act.28 Heroine

「雨降りそう。」



涼子が呟いた。今、二人で部室にいる。涼子はもちろん仁王くんを待ってて、あたしは…、



「千夏、今のうちに帰っちゃっていいよ?ごめんね。付き合わせちゃって。」

「え?いやいやいや、全然…、」



仁王くんを待ってる涼子に付き合ってる、と思いきやですね。



『うちのが遅いと思うけど、部室で待ってて!!』



ブン太からのメールを見返した。そう、昼休みに一緒に帰ろうと言われて、部活始まる前にこんなメールが届いたんだ。涼子に言うのも何となく…、なので、黙って涼子に付き合ってる振りしてる。
てゆうか仁王くんに伝わるのが何となく…、なんだ。

最低。心底嫌な女ってつくづく自分が嫌になった。



「あ、そういえば、英語の課題持ってった?」

「…課題?」

「今日サボったからって、たっぷり課題出されてたじゃない。」

「げぇ!」



忘れてた!あのあとこっっってり先生に絞られて、山ほど課題を出されたんだった。



「もし持ってきてないならまだ教卓の上に放置してあるかも…。」



ちらりとコートを見ると、雨が降ってきて、空は真っ黒。それまで激しい打ち合いをしてた男子レギュラー陣が走って戻ってきてる。ブン太も仁王くんもその中に見えた。

また心臓が速くなる。課題を忘れてたことはさほど原因じゃない。こんな状態で今ブン太と二人で帰るなんて、けっこう無理なんじゃないか。無理だわ。



「…あたし教室いくわ!」



男子がみんな部室に戻ったことを確認すると、あたしは部室を出て教室へ向かった。
今日は一緒に帰るのは無理。なんかわかんないけど、どんなふうにすればいいかわかんないから。あたしとブン太。二人でいるときどんなんだっけって、記憶を辿るけど、あまりに普通すぎて。

“忘れ物取りに教室戻るから先帰ってて”と、走りながらブン太にメールしといた。約束は破るくせに嘘はつきたくない。バカみたいだけど、取って付けたような誠意を見せたかった。



教室へ入り、手探りで電気のスイッチを押した。やっぱり教卓の上にあたし宛の課題(多っ)がぽつんと放置してあった。

ふと窓から、校庭を見ると。バラバラと、色とりどりの傘が見えて。誰が誰だかわかんないけど、一つだけ、小さな傘に二人で入ってるのが見えた。左側だけ、肩が出てる。
すぐに涼子と仁王くんだとわかった。屋上でのことが蘇る。

今見た濡れた左肩が本心?あたしにはやっぱり仁王くんは、わからないのだろうか。遠い、遠い存在なのだろうか。
だけど、今日のあの人は、空を見上げる彼は、辛そうだった。自分から幸せを、あの空に逃がしているようだった。



やがて最後の傘が門を出ていって、
ブン太がどの傘だったかはわかんないけど、学校にはあたし一人だという変な自由を感じた。
今なら誰にでもいたずらできまーす。
…しないけどさ。

外は雨が激しさを増して、傘がないあたしは帰れないことに気付き、素直に課題をやろうと決めた。雨が止むかはわからないけど。
ただ、椅子に座って課題を読み始めるけど、頭に入ってこない。ここ最近のこととか、今日のブン太とのこと、仁王くんとのこと。
それを考えてしまうばかりでなく、遠くから、あいつがやってきたのがわかった。
あたしの大嫌いなあいつ。



ピカッと光り、ゴロゴロっと音が響く。
ますます帰れない。お母さんに迎えに来てもらおうかしら。そう思って、鞄から携帯を出そうとしたら。
今度はドォォンって、爆弾か何か落ちたかのような音が響くと、辺りは真っ暗になった。停電!?ふざけんなよ!

あーどうしよう。とりあえず、机の下に隠れる?いや、それは地震か。待て、落ち着けあたし。廊下にでよう。廊下なら、非常ベルとか非常口の電気がついてるはず。
そう思って、あたしは席を立ち、ドアに向かおうとしたけど、



「きゃっ…!」



その辺の机だか椅子だかに躓いて、
あたしは見事に転んだ。(放課後は机の整頓をしてくださいマジで明日から。)
ちょっと暗闇に目が慣れてきたおかげで、床に顎を打ち付けたのがわかった。…痛い。マジ痛い。これは本日付けの祟りなのか。

立ち上がろうとして前を見てゾッとする恐怖が襲ってきた。ここには誰もいない。あたし一人、真っ暗闇。外からたまに差し込む雷の光が、今は救い。

顎の痛みとか雷とか、もうどうでもよくなって、ただ、怖かった。



そのとき、ガラっとすぐそばで音がした。
今、教室の扉が開いた?怖い、怖すぎる!誰だかわかんないけど、見つかりませんよーに…!



「誰かいる?」



え?この声…、



「千夏?いる?」



ブン太だ。ブン太の声だ。
なんで?なんでブン太が?



「千夏いない?」

「う…、はい!ここ!います!」

「いた!動くなよ!今そっち行く!」



ブン太(と思われる人物)がそう言うと、白い小さな光が現れた。多分携帯。液晶の明かりを頼りにこっちへ来るつもりなんだろう。
その光が近づくにつれて、背格好がわかってきた。ああ、ブン太だ。そう思ったら、肩をがっしり掴まれた。



「お、いた。大丈夫か?ケガない?」



近くでブン太の声を聞いて、あの、甘い香りが鼻に届いて。安心したあたしはボロボロ涙を零した。
急に、また顎が痛くなり出した。



「大丈夫かよ?」

「…なんでいんの。」

「お前、せっかく助けにきたのに第一声がそれ?」



ほんと、可愛くないけど、
ありがとうって言葉がうまくでない。



「下駄箱で待ってたんだよ。そしたら停電したからさ、どーせお前のことだからパニクってんじゃねーかと。…ほら、泣くなよ。」



そう言ってブン太はタオルらしきものであたしの顔をゴシゴシ拭いた。
待っててくれたのがうれしくて、助けにきてくれたのがうれしくて、ブン太の声を聞けたのがうれしくて。
あたしの涙は止まらなかった。



「…汗くさいー。」

「俺の汗はフローラルだ!」



確かに、汗を拭いたはずのタオルなのに甘い匂いしかしない。きっと鞄に詰め込まれたお菓子の移り香だろう。



「つーかお前、停電ぐらいで泣くなよ。子供か。」

「違うっ。転んで顎打ったの!」

「マジで?大丈夫なの?」



ブン太はあたしのほっぺに手を添えて顔を覗き込んだ。近い。暗闇だけど、はっきり顔が見えるぐらい。
ドキドキ、ドキドキ、ドキドキ…、心臓…、心臓が速い?違う、心臓だけじゃない。
体中、ドキドキしてるんだ。



「あー、お前唇切ってんじゃん。血出てるぞ。」



顔が熱くなっていくのがわかって、きっと、あたしのほっぺに触ってるブン太にばれちゃう。

恥ずかしくて、ドキドキしてるのがばれたくなくて。ふと、ブン太によくされてた“頭ぐしゃぐしゃ”を思い出した。今じゃ考えられないぐらい、近い距離もあった。
…なんでこーなったんだろ。バカみたい。ブン太なのに。相手はいつものブン太なのに。
バカみたいに、ドキドキが止まらない。

堪らなくなって、あたしはブン太の手を払いのけた。もしかしたら小声で、嫌って言ってしまったかもしれない。でもブン太は別に、何も言わなかった。



「…お前ほんと鈍臭いからな。」

「……、」

「つーか今日お前、転んでばっかじゃねぇ?昼は俺とぶつかって転んだしよー、部活中もすっ転んだの見てたぜ。」



どこか早口に話すブン太に、あたしが何も答えなかったら、ブン太から、小さな息が漏れた。
あーこいつ面倒臭い。そう思われたんだろうか?急に“嫌われる恐怖”が頭を過ぎった。

好かれてるかはわからない、けど、
嫌わないでほしい。うまく振る舞えないあたしを許してほしい。でもそう思うばかりでどうすればいいかわからなくて、あたしの眉間にはどんどん力が込められていく。



タイミングが悪い日はとことん、タイミングが悪い。パチッと電気が走ったような音がすると、暗闇が終わり教室中明るくなった。

思った通り、ブン太との距離は近くて、反射的に息が止まった。相変わらずドキドキは収まらなくて、でも呼吸をすると、乱れてしまいそうだから、あたしは息を止め続けた。
…大丈夫、人間5分ぐらいは息止めれるから。(知らないけど。)



「ぷっ…、っはっはっはっ!」



急にブン太は笑い始めた。
え、なになに?なんかおもしろいことでも?この空気を打破するぐらいの笑えることが?



「お前、今すっげー顔!あっはっは!おもしれー!」



…は?すっげー顔って、あたしの顔?そんなにも爆笑してるのは、あたしの顔がおもしろくて?
あたしが必死に頭の整理をしてるにも拘わらず、目の前のブン太は引き続き物凄く爆笑してる。



「ちょ!待て待て!笑いすぎ!」

「はっはっはっはっ!」



なによなによなによ!ドキドキしたりブン太に嫌われたくないーって思ってたのに!そんな乙女チック(のはず)な表情をそんなに笑いものにするなんて!なんかムカつく!一人で悩んでバカみたい!ほんとバカみたい!



「…ふぃー、マジ腹いてー。…ま、心配すんなよ。」

「なにが!」

「俺もうお前に触んないから。」

「…え?」

「絶対…は、約束できねーけど。お前気まずそうだし、…嫌われたくねーし。」



最後の言葉が小さすぎて、頭で理解するのに時間がかかって、あたしはすぐに言葉を返せなかった。



「さーて、帰るか!」



ブン太は立ち上がり、鞄を背負うと教室の入口まで歩き始めた。

その遠ざかる背中が恋しい、触らないと誓ったブン太が愛おしい、そう思ったのは気のせいじゃない。

自分の中のあたしが、あたしに呼びかける。もっと単純なんじゃない?あたしは。



「ブン、ブン太!」

「でた、ブンブン太。」



軽く笑ってくるりと振り返ったブン太がぶっちゃけカッコイイと、改めて思ったことは認めよう。



「あたし、…あたしもブン太に嫌われたくない、…です。」



言ってる途中から、あたし微妙なこと言ってると気付いたために、敬語になってしまった。ああ、動揺してんの丸わかり。カッコ悪いことこの上ない。

ブン太の顔は、一瞬、びっくりしたような顔したけど。急に、真剣な顔になった。その顔に、今度はあたしがびっくりする。てゆーか、ドキドキ。



「バーカ!嫌うわけねーだろい。だって…、だって俺…!」



その先の言葉は聞けなかった。



「まだいたのかお前ら。」

「「げ。」」



先生がきたから。



「松浦、お前の課題が置きっぱなしだろうと思ってきたんだが、取りにきたようだな。ちゃんとやってくるんだぞ。」

「はーい…。」



そういやすっかり忘れてたけど、校内には先生もいたんだわ。部活の顧問の先生たちは、職員室にまだたくさんいるはずで。それどころか他の部活で残ってる生徒もけっこういるのかも。
テニス部がみんな帰ったからって一人ぼっちだって思ったけど…、アホらし。



「そーいやお前ら、停電大丈夫だったか?」



停電。なんか懐かしい響き。
あの時間、ドキドキしっぱなしで忙しくて、ブン太に嫌われたくないとか最近のこととかいろいろ考えてて。なんか変な感じ。あの時だけ、違う日のように感じる。

ふと、視線を感じてブン太のほうを見る。ニヤニヤして、…なんか嫌な感じだわね。



「せんせー聞いてよ。こいつ、停電してビビって泣いてたんだぜ!」

「ち、違うっ!」

「なんだぁ?お前、子供か。」

「違いますってー!」



ちょっとずつ、普通になっていった。
あたしがブン太に気まずくなってたのも見抜かれてて、それに優しい言葉をくれて。ブン太は、あたしなんかより全然大人なんだって思った。

男とか女とか、好きとか抱きしめるとか、そんなことに遠い存在であってほしいと、あたしと一緒に子供なんじゃないかと、思ってたけど。
全然意味が違う、大人だった。
相手のことを考えて行動できる人。

あたしがさっき泣いてたのは怖かったせいじゃない。誰かさんが、無駄にかっこよく助けてくれたからだよって、教えてやりたかった。

もし、あたしは、あたしが思ってる以上に単純なら、きっとこのドキドキは思ってる通りのことで、間違いじゃない。

けど、たった一つ、胸に引っ掛かるものがあって。
空を見上げる、あの人。今にも飛び立ちそうなあの人。遠い遠い存在のあの人。…あたしの答えはどれだろう。

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