act.30 Akaya

今日は普通にやってきた。朝は、多少寝坊して、朝飯急いで食って、星座占い、てんびん座は第4位。まぁまぁいい。
朝練。暑い。眠い。けど、ラケット掴んだらスイッチオンで、急に元気。大会近いし、やる気潰す気全開。
授業。眠い。でも今日は英語もないし、体育はあったからけっこー好きな日。
昼休み。ブン太先輩とたぶん初めて恋話した。恥ずかしいけどわかりあえてよかった気がする。話せなかったこと話せてよかった気がする。
放課後。部活。まぁまぁ調子は悪くない。俺は誰にも負ける気しねえ。

そんな俺の今日は普通に始まり、終わりかけた。



「あ、わり。」



ブン太先輩が謝った。本日何度目かわからない、イージーミスで。俺の今日は普通だけど、ブン太先輩の今日は普通じゃない。

俺とブン太先輩、どっちが強いかっつったら、俺はぜってー負ける気はねぇ。でもたぶんブン太先輩もそう思ってるし、実際、立海レギュラー勝ち取る以上に、強い。ボレーではブン太先輩の上をいくやつはいねーと、俺は思う。
そのブン太先輩が、すげーだらし無い。ミスしすぎ。集中のカケラもねぇ。もうすぐ大会なのに。



「ちょっとブン太先輩、いい加減にしてくださいよ。」

「…だから悪いって。」



文句言ったところで悪いしか返ってこない。真田副部長もたるんどるすら言えないぐらい、たるんどる。
どーした。



「先輩、腹減ってんすか?」

「あ?ちげーよ。…いや、空いてるけど。」



どっちだよ。
ひょっとして千夏さんとなんかあったのかなーって、思った。でも別に落ち込んでる雰囲気ではないし、かといって、うれしそうにも見えないし。
そわそわ。浮足立ってる。そんな感じだな。昼休みの俺の話が響いてんの?



「そんなんじゃレギュラー外されるっすよ。」

「それだけは譲らねー!」



ちょっと、やる気でたみたいだけど。
ちらっと、隣のコートを見ると、ブン太先輩以上に、普通じゃない人が一人。



「たるんどるぞ!仁王!」



仁王先輩。いつもの、頭くるぐらいの切れがない。

常勝、立海。三強はもちろん、俺はこの人もその象徴に感じてた。なんだかんだ負けない。弱みを見せない。
頭くるぐらいの先読みプレー、相手への挑発、嫌がらせ兼弱点突き。見習いたいとこもいっぱい、見習っちゃいけないとこもいっぱい、仁王先輩。弱みを見せない、仁王先輩。

そのわりには、ずいぶんだらし無い。ミスしすぎ。さらにブン太先輩とは違って、顔色も悪いとゆーか、元気ないこと丸わかり。
どーした。

高山サンとなんかあったのか?あの仁王先輩が、他人が原因で体調が変化するとは思えないけど。
しまいには、真田副部長に、顔洗って出直してこいって言われた。顔洗ったところでなんも変わんねーだろうけど(真田副部長は一々言うことが古臭い)、仁王先輩は暑いの嫌いだから、そのせいかな、なんて思った。

そんで、俺も暑くて喉渇いたから、仁王先輩の後を追って、水呑場まで行った。
行って、水呑場の脇に座り込んだ仁王先輩と、その横に立つもう一人を見つけたことで、俺は咄嗟に、木の影に隠れた。仁王先輩と、その彼女、高山サンね。

聞いちゃいけねーんだろうけど、
俺は聞く。聞きたいから。



「顔色悪いよ。」

「知っとる。」



なんとなく、嫌なムード。
仁王先輩不調の原因はこれ?



「ご飯あんまり食べてないんでしょ?」

「食っとるよ。」

「ほんと、好きなものしか受け付けないんだから…、」



困ったように笑いながら吐き出された高山サンの言葉には、違う意味合いが含まれてる気がした。

次の言葉で、それを確信した。



「千夏じゃないと、ダメなんでしょ?」



驚きは不思議となかった。ああやっぱりねって、思った。今まで軽々しく彼女作って、恋愛経験は豊富なんだろうけど、どれも全力には見えなかったもん。

“仁王くんは恋を選んでなんかない”って、確かに、千夏さんの言葉は間違ってねーよ。ただ仁王先輩は、恋を知らなかっただけ。相手をいいと思えば好きってだけ。

だから逃げてきたんだろ?千夏さんからも、歴代彼女からも。泣かれたり感情ぶつけられたりすんのが嫌で、人の正面に立つのが億劫で。どう表現すればいいかわかんなくて逃げる。
それに気付けなかったのは仁王先輩自身だけ。そんで今はたぶん気付いてる。出会ったから。

気障で、頭が切れて、人陥れるのが得意で、腹立つぐらいかっけー仁王先輩が、こんなふうになっちまうなんてさ。
もう完全に、“お前さん、ベタ惚れなんじゃな”って、そっくりそのまんま返します。



「我慢するなんて仁王くんらしくない。」

「昨日も言ったじゃろ。しとるつもりない。」



高山サンの声は震えてた。仁王先輩はただ遠くを見て、一言一言に、なんの感情もこもってない。



「あたしはもう、いいからさ…、」

「何が。」



あんた、バカじゃねーの。いい加減認めろよ。いつまでカッコつけてる気だよ。いつまで突き通すんだよ。

俺の怒りはどんどん増した。同時に出会ってからのことを思い出した。
嫌ってほどからかわれ続けた。ときにはブン太先輩と一緒になって。逆に一緒にブン太先輩をいじることもあったり。最終的に三人で、ジャッカル先輩をはめたり。

そんな中で俺は、仁王先輩にちょっと憧れてた。頭が切れて、クールで、マイペースだけどやけに大人。器用だからなんでもできちゃう。
そんな仁王先輩に、俺は憧れてた。カッコイイと思ってた。こんな調子でこれからの人生、恋も勉強もテニスも、飄々とこなしていくんだろうと、思ってた。



「じゃ、練習戻る、お前さんもはよ戻りんしゃい。」



立ち上がり、涙目の高山サンを背にコートに戻ろうとした。

だから俺は、その前に立ち塞がった。



「赤也…、」



ちょっとびっくりした顔はしてるけど、実は俺がここにいたこと知ってたんじゃねーのって、勝手に思いたかった。それのが仁王先輩らしいから。

そんなことを頭で考えつつ、でも俺の怒りのボルテージは上昇をやめない。
だいたい、なんで千夏さん好きなのに高山サンと付き合ってんだよ。一番の疑問はそこだから。



「仁王先輩、いい加減マジなこと言ったらどーっすか。」

「何がじゃって。」



らしくなく、眉間にシワを寄せた仁王先輩。先輩的にはもう触れられたくない話題を連発されるから、イラっときてんだろ。



「千夏さんが好きって。」

「…お前らはどーしても、俺が千夏を好いとることにしたいんじゃな。」



ククっと、あの人を小バカにするような笑い方で俺は、キレた。

たった一個しか変わんねー。でもその一個にえらい重みがあった。できるなら一年早く生まれたかった。ブン太先輩や仁王先輩たちとバカ騒ぎする度に、何度もそう思ってた。

先輩じゃなくて、友達がいーって。まぁ俺は友達って思ってるけど、先輩たちからはやっぱ、俺は後輩なんだろうなって。そんな願望もあってか、一個しか変わんねーのにやたら大人の存在。だから俺は早く大人になりたいと思った。

でもそんな一個上の世界が、好きなものを好きって言えないで逃げる、そんなもんなら。俺は大人になりたくねえ。ネバーランドに行く。



そんなことを考えながら、体はスローモーションに、右手拳をストレートに仁王先輩の頬に、ブチかましちまった。男なら平じゃなくて拳で勝負だ。高山サンがきゃあとか言った気がする。

仁王先輩は俯いたまま。たぶん、びっくりしたか冷静にキレてるか。殴っておきながら次の行動を考えてなかった俺は、とりあえずこの怒りに任せて、思ってること全部言ってやろうと決めた。



「逃げんじゃねぇ!」



校庭に俺の声がこだまする中、俺の思ってることがやたら凝縮されてるこの一言は、なんとなく意味不明さがあった。…まー仁王先輩ならわかんだろ。



「いい加減カッコつけてねーで言え!」



核心をついた台詞が登場。変だな、思ってることはたくさんあんのに、口に出るのはそのごく一部。

ようやく、仁王先輩は顔を上げた。
その目。瞬時に、俺は殴られると思った。
別にキレてる顔でもなく、むしろちょっと顔色変わって(殴ったから)、いつもの仁王先輩の顔だった。
だからこそ、殴られると予感した。俺は素直に目をつぶって、受け止める覚悟をした。

でも仁王先輩は俺を殴らなくて、代わりに俺の頭をぽんっと叩いた。すれ違い様に、軽く、笑って。



「まったく、俺の周りはお節介なやつばかりじゃの。」



そう言って歩き始めた。うちのコートとは逆側に。



「どこ行くんすか?」



わかっちゃいたけど、一応聞いてみた。



「どこって女子コート。」



普段カッコつけてるよか全然カッコイイ、仁王先輩がそこにいた。



「仁王くん!」



呼び止める高山サンに軽く振り返った。その仕草を見て、ああ、少なからず高山サンのことも好きだったんだろうなと、感じた。



「今仁王くんに必要なのは、何となくのハッピーエンドじゃなくて、本当の気持ちを伝えるってことだと思う!」



うわー、俺よりはるかにいいこと言いますね。高山サン、マジいい女。



「ありがとう、涼子。…あ、赤也、忘れ物。」



そう言って仁王先輩はすたすた戻ってきた。てっきりお礼言われんのかと思ったのに。思いっきりグーで殴られた。



「いってぇ!」

「お返しじゃ。」



さっき感じた、殴られる予感は間違ってなかった。いつもの仁王先輩だから殴られたんだ。

でも、すっげー小声でサンキュって言われたから、頬の痛みが消えた。(気のせいだろーけど。)

頑張ってくださいよ。ちょっとブン太先輩に後ろめたさを感じながら。呟いた。

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