act.25 Akaya

「切原くーん、お客さん。」



昼休み。クラスの女子に呼ばれて、俺は友達との話を中断して教室の外へ。待っていたのは、



「千夏さん?」

「赤也くん。ちょっといー?」



そんなふうに拉致られて(?)、二人で食堂へ。どうやら相談ごとがあるらしい感じだったけど、



「…で、なんなんすか?」

「はい?」



当の本人は、目の前でカツ丼(大盛)をめっちゃ食ってる。男ですらなかなか頼まない代物。



「はい?じゃなくて、なんか話あんでしょ?俺に。」

「…まぁ、」



だからわかんだって。千夏さんの一挙一動、俺は、どんなちっさい変化も、見逃さない。



「…ハグってどんな意味?」

「…は?」



ハグ…、ハグ…ハグ……。
生憎、ハゲかバグしか思いつかねー。



「すんません、俺英語無理っす。」

「違ーうっ。その意味じゃなくって!…てか、“ハグ=hug”は抱きしめるって意味ぐらい知っときなさい。」

「うわっ、千夏さんずいぶんエロい単語知ってんすね。」

「バカ!このバカ也!」



ハグね。これから先知っといても損はない単語だな。使うかどうかはわかんないけど。



「で、そのハグの意味がどーしたんすか?」

「…ハグって、どーゆー意味?」

「意味は抱きしめるでしょ?」



俺の言葉に千夏さんは急にもじもじしだした。ああ、なんか言いづらいことなんだろうとピンときた。



「もしかして、抱きしめるの意味?」



ビンゴって感じの顔。俺の英語どーこーの前に、自分の国語何とかしたほうがいいと思いますよ。



「なんで男の子はすぐ抱きしめるの?」

「なんでって、そりゃ、好きだからでしょ。」



そこは疑問に思うとこじゃないっしょ。即答した俺に、千夏さんはめちゃくちゃびっくりしてた。
それ見てまたピンときた。千夏さんが何を言いたいのか。俺、千夏さんの通訳やれる気がする。



「誰に抱きしめられたんすか?」



おーおー、図星のこの顔。顔真っ赤にしちゃって。

仁王先輩?なわけねーか。仁王先輩なら、こんなふうに相談してこないだろ。誰にも言わず二人でそのまま秘密の恋に突っ走っちゃう、そんな感じ。



「ま、ま、ま、相手は誰だっていいじゃない。」



ふーん。まぁなんとなく予想はつきますけど。



「なんてゆーかさぁ、あたしらまだ中学生なわけじゃん?なのに抱きしめるとか、まだ早くない?」



ずいぶんとババくせーことゆうんだな。
言ったら怒るからやめとこう。



「でもドキドキしちゃったわけでしょ?」

「…まー、」

「しっかり反応してんなら、千夏さんも大人の仲間入り。」

「な、生意気なことゆーんじゃありませんっ!」



なんなんだよ、俺にアドバイス求めてんじゃないの?なんで意見言ったら怒られんの、まったく。



「なんか赤也くん冷たくなった。」

「気のせいっしょ。」



や、気のせいじゃない。確実に俺はいらついてる。だってよ、この人、バカすぎねえ?俺がこないだ告ったこと、ぜってー忘れてる。
でも…、



「赤也くーん。仲良くしよーよ。」



フった相手に甘えんな。そう言ってやりたい気持ちは山々だけど。あんたさぁ、わざとやってんの?したたかなんだな。天然か計算か知らないけど。
そんな千夏さん前に、やっぱり好きって思っちまう俺は、この人以上にバカ。



「ブン太先輩にでしょ?抱かれたの。」

「…ぶっ!!」

「うわっ、汚ねえ!」



千夏さんは米粒を盛大に噴き出した。…女としての自覚ねーのかよ。で、やっぱり図星ってこと。



「な、なんか抱かれたってゆーとエッチな感じ…、」

「すーぐそうやって変なほうに。」

「ち、違うもん!」

「はいはい。それで?抱きしめられてそのあとは?」



別に聞きたくもねーけど。
でもなんか、俺を頼ってくれてやっぱうれしい気もする。仁王先輩の話のときとは違う気持ちの俺がいた。ブン太先輩は俺も好きだからかな。応援したくなる気持ちが少なからずある。



「恥ずかしいから走って逃げた。」

「…ははは。」



そんなお決まりの展開が似合いすぎる先輩に乾杯。



「だって、なんか恥ずかしくてドキドキしてあれ以上無理だったんだもん!」

「ふーん、ドキドキねぇ。なんでっすかね。」

「なんで?知らないよ!だいたいさぁ、男テニ抱きしめすぎ!ブン太にしたって、仁王くんにしたって…、」



言ってから気まずそうにするのやめてください。仁王先輩はまだタブーなんすか。
たぶん、何か芽生え始めてんのは確かだけど。千夏さんにまだそんな余裕がないんだ。
仁王先輩をそれなりに引きずってるわけで。



「ちなみに俺も抱きしめたんすけどね。千夏さんのこと。」

「…あ、」

「マジで忘れてたの?ひでぇ。」



いやーそーゆうわけじゃないんだけどぉって、頭掻きながら言い訳する千夏さんを見て。完全に恋愛対象外にされておきながら、俺の心はさっきから弾んでる。
なんでか?



「俺は、千夏さんが好きだったから抱きしめたんす。残り二人も、俺と同じ気持ちだったんじゃないっすか?」

「二人も同じ…?」



うーんうーんって悩みながら頭を抱える千夏さんはなんか可愛くて。俺が恋をしてるからとかそれは別として、単純に人として可愛いと思った。

だから、自分のさっき出した言葉の引っ掛かりを、気にしない振りした。



「ね、ちょっと気になったんだけど、…まぁ、あの人は今までいっぱい彼女いたわけでしょ?」

「仁王先輩?そーっすね。先輩後輩、学校内外問わず。」



自分で聞いときながらへこむなって。もうそういう覚悟もクソも意味ねぇ相手だったろーが。

ただ、そんな仁王先輩も、あんたのこときっとマジで惚れてたよ。今はよくわかんねーけど。
でもそれは俺の口からは言わない。自分のために、じゃなくて、千夏さんと、仁王先輩のために。



「ブン太は?ブン太は誰かと付き合ったことあるの?」

「あー…、」



言っていいのかね、これ。でも別に嘘つくほどのことでもねーし。ブン太先輩自体有名だから、コレもそれなりに知れ渡った話だし。
…つーか、なんで俺がわがままな先輩たち(目の前のこの人然り)の世話しなきゃなんないんすか。休み時間返してよ。



「去年いたっすよ。一人。」

「いたの!?」

「そう。毎日部活見に来て、お菓子あげてたな。」

「そ、そーなの…、」



なにこの絵に描いたような落胆ぶり。まさか、ブン太先輩はそんな恋愛関係に無縁とでも思ってたの?あの人のモテっぷりはテニス部内でも上位だぜ。愛想もいいし、人当たりの良さではトップだろ。
もしくは、千夏さんはすでにかなりブン太先輩のこと…、

ふと時計を見たら、昼休みが終わりそうだった。



「あ、もーすぐ5時間目始まる。じゃ、千夏さん、俺戻るんで。」

「う、うん!あ、赤也くん!話聞いてくれてありがとう!」

「いーえ。頑張ってくださいよ。」

「うん!あとさ、またなんかあったら話聞いてくれる?」



“俺は千夏さんが好きだったから抱きしめました”。
好きだった、か。この引っ掛かり。さっきから弾む、俺の心。ようやくわかった。



「当たり前っすよ。俺たち友達じゃん。」



太陽みたいに眩しい笑顔に見送られて教室への道を急いだ。臭いかもしれねーけど、俺はこの笑顔を俺のものにしたくて、誰にも渡したくなくて、俺だけの千夏さんを手に入れたかった。
今だって好きな気持ちは変わらない。
むしろもっともっと好きになってる。

でも、やっぱり眩しすぎるこの人の笑顔を見ると、ただ傍にいるだけでいい。俺にしちゃあ随分健気な、有り得ない感情が湧いてくる。
友達なんて嫌だ、今までのそんなくだらない気持ちも、どっか行っちまうぐらい。

俺は千夏さんが好き。俺のものにならなくても。ちょっと大人のような、でも結局はガキくさいそんな気持ちに気付いた。

またちょっと泣きそうになって、下見て歩いてたら、誰かに頭を叩かれた。顔を上げたら、ブン太先輩だった。体操着姿の。



「お前、挨拶ぐらいしろい。」



口に、今日はガムじゃなくてポッキーをくわえてる。いい加減にしないとデブン太になりますよ。そう思ってたら、目は口ほどにってやつで、また腹立つこと考えてんだろいって叩かれた。



「お前、さては腹減ってんだろ?死にそうな顔してんぞ!」



あんたの目には泣きそうな顔は死にそうな顔に見えんすか。そして死にそう=空腹っすか。ついさっき昼飯の時間だったんすけど。
ほら、ポッキーやるから食えって、しかも一本。そんなんじゃ腹膨れねーよ。

なんか、バカみたいに明るいブン太先輩見てるとムカついてきたから、大切そうに握りしめるそのポッキーの袋ごと奪って、全部食ってやった。



「あー!!」

「ごちそうさん。」

「てめー!」



5時間目の予鈴がなるまで、俺とブン太先輩の鬼ごっこは続いた。バーカバーカって俺は連発して、でも楽しくて、ブン太先輩も怒りながら軽く笑ってて(器用だな)。

俺は、いろいろあってもやっぱり大好きだと思える友達がもう一人いることに、気付けた。

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