行ってすぐわかった。あ、雰囲気やべぇって。
「今更じゃ、信じられんかも。」
「何が。」
仁王先輩もブン太先輩も、かつてないほど険悪なムード。えーっと、俺帰ったほうがいい?
「さっき俺は、あいつに好きって言った。」
表情一つ変えずさらっと仁王先輩が言うもんだから、危うくスルーするとこだった。
「ついに告ったんすか!?」
思わずデカい声で仁王先輩に聞くと、二人に同時に睨まれた。あ、俺が口挟むとこじゃなかったっすね。スンマセン黙ってます。
「でもあいつからの返事は聞いとらんから。」
「…は?」
ブン太先輩は思いっきり仁王先輩を見た。てゆうか、睨んだ。その目には怒りやら驚きやらいろいろ含まれてるみたいだった。…何だか状況が読めてきたな。
「あいつは今俺が好きかどうかは言っとらん。」
「はっ、今更嘘つくんじゃねーよ。全然うれしくねーし。」
「嘘じゃない。俺の話を聞いた上で、俺のこと好きかどうか、よく考えんしゃいって、」
「なんでお前はいつもそーなんだよ!」
ブン太先輩は立ち上がって、仁王先輩の胸元を掴んだ。身長差10センチはあるから、見上げる形。普段は愛嬌のある目が仁王先輩を鋭く突き刺す。
「あいつがお前のこと好きだってわかってんだろ!なんで聞いてやんねーんだよ!」
「だから好きとは言ってないって。」
「俺は聞いた!」
「それは前の話じゃろ。」
「屁理屈言ってんじゃねーよ!」
だんだん激しさを増すブン太先輩の声に、クラスの皆サンが注目しだした。いつも仲良し(?)な二人がこんなんなってて、みんな不思議なんだろうな。でも誰も止めようとしない。当たり前だけど入り込めない。
俺はというと、かつてない二人にア然としちまって、クラスの皆サン同様に動くに動けない。
「あれか、どーせ千夏は自分を選ぶって自信があんのか?」
「違う。」
「じゃあ俺に遠慮してんの?」
「違う。」
「じゃあなんだよ。俺は…、お前のそーゆうとこが大っ嫌いだ!」
ブン太先輩は駄々をこねるガキのように、叫んだ。怒りに満ちてるはずなのに、どこか泣いてるようにも見えた。
「いつも適当なことばっか言って騙すし、嘘つくし、カッコつけてんだかなんだかしらねーけど、大事なときに知らん顔するし!」
ああ、ホントに泣いてるんだ。心が。ブン太先輩の気持ちが痛いほど伝わってきた。
俺は先輩たちがうらやましかった。
バカ騒ぎする度に、もう一年早く生まれてきてりゃって。その理由が、すげーノリの合うブン太先輩と、器用でかっけー仁王先輩。一見合わなそうな二人が、実はどっかで認め合ってる。
三強よりワンランク下の立ち位置としてライバルでもあるのに。ブン太先輩のワガママにもなんやかんや付き合っちまう仁王先輩。仁王先輩を胡散臭いとか言いつつ結局は信じるブン太先輩。テニスしてるときもしてないときも、お互い一目置いてるのはわかってた。
そんな先輩たちがすっげー魅力的だったから。でもそんな二人は崩れかけてる。俺も泣きそうだよ、先輩。
「もう、俺はあいつのことはいいから。お前があいつと付き合えば…、」
ブン太先輩の言葉を遮って、クラスの女子のきゃあと言う声が響き、俺は、あちゃーとため息をついた。
仁王先輩が、ブン太先輩を殴ったわけ。昨日自分が経験したのと同じ。いや、それより強く見えた。容赦ねぇな、相変わらずこの人は。
「俺もお前のそんなとこが大嫌いじゃ。」
仁王先輩が呟いた。今度は、仁王先輩が泣きそうに見えた。
「誰よりもワガママなくせに何物分かりのいい振りしとんじゃ。そんなお前は大嫌いじゃ。」
「……。」
ああヤバイ。乱闘の予感。隣のクラスには鬼より怖い真田副部長がいるのに。副部長が来たら俺は逃げよう。逆隣のC組に今は幸村部長がいなくてよかったぜ。
「お前だけじゃろ。自分にケジメつけてないの。」
「…今更じゃねーか。」
「俺だって今更。でもここでまた逃げたらダメだと思って言った。お前はそれすらできんのか?かっこ悪。」
ブン太先輩は俯いた。なんかマジで小さい子みたい。さっきまで威勢良く吠えてた先輩とは思えねー。
たぶん、仁王先輩に殴られたことがショックとかじゃねーな。“大嫌い”、これだな。
「何をしている!」
ガラッと、前の扉が開いたかと思うと、ハイきたー!恐怖の真田副部長!俺はすぐさま机(知らない先輩のだけど)の影に隠れた。見つかりませんよーに!
「お前ら、何やったかわかってるんだろうな!」
「…ちげーよ、真田。」
俯いてたブン太先輩が答えた。
「これは喧嘩じゃねーし。な、仁王。」
「そう、」
たぶん、と仁王先輩が呟いたのは真田副部長には届いてない。
「だらしねー俺に、喝入れてくれたんだよこいつ。」
その言葉を聞いて、俺はもうこの二人は大丈夫だと思った。
いつもの二人に戻れる、いや、もういつもの二人だって、そう思った。そう信じた。
「どっちにしろたるんどる!」
きたな、真田説教会開会のお言葉。
俺の出番すね。
「まーまー副部長。その辺で…、」
「赤也!お前はまた3年の教室に無断で入ったな!」
「いやいやさっきからいたっす!…無断で入ったのは当たってるけど。」
真田副部長の怒りの矛先が俺に向かったのを見て、ブン太先輩は横すり抜けて教室を出ていった。つまり俺見捨てられました。
そして入口から軽く頭を出した。
「仁王に赤也!サンキュー!俺、やっぱお前ら大好きだ!友達だな!」
照れもあったんだろう。そのまま走っていった。
真田副部長は自分の名前がなかったことにへこみつつ、追いかけようとしたけど、仁王先輩が腕を掴んだ。
その仁王先輩の顔は、いつもみたいに軽く笑ってた。この余裕の表情、仁王先輩の魅力の一つ。
真田副部長も、それを見て諦めたらしく、大人しくなった。普段は規律とか厳しい怖い人だけど、まぁそこそこ空気も読めるとこあるんだな、意外だけど。
仁王先輩もだけどやっぱり一個上は、みんな個性的でバラバラそうに見えて、それでも認め合ってるってゆーか、友情にアツイってゆーか。いーよなー俺にもそんな同級生ができれば……、
「真田、いいこと教えちゃる。」
「なんだ?」
「赤也、おとといの英語のテストで赤点だったぜよ。答案用紙も捨てとった。ほら、コレ。」
仁王先輩は、いつの間に持ってたんだか、ズボンのポケットからくしゃくしゃの紙切れ、つーか俺の答案用紙を出した。16点のやつ。
友情に、アツイ?前言撤回。いや、俺は後輩だから除外?そんなヒドイ。
「仁王先輩!それは…、」
「赤也ぁぁー!」
「ひぃぃ!」
この後、俺は真田副部長にこってり絞られた。なんか、結局、俺最大の被害者じゃねーの?でも……。
“友達だな!”、だってさ。
まぁまぁいいことあったし、よしとしよう。
「赤也、俺嘘つかんかったよ。」
「そーみたいっすね。エライエライ。」
嵐のような真田副部長が去った後、お詫びっつって、仁王先輩が俺にガムをくれた。ブン太先輩じゃないんだから別にうれしくはないんすけど。
せっかくだから食べた。
「なんじゃ、随分と上からじゃの。」
「べっつにー。あ、でも一個嘘発見。」
俺の風船ガムは、あの人ほどじゃねーけど上手く膨らんだ。そんで得意げに横を見ると、仁王先輩はブン太先輩以上にきれいに風船が膨らんだ。…ほんと器用だよな。
「仁王先輩、ブン太先輩のこと大好きっしょ。ガキっぽいとことかも全部。」
「…そっちの気はない。」
「またまたー、照れちゃって。」
「ほーう、次は何をばらされたいんじゃ。」
「スンマセン。調子乗りました。」
二人して笑った。あのあと、ブン太先輩がどうしたのか、千夏さんがどーゆう答え出すのか、この人は、わかってんのかな。
寂しそうに、でもうれしそうに笑うんだ。
「今の仁王先輩なら、大丈夫っすよ。」
俺よか背の高い仁王先輩の背中をバンっと叩いた。襟足に伸びるうらやましいほどの直毛が目に入って。
嘘つくことも逃げることもしなかった今の仁王先輩は、やっぱり俺のうらやむもの全部持ってるって思った。
「ありがとうさん。フラれ男一号。」
「一言多いんすよ。二号。」
「まだわからん。」
「へーへー。」
同時に予鈴が鳴った。ブン太先輩、間に合ったかな。
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