「赤?やったぜっ。」
「ブン太赤好きだもんねぇ。」
観覧車にはあんま待たずに乗れた。正直そっちのが助かる。今待ち時間とか何話せばいいかわかんねーし。
だってさっきのやつで、俺…、
「いってらっしゃいませぇ。」
ニコニコ笑顔の係員に送り出され、予定通りの赤いゴンドラに、二人で乗り込んだ。
「あたしこっちー。」
「じゃあ俺はこっち!」
俺たちは向かい合わせに座った。
少しずつ、ゴンドラは揺れながら上昇して、ギィギィ微妙に音は聞こえるんだけど。
この密室。静かな空間。
待ち時間以上に気まずいことが今更発覚。うーん…、なんか話さねーと…、
「ブン…ブン太!」
「(ブンブン太?)お、おう!」
「あ、あれ、自由の女神じゃない!?」
千夏が俺の後ろを指して言うもんだから、ついつい振り返っちまったけど…、
当然、そんなものは見えねーよ。
「ばーか!自由の女神が神奈川から見えるわけねーだろい!」
「さっき自分で言ったくせに。」
「お前も見えねーっつったろ。」
「「……プッ、」」
二人して噴き出して笑った。
よかった。ちょっと緊張しちゃって気まずくなったの、俺だけじゃなかったんだ。
よかった。
「なんかさー、」
「んー?」
「うちらって、こうだよね。」
“こう”ってなんだよって思ったけど、なんとなーく伝わったから、あえて聞き返さなかった。
「あたしさ、ちょっと夢見てた。」
「なにを?」
「男の子と、こんな感じで観覧車乗るの。…あ、あれ、さっき座ってたベンチ。」
千夏は窓に手を張り付けて、外を眺めてる。
俺は高いとことか景色いいとことか好きだけど、そんなものより目の前の、1m先のこいつに夢中で。景色とか、ほとんど見てなかった。見えなかった。
「まぁ女の子ならみんな憧れるかな。」
「お前も意外と乙女チックだな。」
「さっきから意外とが余計なのよ。」
「ははっ。」
うちらは、こんな感じ。すげーわかる。
ゴンドラ内のスピーカーから音楽が流れてるって、今気付いた。かつてない、随分いいムード。少しの緊張と、舞い上がり。このまま観覧車が止まればいいのにって。
事故でもなんでもいい。
こいつをこのまま独占できたらって。
「あの人はさ、」
あの人…?
ああ、すぐにピンときた。こいつの表情見て。千夏はあいつの話するとき、いつもこんな顔をする。ちょっと困ったような笑い、恐る恐る口に出す、そんな感じ。
「やっぱりあたしとは違うってゆうか、遠い感じ?たぶん、こんなふうにのんびりと、二人で観覧車なんか乗れない気がする。」
「ゆっくりできないってこと?一緒にいると?」
俺にとっちゃあ、あいつはかなりマイペース(つーか自己チュー)で、でも俺のペースも乱さない、口出さないやつ、無言でも放置しててもどーともない。だから一緒だとけっこう楽なんだけど。
「うん、なんか、息がつまる気がする。こんな閉じこもったとことか。」
「それは…、」
「え?」
「…なんでもない。」
お前があいつに、恋してるからだろ?
言いかけてやめた。言葉にできなかった。今更追い打ちかけてもなぁって。
「まぁ、だからこそ割り切れると思う。今は友達の彼氏だし。二人を見守ってあげなきゃね!」
お前はほんと、いいやつだよな。だから好きになったんだけど。ほんとは苦しいくせに、まだ割り切れてないくせに。
頑張って好きなやつを応援しようとしてるお前を、俺は応援するぜ。
お前が仁王を想ってるように。
俺もお前のこと想ってるから。
ちょうどてっぺんぐらい。空の向こうのほうで、日が傾きかけてた。
「さっき思ったんだけど、お前手小さくねえ?」
俺は窓に張り付いてる千夏の手を視線で指した。それに対して千夏は、自分の手をまじまじと見つめる。
「そーかなぁ?」
「だからあんなグリップ細いんだな。」
「せっかくこないだラケット貸してやったのに文句言う気?」
「いやいや、こーぼーは筆を選ばずだから。気にすんな。」
「国語得意だからって難しい言葉使っちゃって。」
そういえばさっき、さりげなく手繋いだっけ。…さりげなくじゃねーな、かなり勇気振り絞ったけど。
もう一度、触りたい。お前が男と観覧車乗るのを夢見てたように、俺もお前と手繋いで遊園地駆け回るの、夢見てたから。
「あのさ、手ぇ繋がねー…?」
当たって砕けろ。ブン太少年。
さっきのアイスのやつで、いろんなことけっこうばれちゃった気もするし。むしろ好意があることが、少し伝わってるほうがいい。(気がする。)
「え、…ここで?」
言い出しておきながら一瞬止まる。確かに、こんな観覧車内で手繋ぐのは、けっこうない。気まずすぎる。
…やべぇ!言うタイミング間違えた…!後でって付け足したほうがいいか?いや、でもそもそも手繋ぐなんて前々から宣言するものでもないし…。焦って、この雰囲気に呑まれて言っちまったけど…。
たぶん俺がテンパってるのがわかったんだろ、千夏がクスッと笑った。可愛いーよなー…。
「じゃあ繋ごっか?」
は?今なんて?
俺がぽかんと口開けてたら、今度は千夏は声を出して笑った。いつものようなバカ笑い。
「もーどっちなのよー!」
「や、だって…、」
「あたしだって恥ずかしいんだからね。」
その打ち明けられた言葉に勇気が出た。
俺が右手を出すと、千夏は左手を出した。軽く、結び合う。正面向いたままだし、なんだか握手みたいな、ぎこちない繋ぎ方だけど。
俺には幸せいっぱい。それこそ息のつまるような。地上までの、残り数メートルだった。
その後も手は繋いで歩いて、何かで離れてもまたどちらともなく繋いだ。
なんでうちら手繋いでんだろうね、途中、そう聞かれたら、全部言っちまおうと思ったけど。
何も聞かれなかった。薄々、気付いてるかもしれない。そんで、バカだから、まさかそんな!って思ってるかも。
でも俺はこの雰囲気、すげー居心地いいし、千夏も楽しそうだし。焦らなくても、のんびり繋がっていきそうな。そんな気がした。
さっきの観覧車みたいに。ゆらゆら、不安定だけど。のんびり、のんびりと。
「今日は楽しかった!ありがとう!」
帰り道、千夏を家まで送っていった。家の手前に着くと、もうここで大丈夫と言われた。
たった十数メートルかだけど、もうちょっと一緒に歩きたかったと思う俺は、恋する少年であり、ちょっとカッコ悪い。
「俺のほうこそありがとな。またどっか行こうぜ。」
「うんっ。」
千夏の笑顔が可愛すぎて、
今更ながら胸がドキドキしてきて。繋いだ手を離したくなくなった。
俺からは絶対離したくなくて、でもあいつからもなかなか離してこなかったから。ますます俺の心臓は速くなってった。
辺りはもう完璧暗くて、人通りもあんまなくて、このままじゃやばいんじゃねーかって、わかってはいたんだけど。
でも離したくないから。ドキドキに、任せた。
繋いだままの手を軽く引っ張ると、予想外の動きを強いられて、千夏はよろけて俺に突っ込んできた。すごくポジティブな言い方をするなら、“俺の胸に飛び込んできた”!
ちょうど俺の顎らへんにこいつの頭がきて、シャンプーの匂いが届いた。もうそれが、思いを思い切る合図になって。そのまんま抱きしめちまった。
明日のことはもちろん、たぶんこのすぐ後、気まずくなるなんてことは考える気にもなれなくて。こいつがどんなこと考えてるかすら、考える気にもなれなくて。
速すぎな心臓が伝わってるのもわかってる。
俺何してんだよって突っ込みたいのも山々。
ただ、俺の服、腰辺りを掴むこいつの両手だけが、俺を後押しする。
あーあ…、好きだー…。
「ブン、ブン太…、」
「ん?」
「あたし、ブン太に言ってなかったことある。」
何だ、その意味深な発言。
抱きしめてるこの時間がすげー惜しいけど、話が気になって、体を離した。
「あのね、ありがとう。」
「へ?」
「こないだ、飴くれて。」
飴ってなんだっけ?
俺がファンの子からもらったお菓子をこいつはよく分取るから、最初は何のことだかわかんなかった。
「ほら、こないだ公園で…、」
「…ああ!」
あんときか!…あ、思い出しちまった。あんとき俺、こいつの前で泣いちゃったんだよな。すげー恥ずかしい、大失態。
「来てくれてありがとう。一緒に泣いてくれてありがとう。ずっと言ってなくて、言いたかったの。」
「おう、気にすんなって。」
俺はお前のためなら何だってやってやるから。今、それ言うチャンス?
「千夏、あのさ…、」
「それでね、ブン太、」
俺の言葉を遮って、千夏は話を続けた。
「あたしもう、限界。」
「限界?」
千夏は、自分の腕を軽く掴んでいた俺の手をゆっくり解いた。その顔をこっそり窺うと。薄暗いけどはっきりわかる。こいつ、この顔…、
「ドキドキしてやばい!なので帰る!」
「え!ちょ…!」
そのまま走って家に駆け込んでった。
取り残された俺は呆然。いや、でもその3秒後、徐々ににやけていくのがわかった。
あいつのあの顔、恥ずかしがってるというか、すげーポジティブな言い方すると、
“ときめいてます”!じゃないか…!?
恥ずかしかったけど!ちょっとミスったりしたけど!ほんの少しの勇気と思い切りで、風向きが変わった気がする。
頑張る。絶対、完全に俺に振り向かせてみせる!
とりあえずでっかくガッツポーズをして、俺はスキップ並にうきうきしながら、帰っていった。
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