一つ、負けねーこと。
「千夏、ちょっと来て。」
「…は、はい!」
俺は千夏の手を引いて、来た道を戻った。行き先は屋上。
ごめんな、仁王。ちょっとだけお前の場所、借りるぜ。なんかここだと、勇気出そうだから。
“気のせいでよかったのう”、なんて言って嘘だったけど。“50ちょいじゃな”、そう騙されてたけど。
“がんばりんしゃい”って言ってくれた、あの言葉は嘘じゃねーだろい?
俺が勇気を胸に、屋上の扉を開けると。
ザーッと。すぐ目の前も霞むほどの大雨が。
「…何これ雨?」
「…雨だね。さっきまですごく晴れてたのにねぇ。」
嘘だろ。天まで俺を見放したか…。今廊下に出たら、間違いなく先生たちに見つかる。どーする……。
とりあえず軒下づたいに屋上に出て、扉は閉めた。雨が校庭中を濡らす。今日は筋トレかーなんて、ぼんやり思った。
「ブン太。」
「お、おう。」
「これ…、」
千夏は赤い携帯を差し出した。見覚えのあるこれ。パカっと開いて確認すると、俺と千夏のプリクラ。うん、これは俺のだ。…やっべー…!
「さっきブン太落としてったって。仁王くんが拾ったんだけど…、」
「お、おお、サンキュー…、」
あんのヤロー、イッチバン見られたくないやつに渡しやがって。絶対わざとだろ!
「み、見た?」
「…見ちゃった。」
照れながら笑う千夏は可愛かったんだけど。俺は恥ずかしくてキモい自分を消したくて、頭を抱えて下にしゃがみこんだ。
そしたら千夏も、隣にしゃがんだ。
「…ひいた、よな?」
怖いけど、聞いてみた。俺なら、付き合ってもないやつにそんなことされてたらひく。確実に。もうそいつとは目も合わせたくなくなるぐらい。
俺が怯えてるのがわかったのか、千夏はあははっと、おかしそうに笑った。
「わ、笑うなよ。」
「ふふっ、ごめん、全然、」
「え?」
「全然ひいてない。」
俺の目をまっすぐに見つめて答えた千夏は、出会ったときより、きれいになった気がする。…おいてくなよ。俺なんかまだまだガキなのに。
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