act.26 Heroine

好きだから抱きしめる、かー。その意見には賛成だわ。あたしはまだ実行したことないけど。わかる気がした。

でもさ、そうなると、ブン太も仁王くんもあたしのことを好きってことに…、



「違うっ!」



そんなわけないそんなわけない!あたしがあの、天下のテニス部レギュラーに惚れられるわけないわ!
だってだって、仁王くんは今までいーっぱい、可愛い子と付き合ってきたみたいだし!今は涼子と付き合ってるし、好きなんだろうし!
ブン太も付き合ったことあるみたいだし!

こんなそこら中にあふれ返るような凡人で大食いなあたしのこと好きになるわけないじゃない!…なんか自分で思ってへこんできた。ごめんなさい、お父さんお母さん。

赤也くんは、まぁ奇跡というか、先輩ってゆーのに憧れがあったんだろうと自己完結できるしね。
…そうそう、そうなんだよ。あんなにモテる学校のアイドルのような人たちがあたしを好きになるわけない。

もちろんあたし自身それにはまってはいけない。こないだ辛い想いしたじゃない。忘れるな。みんな、いいやつ、大好き。だけど、特別にはなれっこない。

あれ…?
ふと気がつくと、周りの人の視線があたしに。さっき叫んだからだわ。…恥ずかしい。
あたしはそこからこそこそ逃げるように、廊下を走った。けど。



「ぎゃっ!」

「ってぇ…!」



曲がり角でぶつかってしまった。鈍い音とともに、目の前の相手と同時に尻餅をつく。
その拍子に、バラバラと物が落ちる音がした。



「ご、ごめんなさっ…、」

「…んー……、あ、」



甘い香りがふわっと鼻に届いた。
同時にあたしの目に映ったのは、赤い髪の彼、ブン太。体操着を着てる。体育に行く途中か。

ちょっと、痛いわねーって、昨日までのあたしなら文句言ってる。でもできなかったのは、またドキドキしてる自分に気づいたから。そしてドキドキしてそうな、あの顔のブン太を見てしまったから。



「お、お前…、ケガは?」

「だ、だ、だ…、」



吃りすぎて言葉にならなかったので、コクコクっと激しく頷いてみせた。それを見てブン太は、頭を掻きながらそうか、そうか、を連発してる。…何やってんだ、うちら。どーしちゃったんだ?

ブン太は周りに散らばったお菓子(バラバラ落ちた音はこれか)を拾い始めた。あたしもつられて必死で拾う。



「お、サンキュー。…なんかさっきお菓子いっぱいもらってよ。」

「へ、へぇ…、」



“毎日部活見に来て、お菓子あげてた”。さっきの赤也くんの話が頭を過ぎる。



「…これ、やる。」

「え?」

「お前の好きなイチゴポッキー。やるよ。」

「あ、ありがと…、」



やったぁ、ちょーうれしいー!昨日までのあたしならそう言ってる。でも口から出ない。
なんで?なんでこんな気まずいの?

見たわけじゃないけど、女の子からお菓子をもらうブン太を、想像できちゃって、素直に笑えない自分がいる。



「じゃあ俺次体育だから。」

「う、うん、」



そう言ってブン太は走っていった。
甘い香りを残して。
あたしはようやく落ち着きかけた呼吸を整えると、一つ、大きく深呼吸した。



「千夏!」



せっかく落ち着いたのに、後ろから聞こえた彼の声に、また心臓が跳びはねた。



「今日、一緒に帰んない?」



違う、違う、違うと思う。思いたい。期待したくないのに、期待させてほしくないのに。もしかしてって…、



「う、うん!」



ニカッと笑った姿が可愛くて。男だから女だからとか、好きとか抱きしめるとか、やっぱり彼は、そんなものとは程遠い世界にいるんじゃないかと、思いたかった。

ドキドキがまだ止まらない胸に追い打ちをかけるように、あたしは廊下を走り抜け、階段をぐんぐん上っていった。
突き当たりに見えた扉。初めてきた。ここ、屋上に出れるんだ。勝手に出ていいのかな。そう思いながら重い鉄の扉を開けた。

カラッと晴れた空に輝く太陽は、容赦なくじりじりと肌を焦がす。
校庭を見ると、体育の授業が始まるところだった。あたしはフェンスにへばり付いて校庭を眺めた。うちは…、英語だ。引き返さないと。授業に出ないと。

そうは思うものの、足が動かなくて。そのまましゃがみ込んだ。なんか最近疲れた。いろいろありすぎて。
好きとか恋とか抱きしめるとか、あんまピンとこないのは、あたしがお子様なせい?

ブン太も一緒だと思ってた。仁王くんはまぁ、男テニエロス代表で(なんじゃそらって言われそう)、赤也くんは何気にませてそうだし。



抱きしめるかぁー……。
あたしにはやっぱりまだよくわかんないかも。
楽しそうに体育の授業ではしゃぐ声が聞こえて。あたしはぼーっとそれを眺めた。5分…10分…。ひたすら体育の授業を眺める。

…と、よくよく見ると、赤い髪を発見。もちろん校内に二人といない。ブン太だ。
そう気付いたと同時に、心臓が跳びはねた。なんなんだこの心臓!さっきも、今も!やだなぁ、これじゃあまるで…、まるでなによ。違うわよ。

だってあたしこないだまで…、てゆうか、仁王くんは?ブン太並に目立つ仁王くんがいない。
あ、サボりか。涼子もよく言ってたもんな。そんな仁王くんが素敵ーだっけ?ふん、なーにが素敵ですか。授業はサボっちゃいけないんすよ。



あたしはゴロンと横になり、目をつぶった。眩しい太陽が瞼の隙間に入り込んで、あー欝陶しい。



「邪魔だー!太陽どっか行けー!」



一人で叫んだ。校庭には響かない程度にね。
でももっと叫びたい。なんか胸にもやもやしたものがあるの。よくわかんない取り払えない何かがあるの。



「…あたしはどーしたいんだって、」



思ったことを口にしたら、耳に届いたのは思った以上に小さな声だった。ちっぽけな言葉だった。
同時に、つむった目がじんわりとした。溢れる前にこの太陽の照り付けで蒸発するといいんだけど。あたしってこんな泣き虫だったっけ?



そんなことを考えていたら、本当に太陽がどっか行った。…かのように、瞼が真っ暗になった。気になって片目を開けて、開けなきゃよかったと後悔した。



「太陽がどっか行くわけないじゃろ。」



太陽をバックに、あたしを覗き込むきれーなお顔。ああ、彼のおかげで影ができたのね。ありがとー。

そんな冷静な頭とは裏腹に、あたしの心臓は爆発した。忙しいわね、あたしの心臓も。それを弾みに勢いよく跳び起きる。



「に、に、に、にお…!」

「サボりはいかんぜよ。」



仁王くんは飄々と、表情一つ変えずフェンスを背に座り込んだ。



「…仁王くんもサボってるくせに。」

「体育なんかやらんでいい。これ以上運動神経よくなったら困るぜよ。」

「うわー嫌味っ。」

「お前はもっと走って痩せんしゃい。」

「黙りなさい!」



叫んだあたしを見てククっと笑った。例え意地悪そうでもバカにしてるのでも、それがすごくきれいで。

久々に見た。きっとずっと見たかった。
そう気づいて、また涙が出そうになった。



「久しぶりだね。」

「そーだったかの。」



二人で話すのはあれ以来。あの公園以来。



「ここよく来るの?」



あたしは仁王くんのことを何も知らないと、今更ながら実感する。よくよく考えたら、出会ったのもついこないだだし。
知ってるのは、人を騙してばかりのカッコつけってことと、なかなか人に素を晒さない掴みどころのない人だってこと。
あと、彼のマイナスに働く部分、全てを打ち消すぐらい、優しくて、魅力的だということ。



「ああ。鍵持っとるんじゃ。」



ズボンのポケットから、銀色の鍵を取り出して指でくるくる回した。



「なんで持ってんの!?」

「造った。合い鍵。」

「それってばれたらやばいんじゃ…、」

「ばれると思う?」



回してた鍵を手の中に納め、ニヤリと笑う仁王くん。…ああ、バカなこと言いました。あなたは仁王雅治。ばれるはずがないわ。
あたしが噴き出すと、仁王くんも一緒に笑った。

久しぶりに、仁王くんのこの雰囲気を感じて。笑いながら、また少し涙目になった。…やっぱり泣き虫になったなぁ。



「仁王くん、ちょっと痩せた?」



なんとなく気付いた。もともとシャープな顔だけど、それがよりシュッとしたような。



「そうでもない。」

「ほんと?ご飯ちゃんと食べなきゃだめだよ。あんだけ部活で動いてるんだから。」

「ハイハイ。」



そういえば、前一緒に朝ごはん食べたとき、仁王くんは、好きなものを選んでしか食べないって言ってた。好き嫌いはいけませんって無理矢理食べさせたっけ。



「またここ来ていい?」



あたしの言葉に、珍しく目を丸くした。



「別に俺のもんじゃない。」



フッと笑ったその優しい顔に、またドキッとした。
変なの。昨日までは絶対、仁王くんとはのんびりできないと思ってたのに。ドキッとしても、ちょっと心安らぐ、そんな気分だった。



「で、お前はどーしたいって?」



ふいに仁王くんは聞いてきた。文脈がないので推測不可能。



「どーって、何を?」

「さっき言うとったぜよ。あたしはどーしたいのよーって。」



げっ!さっきの独り言を聞かれてたのね!?しかもあたしの真似してるつもりかしら、全然似てないし。イリュージョンと言う名のモノマネが得意なくせに。



「なんか悩みごとでもあるんか。」



まぁ言いたくなければ言わんでいーけどって、なんか仁王くんじゃないみたい。
仁王くんは、もともと優しいけど、こんなふうに優しさを表に出す人じゃない。気づかいを言葉で表現する人じゃない。…変わった?



「仁王くんこそ、どーなの?」



いつもの仁王くんなら、さーてどーかのーとか、なにが?とか、さらりと華麗に躱すはず。



「わからん。」



酷く弱気で、痩せたせいか、顔色もよくない気がする。…どうしたのよ。
あたしはさっきまで自分のことで悩んでたのが嘘みたいに、目の前の、彼のことが心配でしょうがなかった。



「涼子とうまくいってないの?」



これしか思い付かなかった。聞いてて矛盾を感じたのは、あたし本人。仁王くんが恋愛で、他人のことで悩むなんて想像つかないから。



「かもな。」



ただぼーっと、空を眺めて仁王くんは答えた。

仁王くんは空が似合う。って、あたしも脈絡のないこと言うけど。自由な、何ものにも捕われない、誰のものでもない空が、仁王くんらしくて。



「俺にはレンアイとか、ちょっと早いんかのう。」



今更じゃけどって笑った。
ほんとだよって、私も付け足した。

割り切るよ。割り切ってるよ。一時の、ほんのわずかな憧れだっただけだもん。でもこのままここを離れたら、仁王くんがどっか行ってしまいそうで。
あたしはずっと、仁王くんの隣にいた。



「シャンプー変えた?」



透き通るようなきれいな目に、圧倒されそうになる。目だけじゃなくて心も掴まれる。
大まかなことにさして興味を持たない彼は、些細な変化を感じ取る才能があるんだろう。それが彼の優しさになって、苦しさにもなるんじゃないかって、そう思った。



「うん。変えてみた。最近CMしてるやつで。」

「いー匂いじゃの。サワヤカな感じ。」



すーっと、仁王くんの小さな頭があたしの肩に下りてきた。突っ込みたいけど。重たいわよーって、押したいけど。
その重みがなんだか心地よくて。



「眠いの?」

「ん…、寝ていい?」

「ねーんねーぇん〜ころーりーよぉ〜、」

「音痴。」

「うるさいっ。」

「どっちがじゃ。」



そのまま一瞬にして仁王くんは眠りに落ちた。

仁王くんの髪のほうが、いい香りするよ。あまりにも小さい声だったから、
眠る直前の仁王くんに届いたかどうか。

校庭に、ブン太のバカ笑いが響く。声だけでもうわかる。でもあたしは聞こえない振りをした。ちょっと前なら、もーブン太はうるさいなーって、なってたはずなのに。

なんか胸がちくちくして。仁王くんに貸しているこの肩が、あたしを悪者にする。

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