act.32 Nioh

「ブン太……、」



両手いっぱいにお菓子を抱えて。屋上でおやつタイムか?鍵は俺しか持っとらんし、連絡もきてない。単に俺がここにいると思ってきたんじゃろ。
俺のところに、来たんじゃな。



「…あー、なんか、俺、邪魔しちまった?…えーっと、」



俺はそのままになっていた腕を解いた。
千夏は、顔は見とらんが、呼吸が止まってるかのように静かだった。



「邪魔…だよな!」

「ブン太。」

「うん!ごめんな!」

「待て。」



ブン太はすぐ屋上を出て行った。俺もすぐに立ち上がって扉に向かうが、あいつの逃げ足の速さは天下一品。すぐ消えてしまった。

ふと下を見ると、俺の足元に、見慣れた携帯が落ちてた。あいつの好きな赤。お菓子は一個足りとも落としていかなかったくせに、こんな大事なもん落とすとは、あいつらしいのう。

とりあえず携帯を拾い上げ、放心状態の千夏のところへ戻った。当の本人は涙すら出ない状態。たぶんもう、どうしようとすら思えない状態。



「千夏。」



余程さっきのことがショッキングだったのか、返事はせず、ただ目だけを俺に寄越した。その千夏の頭に軽く手を乗せる。



「千夏。これから言うことは全部本心。」

「うん…、」

「さっき言ったこと、お前が好きって気持ちは嘘じゃない。まずはそれが前提な。」



また千夏の目から涙が零れた。うれしいのか、苦しいのか。どちらとも言えない表情だった。



「お前が俺を好いとったのも何となく知っとった。でも俺は、涼子と付き合うことにした。」

「…うん。」

「そこで一旦、俺らは終わったわけじゃな。」

「終わった…?」

「そう。俺はお前が好きだった。お前も俺が好きだった。」

「……終わった、うん。そうだね。」

「こっからが重要。今俺は、お前が好き。じゃあお前は、俺のことが“好き”なのか、“好きだった”のか。」



軽く眉間にシワを寄せて、まぁ素直に、俺の言葉を理解しようとしとんじゃな。



「そこんとこ、よう考えんしゃい。とりあえず俺はブンちゃんに誤解解いとくぜよ。まだ未然じゃって。」



ブン太の名前を出すと、絵に書いたように悲しい顔をした。そのブン太の携帯を千夏に手渡す。



「…あいつ、ストーカーの気質あるかもしれんのう。」



携帯をパカっと開けて見せた。待受画面は、プリクラ。千夏とブン太、楽しそうに寄り添って。それを見てまた千夏は泣き出した。ブン太…、と呟いて。

俺は気付いとった。こいつが、ブン太に動きつつあるって。それがいいと思っとった。ブン太とこいつはお似合いじゃ。幸せになったらいいって。

でも不思議なもんじゃな。もう二度と手に入らなくなると思うと、手を伸ばしたくなるんじゃ。
真っ先にこの試合を放棄したのは、赤也でもなくブン太でもなく、俺。素直な気持ちを口にすること自体、間違いだったんかのう。

震えるように泣きじゃくる千夏を見て思った。幸せにしたいとか言いつつ、一番こいつを傷つけてるのは俺。きっとブン太なら、こいつの笑顔をなくすようなことはしない。バカだけど。あいつの、天然の優しさ。

千夏は、ブン太の携帯を握りしめながら泣いて、小さく呟く。



「…さっきの続きだけど、」

「うん。」

「あたしも仁王くんが好き…、だったよ。」

「うん。知っとったよ。ありがとう。」

「仁王くんもありがとう。」

「答え、すぐ見つかりそうじゃな。」



そう、頭を撫でながら言ったら、千夏は優しく笑った。俺は、たぶん最後になりそうなこの行為を惜しむように、笑った。

ありがとうがさよならに、聞こえたから。ちょっと胸が痛くなって、前にこいつが言ってた恋で傷つくってことの意味がわかった気がする。俺が表現できなかった感情の答え。

そう考えると、好きって言ったのは間違いじゃなかったと思える。俺は人の気持ちや自分自身を考えることができたから。
そんなことを考えながら、屋上を後にした。



俺はマイペースじゃし、基本、自分勝手じゃ。だからちょっと、あのまま、じゃあ付き合おうかで丸く収まっとけばよかったかもって、思った。いつものように強引に。

それができなかったのは、俺は、あいつ以上に動揺していたから。



“けっこう可愛くねー?”、そう言われても嘘ついとった。“俺、お前は千夏のこと好きかと思ってた”、そう揺さぶられても騙し続けた。
“言うの遅くなったけど、おめでと”、そうかけられたあの優しさに、甘えとった。



「ブン太。」



俺は息を切らせて教室に入ってった。走ったせいか、汗が背中を伝う。ブン太は、窓際の席に座って頬杖をついて外を眺めていた。



「別に怒ってねーから。」



外を見たまま口を開いた。口を尖らせて、どこが怒ってないんだか。見るからに怒ってますって顔と声じゃろ。



「…ただ、びっくりしたっつーか。まぁあいつがお前のこと好きだったのは知ってたし。お前の気持ちも何となくわかってたし、納得。」



何が納得じゃ。全然、そんな顔してないぜよ。さっきのあいつと同じ、放心状態。



「ブン太せんぱーい、英語の辞書返して…、あ、仁王先輩ちわーっす。」



赤也がやってきた。いつものことじゃけど、3年の教室によくも堂々と入ってこれるのう。

でもこれで、役者が揃った。赤也は瞬時に、俺とブン太が険悪なムードってことに気付いたらしく、何も言わない。でも赤也の目は、また俺に逃げんじゃねぇって言っとるように、感じた。

もう逃げんよ。嘘もつかないし。
俺は昨日までの俺を終わらせたんじゃ。

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