「仁王くんも切原くんも風邪だそうですね。」
ってヒロシはゆーけど。赤也はそうだろうけど、仁王なんて今朝までぴんぴんしてたじゃねーか。
いいことあったのか、いつもよりテンション高かったし。なのに突然風邪?おまけにA組行っても千夏もいねーし。まさか三人で遊びに行ってんのか?
俺仲間ハズレ?
部活も終わり、俺は一人、あれこれ考えながら帰り支度をする。
「じゃ、先帰る。」
赤也も仁王もいないと案外静かなもんだな。いるとうるせーけど。
なんて考えながら、俺は部室の外に出た。すると、
「あ、丸井。ちょっといい?」
高山に声かけられた。
話があるらしく、二人で帰ることになった。でもこいつなら千夏がなんでいないかぐらいはわかるかもな。
そんな思惑で俺がさりげなーく、探ろうとすると、
「…は?」
「だから、あたし、仁王くんと付き合うことになったんだって。」
「……。」
「さっきそうなったんだけど。そのあと仁王くんいなくなっちゃうし、うれしい反面よくわかんないってゆうか…。」
「……。」
「丸井何か知らない?…って、話聞いてる?」
仁王と高山が?しかも仁王から付き合うかって聞いてきたって?
有り得ねー!真田に彼女ができるぐらい有り得ねー!だって、仁王は“過去は振り返らない主義”そのものじゃねーか。復縁なんて似合わなさすぎ!
しかも、俺…、俺はてっきり…、
「あたし、仁王くんは千夏が好きなんだと思ってた。」
そう、俺もそれ。いつもの女に対する態度と違うし、なんかあやしいと思ってたんだけど…、
「違うって、言ってた。仁王くんのこと信じていいよね?」
「や、あいつは信じねーほうがいいかと。」
「…少しはフォローしなさいよぉ。」
だって仁王だぜ?何考えてんだかわかんねーし。高山もうれしいような困ったような顔だな。
…俺もよくわかんね。
「つーか千夏は?」
「えーっと…、早退?」
「ふーん。」
いないんだから早退ぐらいはわかるっつの。でもこれ以上聞けない俺は相当なチキン。
「気になるなら電話したら?」
「はぁ?」
「今千夏、元気ないかもしれないの。」
何だよその意味深発言。
こいつの言ってる意味はわかんねーけど。いや、わかる必要はない。
これから俺はあいつに電話するから。言われなくても。元気ないなんて聞いたらなおさら。
俺はあいつの元気を取り戻すためならなんだってする。
駅に着くと、高山と別れて、俺は千夏に電話した。
―プルルルルッ…プルルルルッ…
でないな…。あと3回鳴らして出なかったら切ろう。しつこいとか思われたくねーし。
1…、2……、やっぱあと5回…、
『もしもし。』
でた!
「もしもし!俺、俺俺!」
オレオレ詐欺かよ。
そう、力んで話し始めたと同時に、雨が降り始めた。駅構内にいてよかった。
「いや、なんか今日早退したって聞いたからさ、大丈夫かなって。」
『あ、ああ…、ありがとう、大丈夫。』
電話の声は鼻声だった。いつもならよく通る声が。それだけであいつが今どんな状態か、バカな俺でもわかるって。
次第に雨が強くなってきて、こっち?電話の向こう?雨の音が激しくなった。
“今千夏、元気ないかもしれないの”
嫌な予感ばかりが俺の頭をぐるぐる回る。
「お前今、外?どこにいんの?」
『え…、今?…いや、大丈夫…、』
「大丈夫じゃねえ。とりあえず今いる場所教えろ。」
『………、』
「千夏。」
『………ぅ…っ…、』
「千夏、頼むから…!」
『………こ…っ…、えん……、』
絞り出すような苦しい苦しい声。俺の胸も締め付けられた。
「公園か?どこの?」
『……ち…っかく…、』
「家の近くだな?すぐ行く。そっから動くなよ。」
『…ブン…太……、』
「おう。今すぐ行くから!携帯ゲームでもして待ってろ。得意だろ?ぷよぷよ。」
『………っ…、』
「待ってろよ!頑張れ、千夏!」
発車ベルが鳴り響く電車に俺は飛び乗り(駆け込み乗車はおやめください。)、あいつんちのある駅へ、向かった。
電車ん中で走ったってしょうがねーけど、気持ち、走った。それほど慌ててた。たった何駅かだけなのにすげー長く感じて。
ようやく駅に着いて、俺はダッシュで改札を飛び出た。けど、肝心の公園がどこかわかんねー。
焦りで硬直する体を、雨が容赦なく濡らす。
「すいません!」
近くのおばちゃんを捕まえた。
「公園って、どこにありますか!」
「公園?この辺なら、そこまっすぐ行って歩道橋渡ったらあるわよ。」
「ありがとうございます!」
そこって保証はなかったけど。なんとなく、そこな気がした。わかりにくい場所にいない気がした。
わかりやすいやつだから。
普段部活で走り慣れてるけど、心臓がバクバクいいながら走るのはあんまねーから。いつもより随分と、息切れが早い。
でも雨ん中走るなんて青春だな。ノー天気にも、ちょっと自分に浸った。
公園に着いても誰もいなくて、さらに俺の心臓は速くなった。あいつ、大丈夫かよって。
でも諦めるわけにはいかねーから。俺以外にもしかしたらあいつを支えてやるやつがいるかもしんねえけど、
俺はあいつを助けるって決めたから。
「千夏ー!」
雨音に負けないように叫んだ声は、無情にも掻き消されていく。
ここじゃなかったのか?やべえマジ焦ってきた。
とりあえず千夏に電話しよう。
―♪〜♪♪〜
まもなく、土管のほうから聞こえてきた着信音。ぬかるんだ地面を蹴って、急いで向かう。
「千夏、」
土管の中で、うずくまってた。たぶんこいつの状態はやばいこと間違いないんだけど。
見つけたことに、自分の目に映ったことに、ホッとして。俺も中に入った。
「…ごめ…、ブン太…。」
「おう。早かったろい?」
「…うん。雨…、だいじょぶ?」
「水も滴るいい男だからよ。」
「…ばーか。」
「るせっ。」
目も真っ赤で、鼻水もダラダラで、でも笑った。無理してほしくはねーけど。顔が笑うんなら、心も笑うんじゃねーかなって。なら無理にでも笑ってほしい。
「なんかさ…、」
「うん。」
「うまく…いえないんだけど…、」
「どーした。」
「あたし、……失恋したかも…、」
ああ、予想は的中。
矢印はそっちだったかーって。
「かもってなんだよ。」
「…自分でもよくわかんなくって…、」
「気持ちが?」
「うん。何でこんなに涙出るんだろね…。」
理由はたった一つだろ?だって、俺も今、同じ理由で、泣きそうだから。
「これやる。」
千夏に飴を差し出した。
いつも舐めるような甘いやつじゃなくて、眠気覚ましに使う、からーい飴だ。俺が口に含んだのを見て、千夏も食べた。
「…からっ!」
「だろ?親父が眠気覚ましに食ってんだよ。」
「眠気も吹っ飛ぶね!」
「けどな、親父はうまそうに食ってんの。それ見て弟たちが真似して食って。でもあいつらガキだから、からーいって、泣いてやんの。」
「なんで…?」
やっぱり俺もこの飴苦手だわ。
からくてからくて。
「…なんで、ブン太が泣くの?」
「…ははっ、お子ちゃまだから。」
頬っぺたに涙が伝った。
それ見て千夏もまた、泣いた。元気出させるつもりが、逆に泣かせてどーすんだよなぁ。
体中びしょ濡れの俺は、雰囲気に任せてこいつを抱きしめることは出来なかった。
代わりに、いつものように、頭をぐしゃぐしゃにしてやった。負けじとあいつも、俺の髪をぐしゃぐしゃにしてきた。
からい飴に泣いた俺たちは、
こんなちっぽけなことで笑っちまう。
「あたし、もう泣きたくないよ。」
「俺だって。」
「ブン太意外と涙脆いね。」
「俺はこの飴がからいから泣いてんだよ。だからお前も、この飴がからいから泣いたってことにしとけ。」
飴はカライけど。恋はツライもんだと、思いたくねーじゃん。
「この味がなくなったら、お前は笑ってるから。」
「…ブン太も?」
「おう。」
「あたし、ブン太の笑顔好き。」
「俺もお前の笑顔、いいと思うぜ。」
失恋って、恋を諦めなきゃいけないって意味じゃないだろ?例え思い通りにならなくても、気持ちは持ち続けていいだろ?
やっぱり俺は、千夏が好きだから。諦めらんねーから。カッコ悪いかもしれないけど。
俺はまだまだこいつのこと、好きでいるよ。
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