act.31 Nioh

「千夏。」

「ん?あ、仁王くん!」



赤也のやつまったく加減せんかったから痛い。その痛む左頬を堪えながら女子コートに近寄った。運よく千夏が近くにいた。



「あれ?仁王くん、ほっぺどうしたの!?」

「恋の痛手。」

「はい?」

「あのな、ちょっと話が…、」

「仁王何をしている!」



男子コートの方から怒鳴り慣れた怒鳴り声が聞こえた。空気読みんしゃい、オッサン。



「…真田くん怒ってるね。」

「あー…、千夏。明日、」

「明日?」

「昼休み、来てくれんか。」



一瞬、何のことだかわからないといった顔だったが、すぐに笑顔になった。俺の大好きな、千夏スマイル。



「わかった。いいもの持ってく。」



明日になれば、何か変わってしまうかもしれないのに。俺の思ってる明日なんてこないかもしれないのに。今伝えずに明日、その選択が間違いでなければいいが。



翌日。今日は晴天。最近湿っぽかった屋上のコンクリートもそこそこ乾いて。いつものように、フェンスにもたれて座ってあいつを待った。ブン太は食堂にお菓子買いに行ったので俺一人。

ぼーっと、空を見上げるのがたまらなく好き。最近一人でいる時間が増えた気がする。こうやって空見上げる時間が多くなった気がする。ただぼーっと。

ついでに俺は最近、自分がわかりかけてる気がする。自分がどんなやつか、どうしたいんか、わかってきたような気がする。ただ、今までわからなかったと言えば違う気もする。

たぶん、俺の今は、俺の人生の中で米粒ぐらいにちっさなことじゃけど、これはこれでなかったら困るんだと思う。
今までは消えてもいいって思っとった、都合よく忘れたいはずの過去、後悔、過ち、失敗、苛立ち、虚無、全部、欠けたらダメなんだと思う。これからのために。



「こ、こんちは。」



しばらくして、恐る恐る扉を開けてやってきたのは愛しの(?)ハニー。来てくれてホッとした。
“明日、昼休み、来てくれんか”って言いつつ、肝心の場所を言い忘れてたんじゃった。



「仁王くん、ご飯食べた?」

「うん。」

「ほんとにぃー?まだ顔色悪い気がする。」



あんま深く考えたりしたことないし、こーゆうふうに何かと向き合うのは疲れるのかもな。というか、向き合うのが嫌で逃げてた。



「あ、あのね、あたし昨日チョコ作ったの!あげる。」



千夏は俺に百均で買ったかのような安っぽいタッパーを寄越した。女の子らしくラッピングぐらいしてこいよって思いつつ、ラッピングしてあったらしてあったですぐ食うものを面倒じゃなぁって、思う気がした。

タッパーを開けると茶色いコロコロしたチョコがいっぱい入ってた。



「犬のウン…、」

「黙れ。」



ツッコミが早過ぎて、さすがと思わず笑ってしまった。千夏も笑った。

その顔を見るとやっぱり可愛くて、抱きしめたくなって、でも千夏を苦しめてしまう気がして、体が止まる。



「最近ね、仁王くんお疲れのようだからトリュフ作ってみたの。ほら、疲れてるときは甘いもの食べるといいって。」

「ほーう、気がきくの。」



甘いものは嫌い。
でも俺はチョコを一つ取って口に放り込んだ。



「ど、どうかな?」



甘いものは嫌い。
でも俺は、人を欺くのが好き。出し抜くのが好きで、人の考えてることを考えて先へ先へ、行動を読んで驚かすのが好き。

嘘つくのにも、隠し事するのにも、罪悪感は皆無。でも一般ジョーシキ的に、嘘はよくないことじゃと習った。
ああ、俺の非難される箇所はここか。俺は嘘つくことが悪いことだとは思わんのじゃ。

本来なら、相手を陥れるために嘘をつく。
俺は甘いものは嫌い。だけど、



「うまいぜよ。」

「ほんと!?よかったぁ!」



ほらな、いい言葉に聞こえん?てなふうに、言い訳じゃけど、俺は自分のことがわかってきたんだ。

理由は一つ。こいつに出会ったから。こいつが俺を、どんな人間かわからせてくれる。関わることで伝えてくれる。ダメなとこも、たまにいいとこも。
俺はお前に出会ってよかった。ようやく、何かを終わらせることができそう。



「ねーえ、仁王くん。」

「ん?」

「元気出してね?」



自分を学ぶついでに優しさも手に入れたいと、欲張りになった。こんなに優しいこいつを、傷つけず、大切に、俺が優しくしたい。



「お前に元気、もらっとるよ。」



嘘ではなく、本心を、本当の言葉を言える日がやっときた。言いたいと思えるから。



「やっぱり涼子となんかあったの?」

「何も。」

「嘘つき。」



普段バカ笑いしとる甲高い声とは全く違う、低い声が響いた。ちょっと怒っとる?



「仁王くんはなんで何も言わないの?なんで本心言わないの?なんで嘘ばっかつくの?」



なんでなんで連発。質問っぽいから答えるつもりはあるんじゃけど、それを答える間もなく話を続ける。



「あたし、仁王くんはブン太や赤也くんとは違って大人だと思ってた。落ち着いてて、してることとかが大人って。」

「大人?俺が?」

「でも違う。仁王くんのしてることは違う。友達も彼女も遠ざけて、仁王くんはどうするの?」

「……。」

「仁王くんは嘘つきで女癖悪くて性格も悪いけど、」

「そこまで言うか。」

「ごちゃごちゃ考えてないで、周りを頼ってください。あたしも、みんなも、仁王くんが元気なかったら嫌だから。」



腕が上がってしまいそうで。必死にストップをかける。真剣に考えてくれて真剣に教えてくれようとしてる。ここで俺も、真剣に受け止めなきゃダメなんじゃ。



「仁王くんは素直じゃないし意地悪だし嫌がらせが生き甲斐の最低なやつだけど、」

「まだ言うんか。」

「優しいから、全部ひっくり返っちゃうのに。」



気付いたらこいつは泣いてた。目にいっぱい涙を溜めて。なんですぐ泣く。なんでそんな感情を表に出す。そうされると俺は……、



「本心を言うことはカッコ悪くないよ。カッコ悪いのは、ちゃんと伝えない自分だよ。」



こいつを傷つけたくない、友達も失いたくない、自分も苦しみたくない。だから俺は逃げて、たまたまあった道を選んだフリした。カッコつけた。



「仁王くん…?」



結局、負けて、また抱きしめてしまった。
こいつを苦しめてしまう腕なんていらないけど。でも、泣いてるこいつを放っておくような冷たい俺は、もっといらん。

こーやって抱きしめて何が解決するかわからんし、事態はこんがらがるだけな気もする。
でもこいつが抱きしめ返してくれとるから、俺は何かを終える決心がついた。体を離して向かい合う。



「千夏。一個だけ言い訳させてほしいんじゃけど。」

「うん。」

「俺はよく嘘つくが、使い分けとるんじゃ。相手をただ騙すだけの嘘と、相手を傷つけたくない嘘な。」

「ほぉー。」

「お前には、後者だけしか使っとらんってなんじゃ、その疑いの目は。」

「いいや。だって、甘いものは嫌いでしょ?」

「ばれとった?」



知ってて持ってくるとはお前も十分性格悪いぜよ。嘘つくなって、好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、ちゃんと言えって?好き嫌いはいけませんって言ってたくせに。



「前、あたしの作ったクッキーまずいって言った仁王くんのが、仁王くんらしいよ。」



まずいとは言ってないじゃろ、口には合わないってだけで。…同じか。



「抱きしめていいか?」

「だめって言ってもするんでしょ?」

「よくご存知で。」



優しく優しく抱きしめた。このひと時を噛みしめるように。新しいシャンプーの香りが、俺を酔わせる。



「仁王くん。」

「ん?」

「幸せになってよ。」

「……。」

「あたし、嫌だよ。仁王くんが辛そうなの。苦しいよ。」

「ありがとう。千夏、でもな俺は、」



嘘つくときは何の躊躇いもないのに、
この言葉だけは、口にするのが難しかった。それはきっと、本当の気持ちだからじゃな。



「お前が好きじゃ。自分よりお前を幸せにしたい。」



また苦しめるかもとは思ったけど、伝えたかった。伝えないとダメだと思った。自分の為に。
小さく、吐き出すような鳴咽が聞こえると、腕の中のこいつは震えるように泣いた。苦しいんだろうか。



「言うのが遅くなってすまんな。」

「……っ…っ、」

「たぶんお前のこといっぱい傷つけたし、苦しめたと思う。でも俺はお前のこと本気で好いとったよ。」



俺の中からだんだんと気が抜けていく。居心地よくて、一度は手放してしまった温もりが、また俺の腕の中にいる。



「……しも…、」

「うん。」

「あ…、あたしも…、」



その先を聞ければよかった?構わず、聞いてしまえばよかった?そうしたら、俺の望むハッピーエンドになっとった?その先のバッドエンドなんてなくなってた?

そんなのできん。できんかった。



ガチャっと耳に届いた扉の開く音に、俺も、腕の中のこいつも振り返った。



「ブン太……、」



手にいっぱい、お菓子を抱えてる。
さてこの状況をどう説明しようか。凍り付く赤い髪のトモダチに。失いたくなかったはずのトモダチに。

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