act.24 Bunta

「1…2…3…、あ、うちら赤いゴンドラだね。」

「赤?やったぜっ。」

「ブン太赤好きだもんねぇ。」



観覧車にはあんま待たずに乗れた。正直そっちのが助かる。今待ち時間とか何話せばいいかわかんねーし。
だってさっきのやつで、俺…、



「いってらっしゃいませぇ。」



ニコニコ笑顔の係員に送り出され、予定通りの赤いゴンドラに、二人で乗り込んだ。



「あたしこっちー。」

「じゃあ俺はこっち!」



俺たちは向かい合わせに座った。
少しずつ、ゴンドラは揺れながら上昇して、ギィギィ微妙に音は聞こえるんだけど。

この密室。静かな空間。
待ち時間以上に気まずいことが今更発覚。うーん…、なんか話さねーと…、



「ブン…ブン太!」

「(ブンブン太?)お、おう!」

「あ、あれ、自由の女神じゃない!?」



千夏が俺の後ろを指して言うもんだから、ついつい振り返っちまったけど…、
当然、そんなものは見えねーよ。



「ばーか!自由の女神が神奈川から見えるわけねーだろい!」

「さっき自分で言ったくせに。」

「お前も見えねーっつったろ。」

「「……プッ、」」



二人して噴き出して笑った。
よかった。ちょっと緊張しちゃって気まずくなったの、俺だけじゃなかったんだ。
よかった。



「なんかさー、」

「んー?」

「うちらって、こうだよね。」



“こう”ってなんだよって思ったけど、なんとなーく伝わったから、あえて聞き返さなかった。



「あたしさ、ちょっと夢見てた。」

「なにを?」

「男の子と、こんな感じで観覧車乗るの。…あ、あれ、さっき座ってたベンチ。」



千夏は窓に手を張り付けて、外を眺めてる。
俺は高いとことか景色いいとことか好きだけど、そんなものより目の前の、1m先のこいつに夢中で。景色とか、ほとんど見てなかった。見えなかった。



「まぁ女の子ならみんな憧れるかな。」

「お前も意外と乙女チックだな。」

「さっきから意外とが余計なのよ。」

「ははっ。」



うちらは、こんな感じ。すげーわかる。
ゴンドラ内のスピーカーから音楽が流れてるって、今気付いた。かつてない、随分いいムード。少しの緊張と、舞い上がり。このまま観覧車が止まればいいのにって。
事故でもなんでもいい。
こいつをこのまま独占できたらって。



「あの人はさ、」



あの人…?
ああ、すぐにピンときた。こいつの表情見て。千夏はあいつの話するとき、いつもこんな顔をする。ちょっと困ったような笑い、恐る恐る口に出す、そんな感じ。



「やっぱりあたしとは違うってゆうか、遠い感じ?たぶん、こんなふうにのんびりと、二人で観覧車なんか乗れない気がする。」

「ゆっくりできないってこと?一緒にいると?」



俺にとっちゃあ、あいつはかなりマイペース(つーか自己チュー)で、でも俺のペースも乱さない、口出さないやつ、無言でも放置しててもどーともない。だから一緒だとけっこう楽なんだけど。



「うん、なんか、息がつまる気がする。こんな閉じこもったとことか。」

「それは…、」

「え?」

「…なんでもない。」



お前があいつに、恋してるからだろ?
言いかけてやめた。言葉にできなかった。今更追い打ちかけてもなぁって。



「まぁ、だからこそ割り切れると思う。今は友達の彼氏だし。二人を見守ってあげなきゃね!」



お前はほんと、いいやつだよな。だから好きになったんだけど。ほんとは苦しいくせに、まだ割り切れてないくせに。
頑張って好きなやつを応援しようとしてるお前を、俺は応援するぜ。

お前が仁王を想ってるように。
俺もお前のこと想ってるから。



ちょうどてっぺんぐらい。空の向こうのほうで、日が傾きかけてた。



「さっき思ったんだけど、お前手小さくねえ?」



俺は窓に張り付いてる千夏の手を視線で指した。それに対して千夏は、自分の手をまじまじと見つめる。



「そーかなぁ?」

「だからあんなグリップ細いんだな。」

「せっかくこないだラケット貸してやったのに文句言う気?」

「いやいや、こーぼーは筆を選ばずだから。気にすんな。」

「国語得意だからって難しい言葉使っちゃって。」



そういえばさっき、さりげなく手繋いだっけ。…さりげなくじゃねーな、かなり勇気振り絞ったけど。
もう一度、触りたい。お前が男と観覧車乗るのを夢見てたように、俺もお前と手繋いで遊園地駆け回るの、夢見てたから。



「あのさ、手ぇ繋がねー…?」



当たって砕けろ。ブン太少年。
さっきのアイスのやつで、いろんなことけっこうばれちゃった気もするし。むしろ好意があることが、少し伝わってるほうがいい。(気がする。)



「え、…ここで?」



言い出しておきながら一瞬止まる。確かに、こんな観覧車内で手繋ぐのは、けっこうない。気まずすぎる。

…やべぇ!言うタイミング間違えた…!後でって付け足したほうがいいか?いや、でもそもそも手繋ぐなんて前々から宣言するものでもないし…。焦って、この雰囲気に呑まれて言っちまったけど…。

たぶん俺がテンパってるのがわかったんだろ、千夏がクスッと笑った。可愛いーよなー…。



「じゃあ繋ごっか?」



は?今なんて?
俺がぽかんと口開けてたら、今度は千夏は声を出して笑った。いつものようなバカ笑い。



「もーどっちなのよー!」

「や、だって…、」

「あたしだって恥ずかしいんだからね。」



その打ち明けられた言葉に勇気が出た。

俺が右手を出すと、千夏は左手を出した。軽く、結び合う。正面向いたままだし、なんだか握手みたいな、ぎこちない繋ぎ方だけど。

俺には幸せいっぱい。それこそ息のつまるような。地上までの、残り数メートルだった。



その後も手は繋いで歩いて、何かで離れてもまたどちらともなく繋いだ。
なんでうちら手繋いでんだろうね、途中、そう聞かれたら、全部言っちまおうと思ったけど。

何も聞かれなかった。薄々、気付いてるかもしれない。そんで、バカだから、まさかそんな!って思ってるかも。
でも俺はこの雰囲気、すげー居心地いいし、千夏も楽しそうだし。焦らなくても、のんびり繋がっていきそうな。そんな気がした。

さっきの観覧車みたいに。ゆらゆら、不安定だけど。のんびり、のんびりと。



「今日は楽しかった!ありがとう!」



帰り道、千夏を家まで送っていった。家の手前に着くと、もうここで大丈夫と言われた。
たった十数メートルかだけど、もうちょっと一緒に歩きたかったと思う俺は、恋する少年であり、ちょっとカッコ悪い。



「俺のほうこそありがとな。またどっか行こうぜ。」

「うんっ。」



千夏の笑顔が可愛すぎて、
今更ながら胸がドキドキしてきて。繋いだ手を離したくなくなった。
俺からは絶対離したくなくて、でもあいつからもなかなか離してこなかったから。ますます俺の心臓は速くなってった。

辺りはもう完璧暗くて、人通りもあんまなくて、このままじゃやばいんじゃねーかって、わかってはいたんだけど。
でも離したくないから。ドキドキに、任せた。



繋いだままの手を軽く引っ張ると、予想外の動きを強いられて、千夏はよろけて俺に突っ込んできた。すごくポジティブな言い方をするなら、“俺の胸に飛び込んできた”!

ちょうど俺の顎らへんにこいつの頭がきて、シャンプーの匂いが届いた。もうそれが、思いを思い切る合図になって。そのまんま抱きしめちまった。

明日のことはもちろん、たぶんこのすぐ後、気まずくなるなんてことは考える気にもなれなくて。こいつがどんなこと考えてるかすら、考える気にもなれなくて。
速すぎな心臓が伝わってるのもわかってる。
俺何してんだよって突っ込みたいのも山々。

ただ、俺の服、腰辺りを掴むこいつの両手だけが、俺を後押しする。
あーあ…、好きだー…。



「ブン、ブン太…、」

「ん?」

「あたし、ブン太に言ってなかったことある。」



何だ、その意味深な発言。
抱きしめてるこの時間がすげー惜しいけど、話が気になって、体を離した。



「あのね、ありがとう。」

「へ?」

「こないだ、飴くれて。」



飴ってなんだっけ?
俺がファンの子からもらったお菓子をこいつはよく分取るから、最初は何のことだかわかんなかった。



「ほら、こないだ公園で…、」

「…ああ!」



あんときか!…あ、思い出しちまった。あんとき俺、こいつの前で泣いちゃったんだよな。すげー恥ずかしい、大失態。



「来てくれてありがとう。一緒に泣いてくれてありがとう。ずっと言ってなくて、言いたかったの。」

「おう、気にすんなって。」



俺はお前のためなら何だってやってやるから。今、それ言うチャンス?



「千夏、あのさ…、」

「それでね、ブン太、」



俺の言葉を遮って、千夏は話を続けた。



「あたしもう、限界。」

「限界?」



千夏は、自分の腕を軽く掴んでいた俺の手をゆっくり解いた。その顔をこっそり窺うと。薄暗いけどはっきりわかる。こいつ、この顔…、



「ドキドキしてやばい!なので帰る!」

「え!ちょ…!」



そのまま走って家に駆け込んでった。
取り残された俺は呆然。いや、でもその3秒後、徐々ににやけていくのがわかった。

あいつのあの顔、恥ずかしがってるというか、すげーポジティブな言い方すると、
“ときめいてます”!じゃないか…!?

恥ずかしかったけど!ちょっとミスったりしたけど!ほんの少しの勇気と思い切りで、風向きが変わった気がする。
頑張る。絶対、完全に俺に振り向かせてみせる!

とりあえずでっかくガッツポーズをして、俺はスキップ並にうきうきしながら、帰っていった。

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