act.17 Nioh

『千夏さんには俺がついてるんで。』



「はぁ…、」



屋上で、フェンスを背に座り込み空を見上げた。そんなカッコつける本日は、センチメンタルまーくんナリ。いや、冗談じゃなくてな。



「はぁ…。」



ため息ばっかでるな。今は何も考えたくないんじゃが。というか、今朝まではわりとハッピーな気分でもあったんじゃけど。

朝、千夏にメール送ったのに返ってこんかった。
気になったから、クラスまで行ったら、涼子に会った。おかけで状況を知った。



『あ、仁王くんおはよう!』

『おはようさん。千夏おる?』

『あー…、千夏ね、実は……、』



別にかばってくれんでもよかった。知らんやつらにどう言われてもいいし。むしろ自分が気まずい立場になるだけじゃきやめとけって。ただでさえ転校生でまだ馴染んどらんのに、クラスに盾突いて、おまけに鞄ごと教室に忘れて。
アホじゃなぁって、思った。
俺なんかの為に、泣いたりキレたり、忙しそうじゃし。本当、バカじゃのって。そのバカさ加減に笑ってしまう。

でも、なんでか知らんけど。また昨日感じたような、胸がぎゅーっとくる愛しさが込み上げてきた。
今どこにいるのか、泣いてやしないか、早く会いたい。会って、できれば抱きしめたい。
そればっか考えとって。電話したら赤也のとこってわかって、勝手に傷ついた。

なんで赤也のとこ行くんじゃ。赤也なんかのとこ行くな。俺んとこに来い。
ただそう思うばかりで言葉にも行動にもならない。
…なにかすれば、ハッピーエンドになるんじゃろうか。



「ここにいた、仁王くん。」



ガチャっと扉を開ける音がして、涼子が屋上に入ってきた。まっすぐきて、俺の隣に座る。



「おう。さっきはありがとさん。」

「いえいえ。千夏の居場所わかった?」

「赤也んちにいるらしいぜよ。」

「切原くん?なんで?」

「さぁ。あいつもようわからん。」



わからん?…いや、わかる。たぶんわかる。
あいつは俺の為にそうした、そうなったんじゃ。俺の為に。
それはつまり、どういうことなのか。

ふと、隣の涼子を見ると目が合った。というより、ずっと俺のことを見てたらしい。

きれいで、性格もいいし。何となく付き合っとったけど、何となく終わった。
でも涼子は俺を責めんかった。ただ、別れ際はむちゃくちゃ泣いとった。きれいな顔が崩れるぐらい。そばから離れられなかったぐらい。

泣かれるのは嫌だと思った。面倒臭いとか、そうも思ったが。
苦しくなる気がする。なぜか俺が。



「…涼子は、あのとき、」

「え?」

「…いや。そろそろチャイム鳴るじゃろ、戻らんの?」

「……仁王くんの、隣にいたいなって。」



そう言った涼子は、少しだけ悲しげな顔だった。隣にいたいというのは、普通なら前向きな気持ちなもんだと思うが。

ああ、俺が浮かない顔してるから。つられて、ではなく、同じ思いを持って。
じゃあ俺も?相手に泣かれると苦しいのはそういうこと?相手と同じ思いを持つから?

…そんなわけない。俺が他人に共感や情を持つわけない。



「仁王くんって…、」

「ん?」

「千夏のこと、好きなの?」

「……。」

「千夏はたぶん…たぶんだけど…、」



千夏が俺の為にしてくれたこと。それはきっと、俺を想って。それが涼子の言った意味でのことなのか。
逆に俺は?千夏の為にできることなんてあるのか。
ただわかるのは、俺が千夏を傷つけ泣くことになったら。それはきっと苦しいなんかじゃ表現できない。



「俺は…、」



本心言うよりも嘘つくほうが簡単。だって俺自身、自分の本心がわからんし。



「全然。涼子のほうが好き。」



千夏の為にできること。
それはたぶん、傷つくことがないように、そっとしといてやること。
これはこれ以上触れたらダメなんじゃ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



小さな、各停でしか停まらない駅を降りて、まっすぐ。見えた歩道橋を渡って。すぐの公園脇を行く。1…、2…、3個目の角を曲がるとぶつかる小さな交差点の左手前。
あいつの家。門の目の前で、携帯を手に電話をかける。



『も、もしもし?』

「ニオ猫ヤマトの宅急便ナリ。お荷物お届けに参りました。」

『はい?荷物?』

「鞄。」

『…はっ!』

「10秒以内に下りてこんと中開けてみるぜよいーちにーいろーく…」

『めっちゃ飛んだ!だめだめ!すぐいく!』



慌てて切られた。
余程見られたくないもんが入ってるんじゃろか。見ときゃよかった。

中からバタバタする騒がしい音を立てて、千夏が出てきた。



「こ、こんちは…。」

「こんちは。」

「か、鞄どうも…、」



千夏は俺の手から鞄を取ろうとするが、俺は引っ込めた。



「ちょ…、」

「その辺散歩せんかの。」



家はまずいしな。
俺の言葉に千夏はのこのこついてきた。二、三歩後を歩いて。

二人とも無言で公園まで行った。俺は何も言わずブランコに座ると、千夏も隣のブランコに座った。明らかに気まずそうで。

俺は気まずくはないが、気まずそうにしとる千夏に、苛立ってることは確か。
いや、この苛立ちは自分へじゃな。何がしたいんか自分でもわからん。



「あ…、鞄…ありがとうね。」

「ん。」

「忘れちゃうなんてあたしバカだわ!」

「……。」

「あはは…。」



何とかこの空気を変えようと、千夏はいろんな話題を振ってくるが、俺はほぼ無反応。
ほんと何がしたいんだか。



「千夏。」

「え?なになに?」



随分久しぶりに俺から話しかけたような気がして、千夏もちょっとうれしそうじゃった。
でもやめろって、思った。そんな顔するな。言いづらくなるぜよ。



「ちょっとこっち来てくれんかの。こっち。」



俺は自分の目の前を指差した。
千夏はブランコから立ち上がって、俺の前に立つ。下から見上げて見た千夏は、いつもと変わらない。昨日と変わらなければ、出会った日とも変わらない。

いつもの千夏。赤也が惚れた。ブン太が恋した。そして俺が……、



「千夏、笑って。」

「へ?」

「そら。」



俺は千夏のほっぺをつまんで横に広げた。



「ひゃにふんほ!」

「ククっ、なーに言っとんじゃ。」

「ほぉ!…ふふっ!」



そっと手を離し、しばらく二人で笑った。
やっぱりこいつには笑顔が一番じゃから。悲しい顔とか難しい顔とか、似合わない。

見れるの最後かも。もう笑ってくれんかも。でも、俺はこれからも、お前の笑顔が好きじゃって。それだけは言える。
言葉にはできんがな。



「千夏。俺、」

「え?」



それまで笑顔だった千夏の顔が一瞬で泣きそうな顔になった。
追い打ちをかけるように、俺は言葉を繰り返す。だって、聞き返されたから。



「涼子と付き合うことになった。復縁じゃな。」



そのあとのことを、あいつがちゃんと聞いとったかはわからん。
ただ涙をこらえるのが精一杯だったようには見えた。本当、わかりやすいやつじゃの。呆れるぐらい。

でもそんなところも全部、愛しくて、
こんな気持ちが何なのかはっきり気付いてるのに。抱きしめたいって、どーゆう意味かわかっとるのに。

泣くの見ずに済んでよかったなんてほっとして。こんな俺なら、これでよかったんだと思う。



「俺、次はいい恋するぜよ。お前さんの言う通り。」



そう告げて、公園を後にした。

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