act.23 Heroine

あたしは今、死ぬほど後悔してる。なぜって?



「おーー!見ろよ千夏!!あれ富士山じゃねー!?」

「…見えませんっ」

「お前、バカだな。目つぶってるからだろ!…ぐんぐん上がってくなー!おっ!あれは東京タワー!?いってみてーな!なぁ!?」



カタカタカタカタ……、震える音は、この箱状の乗り物とあたしの体から。



「千夏!あっち!あれ自由の女神だぞ!?」

「自由の女神が見えるわけないでしょーが!」

「にしても景色いーよなーー!!」



ちらっと片目を開けて隣の席のブン太を見遣ると、とっっても楽しそう。ああ、バカと煙は高いところが好きってね。バカじゃないあたしは死にそう。もうじきくる運命に……。

軽い衝撃、というか慣性の法則的なもので、箱状の乗り物が止まると何もない空から重力を感じた。カタカタ響く音は、あたしの体からだけになった。



「お、止まった!来るぞ!」

「ブン太…、」

「ん?」

「あたし降りる…!」



もう限界だと。そんなあたしの死にそうな顔をわははっと笑ったブン太の言葉、



「もーすぐ地上に落ちるから慌てんなって!」



それが言い終わったか終わらないかのうちに、あたしたちの乗った箱は、それはそれはきれいに直下へ落下した。



「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」



下に着いたときの明るい彼の笑顔は忘れない。
癒しやときめきなんかじゃなく、恨みでね。



「あー楽しかった!」

「死にそうでした!」



何この温度差。マジで飛びそうだった。体も意識も。
あたしたちが乗ってたのは、落下系のアトラクション。今、二人で遊園地にきているというわけ。



「お前絶叫ダメとか、意外と女らしいとこあんだな。」

「意外とは余計!あーなんか気持ち悪いー…、」

「大丈夫かよ?あ、俺ジュース買ってくる!そこ座って待ってな。」

「ありがと…、」



ブン太を見送り、あたしはベンチに腰掛けた。
今日は日曜日なだけあって、園内は割と混んでる。子連れの家族とか、同い年ぐらいの男女のグループだとか。あとはやっぱり、カップルも多いかな。…うちらもそう見られるのかな?側から見ればそうだよね。

ブン太とは、何回か二人で遊んでる。ケーキ食べに行ったり、買い物行ったり、遊園地は今日が初めてだけど。回を重ねるごとに疑問に思う。
やっぱりこれは、デート?そう考えたら急に緊張してきた。ブン太のほうから誘うことが多いけど、どんなつもりであたしを誘ってくれてるんだろ。まさか励ますため?

それは嫌だな。気持ちはうれしいけど、仁王くんとブン太は別。失恋の穴埋めみたいにしたくない。あたしはブン太とのデートを楽しんでる。そうだもん。…デートって決めつけてるけど。



「お待たせ!」



そうこうしてると、ブン太が走って戻ってきた。右手にジュース、左手に…、



「アイス!」

「好きだろ?チョコアイス!」

「大好きー!」



さっきまで死にそうだったあたしは急に復活。目の前のアイスに心が躍った。ゲンキンだなーって、自分でもそう思う。

そう思ってたら、ブン太があたしにアイスを差し出した。



「ほら。」

「え、先にブン太食べなよ?」

「何遠慮してんだよ、ほら先食えって!」

「…そぉ?ありがとう!」



あたしはアイスを受け取り、一口食べた。冷たくて甘くておいしくて。スーッと、体が軽くなる。

そのあとブン太にも差し出した。きっと目に入った途端食べたくなって買ったんだろうから。そのときのブン太のうれしそうな顔が想像できて、笑ってしまう。
それでもあたしに先を譲ってくれて、うれしい。



「いただきまーす!」



ブン太はそのままかじりついた。
すごくうれしそうに食べて、口の周りにチョコがついて、小さい子供みたい。あたしは声に出して笑った。



「ブン太可愛いー。」

「お前なぁ、男に可愛いとか言うなよ。」

「あははっ、ごめん!だって口にチョコついてるから…、」



そう言ってあたしは、ブン太の口の端についてるチョコを指で取ってあげた。いや、なんの意識もせず思わずね。
だから、自分がめちゃくちゃ恥ずかしいことしたなんてことは、すぐ気付けなくて。

でも、ブン太の顔見て、ドキッとした。いつもの笑顔でサンキューなんて返されるかと思ったのに。違った。

騒がしい遊園地では有り得ないけど、それこそブン太の心臓の音が、聞こえてきそうなぐらい。明らかに今の行動に、ブン太はびっくりしてる。それ以上に照れてる。ほんのりほっぺが紅くなったの。

ブン太のそんな顔なんて初めて見たし、自分の心臓の高鳴りにも気付いて、戸惑う。ドキドキしてるんだ。たぶん、お互い。

どうすればいいかわからず、沈黙になってしまった。ブン太も何も言わず、合った目を逸らしてはまたこっちを見たり、また逸らしたり。
うわぁ、どうしよう…。すごい恥ずかしい…!一分前に戻ってくれー!



さっきの、ブン太に触れた指先が熱い。その指を、握りしめて。あたしは必死に、この痛い心臓が止まるよう祈った。…止まったら死ぬけどさ。



「い……いただきます!」



いきなり、ブン太はあたしからアイスを奪い取ると、すごい勢いで食べ出した。…ブン太?なんて呼びかけにも応じず、一心不乱に。ただ、アイスだけを見つめて。

照れ…隠し?なんだかその姿がとても可愛くて。そんなこと本人に言うとまた怒られそうだけど。
あたしが小さく笑ったのがわかったようで、ブン太も食べながら、少し噴き出して、笑った。

この空気。二人だけの、この空気。
甘ったるくて。ちょっとくすぐったい感じの。ああ、すごく、居心地がいい。

そわそわして落ち着かないんだけど…、もしも、側から見えてるようなカップルだとしたら。ブン太とだったら、絶対あたしは世界一の幸せ者になれる。そんな気がした。



「次、あれ!観覧車乗ろーぜ!」



ブン太は立ち上がってあたしの手を引っ張った。冷たい飲み物を持っていたとは思えないぐらいにあったかい手。体の割に大きなその手に包み込まれて、あたしたちは駆け出した。
空中散歩の観覧車へ。

ドキドキしてるのは、走ってるから?
でもこのドキドキは、前にも味わったことがあると、あたしの割には早く気付いた。

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